第0章-1 魔物の活性化、という判断


 ヴェルデン伯爵領の領都ヴェルデンハイムは、石造りの建物が多い。北から吹き下ろす風が、冬になると人の肺を削るほど冷たくなる土地では、木組みの家は燃えやすいだけでなく、長持ちもしないという現実的な理由がある。だから、壁は厚く、窓は小さく、屋根は低い。合理の積み重ねが街並みを形作り、そこに住む人々の気質もまた、似たような輪郭を得ていった。


 もっとも、合理は万能ではない。合理は目の前にあるものを整える力を持つが、見えていないものを連れてくる力までは持たない。そして、見えていないものが、ある日突然、見える位置へ滑り込んでくることは、歴史が何度も証明している。


 その年の秋の始まりも、表向きは平穏だった。市場は賑わい、街道は乾いており、商人の荷車は日々の利益を積み上げていく。食糧の備蓄も、税の徴収も、軍の補給も、大きな遅滞はない。領都の官吏たちは、例年通りの書類の山と格闘しながら、例年通りの愚痴をこぼし、例年通りの結論に辿り着く――つまり、今年も何とかなるだろう、と。


 何とかならない年というのは、たいてい「何とかなる」と信じられた年の顔をしてやって来るのだが、そのことを口に出すのは、賢明な振る舞いとは見なされない。悲観は嫌われる。悲観が嫌われるのは、それが不快だからという単純な理由ではなく、組織にとっては、悲観が最も厄介な種類の感染症だからである。


 最初の報告が届いたのは、領地の最も東。領都から二日の距離にある山間の村だった。村の名前は、地図上では薄いインクの点でしかないが、そこに暮らす者にとっては世界の中心であり、季節の巡りが生活の全てだった。村外れの柵が破られ、羊が数頭引き裂かれた。魔物の仕業らしい。夜の気配が濃くなっている。念のため、巡回を増やしてほしい――そんな内容だった。


 領都の警備担当官は、それを「いつものこと」として受理し、記録簿の余白に日付を書き足した。山に魔物がいることは、誰もが知っている。魔物は人の世の外側に棲む存在であり、人の世の境界が緩んだ時にだけ、こちら側へ顔を出す。境界が緩む要因は様々で、季節の変わり目はその一つに過ぎない。つまり、秋が始まったのだな、と担当官は思った。


 二つ目の報告は、北へ向かう街道沿いの集落からだった。旅人を相手に商いをする小さな宿場で、馬の蹄鉄と干し肉と粗い酒が主な売り物だ。そこでは、夜更けに荷車が襲われ、護衛の傭兵が二人負傷したという。魔物は大型で、牙の長さから見て狼系統だろうと、現場の者は言っている。だが、狼にしては妙に躊躇いがなく、人間の火を恐れない。これもまた「活性化」の一語で片付けられる種類の現象だった。


 三つ目は、西にある川沿いの交易拠点からである。船着き場の倉庫に侵入があり、積み荷が荒らされた。金や宝飾ではなく、塩と干し魚が狙われたというのが興味深いが、興味深いという感想が役に立つことは滅多にない。目撃者は、背の低い影が複数、素早く動いたと言っている。猿に似た魔物かもしれない。あるいは、もっと厄介なものか。


 報告は断続的に続いた。被害の規模は一定ではなく、襲撃の手口も一致しない。共通していたのは、領都から離れた場所で、守りの薄い村や町が狙われやすいという一点だけであり、その一点は、ほとんどあらゆる魔物被害に当てはまる。だから、領都の官吏たちは落ち着いていた。落ち着いているというより、落ち着いていることが職務だと信じていた。


 領主館で開かれた会議は、形式としては「緊急対策会議」と呼ばれたが、参加者の表情に切迫感は薄かった。切迫感が薄いのは、報告が曖昧で、しかも散発的だからである。敵が一つであれば恐れることができる。恐れることができれば備えることができる。だが、敵が複数で、しかも輪郭がぼやけていると、人は恐れの行き先を失い、結局は「よくあること」に分類してしまう。


