生き返らせ屋さん
県
純粋な親子
12月2日、冬に差し掛かるというのに、まだまだ暑いお昼頃。それだというのに
いつも内外問わず清閑なこの店の外から、珍しく人の声が聞こえた。
?「...本当にこんな怪しい所で合ってるのか...?こんな馬鹿げた噂なんて信じたくないんだが...」
...何か失礼な物言いだが、お客さんかもしれないのでここは落ち着いて様子を伺う。
?「はぁ、ネットだといつでも空いてるらしいが...平日の昼時とはいえ人が居る気配とかが微塵も無いんだよな。まぁとりあえずノックしてみるか...」
「トントントンッ」
「ガラガラガラッ」
私「はいっ! どうされましたか!」
「ぅおぁっ!」
お客さんとなりそうなこの男性に対し、ノックした瞬間に鋭い目の青年がいきなりドアを開けてきたら、そりゃ驚かせてしまうだろう。
私「あぁっ!驚かしてしまってすみません、生き返屋にようこそ!」
「申し遅れました この店の全てをしている
お客さんを連れて玄関からすぐ左の和室に入り、互いに対面になるよう椅子に座った。お客さんには少し年季が入った不思議といい香りがする椅子に座ってもらい、少しだけ香りを堪能した所でさっそく話し始める。
私「いきなりですが、お名前と職業等、色々とお聞きしてもよいですか?」
?「あぁ...えっと
色々と聞いた所、重着さんは27歳の会社員であり、臆病そうな印象を持つが、2個下の奥さんと去年8歳になった娘の
しかし、なぜこの人はこの店に来たのだろうか?それを知るためにもとにかく聞こうと質問を始める。
私「えー、重着さんはこの店がどういうサービスをしているかご存じですか?」
重「亡くなった人を生き返らせる...っていうのは噂で聞いたんですけど、それ以外はあんまり......」
「概ねその噂通りですよ、ただ期間やお金のことについては説明していきますね」
今回のように初めてで緊張している様子のお客さんに対しては、少し長めに説明の時間を取るようにしている。まぁ、つまりは毎回長説明をしているということだ...
「では、説明させていただきます。特に重要な方法・期間・お金について、順番に説明しますね。まずは方法...といってもあまり直接的なことは言えないんですよね、ショッキングなので」
「それってもしかして、人に見せれないくらいグロいってことですか?」
「えっと...そういう事では無い、と思いますよ。私はもう慣れちゃった人なのでたぶんですけど」
重着さんの眼差しが冷ややかになっていくのを見て話を説明に戻すことにしたが、
この店に来た人でリアクションが大きい人はいない。とはいえ、毎回こうなるのは少し心にくるものがある。
「まあそんなショッキングなことは置いておいて、生き返らせるためには必ず亡くなった本人の体の一部が要ります。一部といっても遺骨や遺灰のようなもので大丈夫です」
イカれた倫理観での説明で明らかに重着さんの目が氷点下くらいに冷え切っているが、まだまだ勢いに乗せて話していく。
「...えっと一応、その体の一部だけでもできるのですが、そうなると年単位の時間が掛かってしまいます」
「そ、そんなにかかるんですか!?」
目をかなり開いて驚いているが、やけにおとなしく感情的な部分が少ない驚きだった。
そうは言ってもリアクションが薄いのも無理はない、自分が作り出した空気のせいだけが原因ではないはずだからだ。
「あくまで今のは一部だけの場合です。時間を短くするには遺留品、要するに亡くなった人にとっての思い出の物も持ってきてください」
「...なんか結構スピリチュアルというか、オカルト的なんですね、これ」
「......えぇ、まぁ」
その質問はあえてでも何でもなく目をそらして答えないようにしている。そういうもの、だからだ。
説明を始めてからずっと、何らかの賞を取れるくらいに冷ややかな空気が場を掌握している。慣れたとはいえ、やっぱりこの状況は少しくるものがある。
「せ、説明に戻りますね、方法については以上として、次は期間の事です。先ほど解説したように期間は遺留品の数で変動します」
この説明あたりからこの異質な話に慣れたのか、重着さんの目が最初にドアを開けた時に見た普通の目に戻っていた。
その変化について聞いてみたかったが、自分の中で数パーセントだけ残っている仕事一筋の性分がそれを邪魔して仕事話を続けさせる。
「もちろん多ければ多いほどいいですが、それ以上に本人にとって思い入れがある物であれば、どんなものでも時間も短縮されていきます」
「どんなものでも、ですか?」
緊張がほぐれ始めたのか、椅子にもたれながら疑問を投げてきた。むろん、その疑問に対しても丁寧に返答していく。
「はい。お気に入りだった
この段階で重着さんを深く見てみると、重着さんが相槌を打っている最中に部屋に掛けてある時計をチラチラと見ており、時間を気にしている様子が伺えた。
もう少し話をしたいとこだが、最重要情報を聞くために今からしようとした雑談は端折ることにした。
「それではお金の話......は後にして、今から最も大事なことを聞きます。お辛いことかもしれないのでご覚悟を」
「え...?あ、あぁっ‽ ぁ」
おそらく今から聞くことが分かってしまったのだろう。嗚咽のような声が、重着さんの喉からか細く聞こえてくる。
「生き返らせたい方は、どなたですか?」
数分の沈黙の後、うなだれるように下を向いていた顔を少しづつ上げて、重着さんは話し始めた。
「......娘の愛華です。いつも通り登校していたのに、信号無視の車に轢かれたんです。緊急搬送をしたものの、僕たちがそのことに気づいた時にはもう...」
