断罪予定の悪役令嬢ですが、最初から公爵様に溺愛されていました——静かに生きたい私と、決して手を離さない彼の話

猫山りぃ

プロローグ:断罪予定の悪役令嬢は、静かに生きたい

 私が断罪される未来は、すでに決まっている。


 ――少なくとも、この世界の“筋書き”においては。


 セシリア・アルヴェーン。  乙女ゲームに登場する、典型的な悪役令嬢。  高慢で、嫉妬深く、ヒロインを陥れ、最終的には婚約破棄ののちに断罪される役どころ。


 だから私は、最初から目立たないように生きることにした。  誰とも争わず、誰にも執着せず、物語の外縁で静かに息をする。  そうすれば、断罪イベントは起こらない――はずだった。


「今日の予定を確認しようか」


 穏やかな声が、思考を遮る。


 顔を上げると、そこには公爵アレクシス・ヴァルシュタインが立っていた。  この国で最も若く、最も有能で、そして最も扱いづらい人物。


「……なぜ、今日もこちらに?」


 思わず口にしてから、私は小さく息を吐いた。  失礼だっただろうか、と考えるよりも先に、彼はいつものように肩をすくめる。


「君がここにいるからだよ」


 当たり前のことのように言われて、返す言葉を失った。


 公爵は、私を過剰に守ろうとしない。  指示もしないし、命令もしない。  ただ、私が何かを決めるたび、その選択が滞りなく通るように、静かに道を整えている。


「今日は書庫の整理をする予定でしたが……」


「人払いはしてある。好きなだけ使っていい」


 それがどれほど異例な配慮か、私は知っている。  それでも彼は、理由を語らない。  まるで、そうするのが当然だとでも言うように。


「……ありがとうございます」


 そう告げると、彼はわずかに目を細めた。


「礼は要らない。君が決めたことなら、それでいい」


 その言葉に、胸の奥が微かに揺れた。


 私はまだ知らない。  彼が最初から、私だけを選び続けていたことを。  そしてその選択が、どれほど深く、静かな溺愛だったのかを。

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断罪予定の悪役令嬢ですが、最初から公爵様に溺愛されていました——静かに生きたい私と、決して手を離さない彼の話 猫山りぃ @ri_0z

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