「魔物の活性化、と見るのが妥当でしょうな」


 老いた家臣が言った。彼は慎重で、臆病ではないが、軽率でもない。その彼が妥当と言うなら、会議の半分はすでに結論へ向かっている。


「季節の変わり目でございます。森も山も落ち着いてはおりませぬ。餌の移動、群れの動き、縄張り争い……そういうものが重なれば、被害が散るのも不思議ではありません」


 別の家臣が補足した。言葉は滑らかで、論理も通っている。論理が通っているという事実は、往々にして人の判断を麻痺させる。論理が通っているなら、すでに正しいのだろう、と。


「問題は、領都から離れた町や村の被害が重いという点です」


 若い軍務官が口を開いた。彼は地図を広げ、赤い印をいくつか示す。点は散っている。散っているが、散っていること自体が異常だと誰も言わない。散っているからこそ、単一の脅威ではない、と言う者もいたが、単一でないならなおさら、個別対応でよい、と結論づける者もいた。


「領兵で十分対応可能ですか」


 議長役の執事長が問いかけると、軍務官は頷いた。頷きながら、彼は自分の頷きが会議の方向を決めることを理解していたが、理解しているからこそ頷けた。ここで否を唱えれば、自分が恐れているように見える。恐れている者は、戦の場では信用されない。それは古い伝統であり、愚かな偏見でもあるが、両者の区別はしばしば曖昧になる。


「大規模にはなりますが、事前の情報収集では、領兵の編成で対処可能と判断しております。傭兵団を追加で雇う必要は薄いかと」


 情報収集、と軍務官は言った。実際には情報は断片であり、確定的ではない。しかし断片を束ねて「収集」と呼ぶことで、言葉は確かな響きを得る。確かな響きは、確かな現実よりも人を安心させる。


 そこへ、ヴェルデン伯が姿を現した。会議室の空気が微妙に変わる。領主の入室という儀礼的な変化もあるが、それ以上に、決定が「誰の名でなされるか」が明確になるからだ。伯はまだ老境ではない。だが若さが武器になる年齢でもない。その中間にいる者は、往々にして「残りの時間」を意識する。残りの時間を意識する者は、名声を欲する。名声は、金よりも手に入りにくく、しかも税で徴収できない。


「状況は把握した」


 伯の声は低く、落ち着いていた。落ち着いている領主は良い領主だと、部下は信じたい。信じたいからこそ、彼らは落ち着いて見える言葉だけを拾いがちになる。


「魔物の活性化……なるほど。季節の変わり目なら、こちらも動くべきだな。被害が広がれば、領主の怠慢と見なされる。何より、民が不安に沈むのはよくない」


 伯はそう言ってから、地図の赤い印を見た。点は散っている。散っているが、伯はそれを「広い範囲で起きているからこそ、領主が動く価値がある」と解釈したようだった。人は、自分が動く理由を見つけるのが得意だ。とりわけ、自分が動きたい時には。


「領兵を率いて鎮圧に出る。大規模になるなら、なおさら示しが必要だ。領兵だけで足りると判断しているのなら、それでよい。余計な支出は避けるが、準備は怠るな。補給は厚めに、医療班も付ける。念のための策は、念のためとして終わらせよ」


 命令は明確だった。明確であることは、部下を安心させる。安心は士気を上げる。士気が上がると、戦は勝てる――というのが、戦に関わる者たちの希望であり、迷信であり、時に現実でもある。希望と迷信と現実は、戦場ではよく似た顔をして並ぶ。


 伯が出陣する、と宣言した時、会議室の空気にわずかな高揚が混じったのは否めない。領主が前線に立つことは、危険であると同時に栄誉でもある。その栄誉は、主君の背に従う者たちにも、等しく分け与えられる。栄誉がある以上、語り継がれる。語り継がれる以上、箔が付く。伯はその連鎖を理解していたし、家臣たちもまた、理解していた。


