華やかな
ジリリリ!
大きな音で体が反応して飛び起きる。アナログ時計でまず最初に日付を確認するのが私の日課。まずい、今日を日曜日と勘違いしてた。
ベッドから降りてパジャマから制服に着替える。まだ着慣れないシャツのボタンをちゃんと止めて、上にブレザーを羽織り、リボンをつける。一階から朝ごはんのいい匂いがしてくると、自然とお腹が鳴って体が引き寄せられる。今日も朝ごはんはパンかな?
「おはよう華野!ほら早く朝ごはん食べて!」
お母さんの大きくて溌剌とした声を聞くと、自分は母親似なのだと再認識する。と言っても、お父さんはどこにいるのかなんて分からないけど。目玉焼きに醤油をかけて食べ、パンにマーマレードジャムを塗って食べる。適当にちぎったサニーレタスを食べ終わると、すぐさまピアノに向かい練習をする。
今日は家庭科部の日。コンクールに応募する作品がまだ終わってないから休むわけにはいかない。その後に塾が二つ。母と妹と私だけの家族だけど、生活がこんなに安定して習い事をたくさんさせてもらえるのは母が弁護士というのもあるのかもしれない。その代わり夜ご飯は私が担当だ。生まれた時から父はいない。理由は聞いても教えてくれなかったから、そういうものだと思っていた。お父さんがいる家庭を羨ましいとは思ったことがない。というか思いたくなかった。女手ひとつで私と妹を育てて、面倒も見て教養を増やさせてくれる母にそんなことを思っているなんて悟られたら申し訳なくて仕方がなかったのだ。胸に詰まった思いをお腹の中で抱きしめながら、喉の奥から溢れ出しそうになりながら生きてきた。朝が忙しいのは、予定だけの理由ではないのだ。
カバンを背負って、家を出る。夏になりきれない暖かくて優しい風が私をくすぐる。
中学校に入って2ヶ月。部活を小学校からやっていた吹奏楽をやめて家庭科部に入ったのは中学生になれば忙しくなることが目に見えていたのと、一度もやってみたことがないことをやってみたかったから。
でも、部活が始まってから全然来ていない人がいる。クラスは違うけど、最初の顔合わせの時にいたから顔は知っているし、幽霊部員も含めて名前を覚えたから知っている。でも以来その人は来ていない。なんのために部活入ったんだと、思わずツッコミを入れたくなる。
いつものように教科をこなしてゴムみたいなパスタとべちょべちょしたミートソースをかけて給食を食べると、家庭科部顧問の理香子先生が申し訳なさそうな顔をしながら私に声をかけてきた。小柄なのに、いつもより小さく見えるのは彼女が頼み事をする時の癖だ。生徒に対しても敬意を忘れない姿勢は、自分が大人になっても見習いたいと思う。
どうやら例のあの幽霊部員を部活に呼んでこいとのことだ。少々面倒ではあるが、仕方がない。尊敬する先生の頼みとあらば。それに相手は顔もクラスも知っているし、名前だってわかる。怖いことなんて何もない。6時間目の数学が終わった放課後、すぐに声をかけよう。大丈夫。落ち着いていそうな人だったし。
放課後になって窓からオレンジ色の光が水彩絵の具みたいに滲み出して廊下が人まみれになった頃、私は彼女に声をかけた。
どうやら一回では聞こえなかった様なのでもう一度呼ぶが、また聞こえてないようだ。二回目は肩を叩いたのにまるで気づいていない。考え事をしているのかな…?それとも何か悩んでる?ぶつぶつ独り言言ってるし…やっぱなんか怖いかも
いやもしかすると…気づいていないふりをしている?無視されてんの?私。イライラして三回目、大きな声で話しかけた。どうやら声が大きすぎたようで、廊下にいる全員私の方を向いてしまった。でも今はそんなことどうでもいい。この人が私を無視したという事実が気に入らない。別に自分の尊厳を高く持っているわけではないが、流石に無視されると癪に障る。彼女…いや蘭は肩をビクッ、とさせて声に驚いた様なそぶりを見せた。その後、蘭が部活に来ていないこと、他にも色々話すと、彼女の顔色は鎖骨から顔にかけて、色がまるで桃から林檎のように真っ赤になっていって、最後には耐えきれなくなったかのように走り出した。
きっとみんなの前でそんなことを言ってしまったから恥ずかしくなってしまったのだ。しかも最初に大きな声で話しかけてしまったし。三回目の声をかけた様子を見れば、無視したのではなくて単純に気づいていなかったかのように思える。
嫌な思いをさせてしまって少し申し訳ない様に感じるが、自業自得だ。来ていないくせにプライドだけは高いのだな。嫌な感じ。俗に言う厨二病みたいだ。
理香子先生には申し訳ないけど、走って逃げちゃったって言おうかな。まあ事実だけど。でもやっぱり申し訳ない。理香子先生は悲しむだろうか。憂鬱な気持ちで部活へ望む。カーテンが開いて、暖かい日差しが部屋いっぱいに溢れている被服室。針がたくさん刺さっている針山。まだ2ヶ月だけど、飽きるほど見た光景だ。
理香子先生はまだ来ていなかったけど、小学校から同じの親友、凛花がいた。話しかけようと思った矢先、理香子先生が来た。
あったことを伝えると、先生はやっぱり悲しそうな顔をしてしまった。逃がさなきゃよかった。私も走れたんだから思いっきり走ればよかった。
気に食わない。
なんなの、あの人。
虚ろな蘭 道端のブルーアイリス @ring-1227
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