god of enfield ~資産形成型のVRMMOで一発逆転!?借金完済狙ってクエスト攻略へ~

小島 遊

第1話ー① 萌芽

 朝の五時。今となっては目覚ましなんかなくても、その時間に勝手に目が覚める。誰もいない一人暮らしの部屋。この生活ももう長い。目が覚めた時に傍に誰もいないのにも、もうとっくの昔に慣れきっている。


 すぐに支度をして新聞の仕分け所に向かう。新聞配達のアルバイトを始めてもうすぐ三年。

十四歳の時から働かせてもらえたことには感謝しているが、今時こんなアナログな紙の新聞なんかにどのくらいの需要があるのか、毎朝自分が配達を担当する新聞の束を見る度に疑問が湧いてくる。

 年々契約数も減っているらしいし、配達員のこちらとしても未来が明るいわけではない。


 配達分さえ受け取ってしまえば、原付に乗って順々に回っていくだけ。十六歳で原付の免許を取ってからは配達できる範囲も増えて効率が良くなった。


「おう兄ちゃん。今日も偉いな」


 毎日のようにラジオ体操している爺さんが、毎日のように挨拶してくれる。俺は特に愛想もよくないし、毎度会釈を返しているだけなのだが、挨拶していて嫌にならないのだろうか。

 すごい時には雨の日でもカッパを着て外でラジオ体操しているのだから、いわゆる変人の類なのだろう。


 今のように早朝でも暖かい時期はいいが、冬場はまさに地獄だった。働き始めの頃は目は覚めようともなかなかベッドから出る気力がわかなくて、遅刻ギリギリまで布団にくるまっていたこともあるくらいだ。

 それでも、そんな苦難を乗り越えながら三年間働き続けている。


 俺は一応、高校にも通っているし、学校の前に働ける分都合がいいのだ。少しでも生活の足しになるのなら、苦しくてもやるしかない。


 だから毎朝ラジオ体操の爺さんに会釈を返しながら、原付を転がして時代遅れの新聞なんかを欲しがる過去にとらわれたままの老人の家を回る。

 先のことは考えられなかった。喫緊の課題、義務に翻弄されて、一日一日を乗り切ることに精一杯。

 これも全部、俺のクソ親父のせいだ。


 七時半くらいに仕事は終わった。二階建ての安アパートの二階が俺の部屋だ。二階に上がる一つしかない階段に、見慣れた顔が座っている。


「お、戻ってきたか、風斗ふうと


 無精ひげが生えた顎をもごもごと動かして、野沢は赤みがかった顔をゆらゆらと揺らした。不摂生の塊みたいな体が階段に鎮座していて、無視しようにも二階に上がれない。ひとまず、わざとらしいため息を吐くしかなかった。


「野沢さん。今日はまだ取り立ての日じゃないでしょ。なんの用です?」


 どうせ朝まで飲んだくれていたのだろう。さっきのため息のカウンターのように吐き返してきたため息が酒臭い。もう三十半ばだろうに、未だに自堕落な生活を送っているのだからこいつも相当のクズだ。


「ばっけろい。様子を見に来てやったんだろ? 俺はお前らの債権者でもあるが、同時に親代わりでもあるからな」

「誰が親代わりだ、この酔っ払い」


 経緯を鑑みれば、むしろ親の仇とも言えるくらいだ。

 それでも住むところの手配なんかをしてくれたり、膨大な額の借金の利子を定額にしてくれていたりと、無碍にもできないのもあながち間違いではない。

 なんと呼んでいいのか、複雑な間柄の中年オヤジが頬を膨らませて、うぷ、と気色の悪い声を漏らす。


「とりあえずトイレ貸してくれ」


 知るか。その辺に吐いとけ。

 という非情な言葉を飲み込んで、黙って俺は階段を上って部屋の扉を開けた。野沢はもう何度も訪れていて熟知しているトイレに駆け込んで低い唸りを上げている。


「ふう、すっきりした」


 トイレから野沢が出てくる頃には、俺は登校の支度を終えて古めかしいパソコンの前に座っていた。

 折り畳み式の背の低いテーブルの上に乗っかったモニターと時代に合わない大きいサイズのデスクトップ。

 父親が残した唯一の形見だった。それ以外の金目のものは全て売ってしまって、それでも返しきれない莫大な額の借金を残して、親父は自殺した。


「なんだ? GOEやるってのに、ダイブギアを使わないのか?」


 目の前のモニターに昔のテレビゲームの様相で映し出されているのは、日本政府公認のブロックチェーンゲーム、god of enfield。

 ゲームで楽しく資産形成、という謳い文句で、いまや十五歳以上の全国民の七割が参加しているというゲームだ。

 ゲーム内通過であるエンは、1エンが1円に換算可能。

 ゲーム内のアイテムや武器、防具を売買したり、レアモンスターを討伐したりして自分の資産を増やしていくことができて、それを現実世界の通貨と交換できるということで、政府が推奨していることもありかなりの数の国民が熱狂している。


 俺の親父の借金も、このゲームが原因だ。ゲームにのめり込みすぎて、借金してまでこのゲームに投資して破滅した。

 そういう意味では、野沢なんかよりもこのGOEの方がよほど親の仇だった。


「で、暗い洞窟をうろうろして、一体何してんだ?」


 GOEは本来ダイブギアというツールを用いて意識そのものをゲーム内にリンクさせる技術を使っているいわゆるVRMMOだ。

 しかし普通にモニターに出力してプレイすることも可能なので、俺は隙間時間にはこうしてダイブせずにゲームをプレイしている。


「薬草を栽培してる」


 後ろからしつこく声をかけてくる野沢にうんざりして、俺はぶっきらぼうに答えた。


「薬草? そんなもん大した稼ぎにならないだろ」

「薬草からポーションを作るんだよ。製薬スキルを育てておけば低コストで高品質のポーションが作れる。それを攻略部隊に売る」


 ゲーム内でできることは商売だけではない。

 運営が用意したクエストに挑むのも報酬があるため有効な稼ぎ手段だ。その中でもアプデの度に追加される高難易度クエストに、毎回すぐさま攻略しようと挑む連中を攻略部隊と呼んでいる。

 先行者利益でとにかく攻略のスピードが命のため、多少吹っ掛けても高品質のポーションは予備の分まで買ってくれることが多い。


「薬草を効率よく採取できる狩場さえ見つけられれば、安全に確実に金が稼げる」


 慣れた手つきで俺は薬草の収穫を続けた。

 十五になってすぐ、GOEを始めた。親父が破滅した原因になったとは知りながらも、そこにどれだけの魔力、中毒性、魅力があるのかが気になっていたからだ。

 もしかしたら、自分も親父のようにドはまりして、破滅して後を追うかもしれない。そうなったらそうなったで、別にいいかと開き直る気持ちもあった。蛙の子は蛙ということで、何もおかしいことではない。


 しかし実際にプレイしてみて、失望した。このゲームにのめり込んで、私財を大量に投じて破産するなど無謀で夢見がちな馬鹿のやることだ。

 自分の父親がそういう人物だったと気付いて、俺はゲームというよりも親父に失望した。


「かぁ~。夢がないねぇ。若いのにジジ臭いしのぎしやがって。少年よ大志を抱けって、どっかの偉い先生も言ってただろ? 高難易度クエストでも行って、一獲千金を狙おうって気概はないのかぁ?」


 ない、とはっきりと言い切れた。このゲームの仕組みを知れば知るほど、そんな気は起こらなくなるのだ。

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