 理解していながら、誰も止めなかった。


 止める理由がない、というより、止める理由が言語化できなかった。散発的な被害。一致しない魔物。だが、それらは「活性化」という言葉で覆い隠せる程度の曖昧さを持っていた。曖昧さは便利だ。曖昧さは責任を薄め、決断を軽くする。決断が軽くなると、実行が早くなる。実行が早くなれば、何かを成し遂げた気分になる。気分が先に立つ組織は、たいてい危うい。


 会議が終わると、領主館は忙しくなった。忙しくなるということは、秩序が動き出すということであり、秩序が動き出すと、人は不安を感じにくい。走っている時に、自分がどこへ向かっているかを考える者は少ない。考える暇がないというのは、時に幸福であり、時に致命的である。


 兵站担当官は倉庫を点検し、乾パンと干し肉の数量を計算し、塩と油と薬草の割り当てを調整した。鍛冶職人は槍の穂先を磨き、矢筒を新調し、折れた盾を修繕した。医療班は包帯の在庫を数え、傷薬の壺に封をした。小役人たちは、各村からの追加報告をまとめ、書類に印を押し、別の書類へ回した。印を押すという行為は、紙に意味を与える。意味が与えられた紙は、人を動かす。人が動けば、世界が動く。世界が動けば、紙は正しかったことになる――少なくとも、そう信じられる。


 領都の市民は、どこか誇らしげでもあった。伯が出陣する。領主が自ら民を守る。物語の中ではよくある筋書きだ。物語の中の筋書きが現実に現れると、人は現実が物語と同じ結末に向かうと錯覚しがちになる。つまり、勝利と安堵へ。


 酒場では、兵に付き従う若者たちの話が上がり、母親たちは不安げに笑い、老人たちは昔話を始めた。昔話は、いかなる時代にも有用だ。昔話は、現在を過去の延長線上に置いてくれる。過去の延長線上に置けるなら、恐れる必要は少ない。恐れる必要が少ないなら、今日も眠れる。


 その眠りが、どれほど薄い布の上に敷かれているかを、誰もまだ知らない。


 ただ、一人だけ、執事長が廊下の窓から外を眺め、言葉にならない違和感を胸の奥に押し込めた。地図の点が散りすぎている、という感覚は、理屈ではなく肌触りのようなものだった。だが肌触りで領主を止めることはできない。できないからこそ、組織は肌触りを軽視する。軽視された肌触りは、時に後から「予感」と呼ばれ、さらに時に「予見」と呼ばれるが、その呼び名は、事が起きた後にしか与えられない。


 領主館の中庭では、旗が準備され、馬が用意され、鎧が磨かれていた。準備が整っていく様子は美しい。美しいものは、人を安心させる。安心した人間は、危険の輪郭を自分で削ってしまう。


 こうして、ヴェルデン伯の出陣は決まった。


 それは大規模な行軍になった。領兵五百のうち、四百が伯に従う。領都に残るのは、およそ百名の守備隊のみ。


 誰もそれを破局の予兆とは呼ばなかった。呼ばなかったというより、呼ぶ言葉を持たなかった。持たなかったのではなく、持っていても使わなかった、という方が正確かもしれない。言葉を使えば、責任が生まれる。責任が生まれれば、判断を変える必要が出てくる。判断を変えるというのは、勇気のいることであり、何より面倒だ。面倒を避けることは、組織が最も得意とする技能である。


 だからこの日、領都の空は澄んでいた。風は冷たく、石の壁は変わらず厚く、窓は小さく、屋根は低い。合理の積み重ねは街を守る。しかし、合理が守れるのは、合理が想定している種類の災厄だけだ。


 魔物の活性化。


 それは便利な言葉であり、今のところ十分な説明でもあった。十分であるという錯覚が、やがて致命的になることを、誰もまだ想像していない。あるいは想像したくない者が多すぎて、想像した者の声が、石壁の中で吸い込まれてしまったのかもしれない。


 出陣の準備は、滞りなく進んでいった。






──────

もし、この物語を

「もう少し読んでもいい」と感じていただけましたら、

星やコメントという形でご判断を残していただけると嬉しいです。


ストーリーの内容をわかりやすくするために

急遽第0章を書きました。第0章は次までの予定です。


いただいた反応は、今後の執筆の大きな励みになります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る