焦《こ》に至るまでー。
窪塚DETOXX
第1話 拝と冥葬
拝(はい)。
それは呼吸よりも深く、心臓よりも速く、体の奥底で燃える「生きたい」という衝動だ。
誰もがその種火(たねび)を持っている。
だが、それを意識的に燃え上がらせ、物理法則さえもねじ伏せる“異能”に変えられる人間は、ごくわずかしかいない。
その異能を、**《冥葬(めいそう)》**と呼ぶ。
冥葬は、一人につき一つ。
家系で似ることはあっても、まったく同じ能力は存在しない。
代償は、体力の消耗ではない。「摩耗」だ。
使えば心と体が削れ、拝が尽きれば、人は灰になる。
それでもなお、冥葬使いは戦場へ赴く。
なぜなら――この世界には、命を削らなければ祓(はら)えない“歪み”が存在するからだ。
◇
空気がきしむ音がした。
「――ッ、らぁ!」
鋭い気合いと共に、藤堂蓮(とうどう れん)の拳が空を打つ。
インパクトの瞬間、拳の周りで空気が弾ける。
拝をエネルギーに変え、一点に集中させる基礎動作だ。
だが、目の前の“壁”は揺らぎもしない。
「浅い」
短く、冷たい評価。
蓮の拳を受け止めたのは、学園の教官ではない。
鉄紺(てつこん)色の髪をなびかせた同級生――**六花(りっか)**だった。
彼女の周囲には、目に見えない磁場が広がっている。
冥葬――《鉄律磁衡(てつりつじこう)》。
蓮の拳が触れる寸前、彼女は空間に含まれる金属と磁力を操り、衝撃の方向をずらしたのだ。
「今の踏み込み、0.2秒遅い。拝の流れに迷いがあるから、熱が逃げてるわよ」
六花は淡々と告げ、磁界を解く。
蓮は荒い息を吐きながら、自分の拳を睨みつけた。
「……くそッ。頭じゃ分かってるんだけどなぁ。」
都会の影、地図に載らない場所に存在する学校――異吟義塾学園(いぎんぎじゅくがくえん)。
古いお寺のような静けさと、最新の監視カメラが同居するこの場所で、蓮たちは毎日「命の削り方」を学んでいる。
今年の一年生は、たったの三人。
蓮、六花、そして――。
「蓮、大丈夫……?」
ベンチから、控えめな声が掛かる。
想(そう)だ。
手にはタオルとスポーツドリンク。その瞳は、怪我をした小鳥を覗き込むように震えている。
「そんなに強く打ったら、蓮の手が壊れちゃうよ」
「バカ言え。壊れるくらいじゃなきゃ、こんな技なんて扱えねぇよ」
蓮はタオルを受け取りながらも、その口調には隠せない信頼が滲む。
想は、優しい。優しすぎる。
この学園において、その優しさは致命的な弱点になり得る。だが、蓮にとっては、その柔らかさだけが、張り詰めた心を冷やしてくれる唯一の救いだった。
「想、あんたもよ」
六花が、呆れたように汗を拭う。
「蓮の心配ばかりしてないで、自分の拝を練りなさい。まだ不安定なんでしょ。――いざという時、自分の身も守れないわよ」
「あはは……そうだね。ごめん、六花ちゃん」
想は弱々しく笑う。
その笑顔の奥に、どれほどの「自己否定」が沈んでいるか、今の二人にはまだ見えていなかった。
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