涙を浮かべないように話しているが、誰が見てもわかるくらいに声と体が震えている。重着さんの心情は決して計り知れない物だろう。
「しかも轢いた車はそのまま逃げたらしいんです。交差点には監視カメラが無い所だったので犯人は取り逃がしたみたいで...」
憎しみがこぼれた時、重着さんの目からもポツポツと涙がこぼれている。
「あぁ、あいたたた...ちょっと頭痛が...あぁっすみません、お恥ずかしい所を見せてしまって」
「全然恥ずかしくないですよ。むしろ人間的に、それでいいんです」
その後は慰めと世間話のごちゃ混ぜ会話が続き、気づくと日が沈む直前だった。
「もうこんな時間ですか。明日は会社なのでそろそろ家に戻りたいのですが、お金の方は....」
「お金なんていいですよ、この店は後払い方式ですから。亡くなった人が生き返った後にお支払い頂くという形にしてるんです」
「そ、そうなんですね」
なぜかほんの少し冷えた目をされたが、構わず玄関に行き見送る用意をした。
お互い最初に出会った位置に着き、丁寧な旅館のように見送った。
「今日、有給使ってここに来れてよかったです。もう次の土曜日に愛華の物たくさん持ってきますね」
「くれぐれも無理して体調を壊さないよう、気をつけてください。ではまた会いましょう」
自分が手を振った先でチラッと見えた横顔は、最初に驚かせてしまった時よりも凛々しい表情に見えた。
数日後
休日でも客足が皆無で暇しているが、今日は先客がいるため少し落ち着かない。緊張気味にいつ来るのかとそわそわしていたら、律儀に前に来た時と同じ時間帯でパンパンのリュックを背負った重着さんがやってきた。
「お久しぶり、っていうわけでもないですね。先日あなたが言ってた通り、大切なたくさん持ってきましたよ!」
玄関に上がって早々、リュックから愛華さんの思い出の品々が続々と出てきた。靴、ランドセル、笑顔を向けている写真、そして愛華さんの遺骨。それ以外にも本当に色々な物を用意してくれた。
「遺骨もありますし、しっかり思いが詰まっているものがこんなにあるのでしたら、かなりの日数短縮できますよ。生き返るのはだいたい一か月半後ぐらいですかね」
「そ、それでは早速!」
「ブォアンッ!」
恐ろしい速さで立ち上がる男に驚きついつい止める体制になってしまったが、そのまま補足の説明をしていく。
「か、重着さん、まだ伝えれていないことがあるので待ってください。持ってきたものを生き返らせるために使うと、跡形もなく消失してしまうのです。それでもいいんですか?」
「......えぇ、いいです。今度こそ愛華との思い出を取り戻すためにここまで来ましたから」
数日前の臆病そうな人物と同じとは思えないくらいの力強い意思を感じ取り、急いで生き返らせる準備を始めた。
一応の契約書にサインさせてから、前に話をしていた部屋で待ってもらう。
サインとかなんとかあり厳重で危険な雰囲気を醸し出してしまったが、やること自体は簡単で早く終わる事だ。
あまり詳しく言いたくないため端折るが、とにかく鍵付きの別室にて生き返りの儀式を行う。
元々贅沢に鍵が付いている部屋に対してあまり不満を吐露すべきではないが、本音としては物を置くときの「ドサッ」という音を軽減するための防音措置をしたいものだ。
そんなことを考えながらも、なんとか言葉通りに愛華さんの「生き返り」を開始し、思い出の物を愛華さんに届けることにも成功した。
「ふぅ」と一息つき、立ち上がり扉の前まで向かった時、愛華さんの方を向き黙祷をする。そしてスパイの潜入のように部屋から出て施錠する。慣れがそうさせたのか、私にとってはもはやルーティンのようなものになっている。
(これから約1か月半の間、愛華さんが生き返る時まで見守り、祈り続ける。)
そう意気込み、重着さんのもとへ行く。廊下を抜けて窓を見てみると天気予報の裏切りでどしゃ降りの雨だった。そんな大雨でも部屋に向かう足音が聞こえたのか、こちらが扉に手を掛ける前に彼の方から扉を開けてきた。その行動に少し驚いていた私に隙を与えずこう言う。
「愛華は、愛華は大丈夫なんですか」
手術後の医者に聞くように焦る重着さんに、彼を落ち着かせながら「問題ない」と伝えた。涙を浮かべる中、自分の胸に手を当て落ち着かせながらに彼は語る。
「本当に、愛華のためにありがとうございます。その、また数日後に来るので、今回はここらで...」
「えっぇ ちょ、ちょっと!」
やはりまだ落ち着いていないのか、あまりに突然のご帰宅をついつい引き留めてしまった。
「こんな大雨の中一人で行くのは無茶ですよ...色々と落ち着くまでここで待ちましょう。そしてこの間だけでも、お話聞かせてください。愛華さんの話でも、愚痴でも、何でも...」
引き留めるついでの勢いで、内に秘めていた会話欲が漏れてしまった。断られるどころか最悪の場合、怒りそのままでぶん殴られるような提案を出した事に脳内で一人反省会を始めようとした所に、口角を上げた彼から意外な返答が返ってきた。
「聞いてくれるなんて、とってもありがたいです!ぜひ、ぜひ喋らせてください!!」
真っ直ぐに突き動く熱意と、初めて見た満面の笑みは、自分の会話欲に任せてよかったと思えた。
そこから雨が止むまでの数十分間、怒涛のマシンガントークを放していった。上司の愚痴、おすすめの食事スポット、愛華さんとの思い出。ただそれを聞いているだけでも愉快で楽しい気分になれた。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、雲一つない晴れ空が薄いオレンジ色の光を窓に差す。私たち2人がその光に気づくのには2,3分のラグがあった。
「おぉっと!もうこんな晴れ空ですか、ではそろそろ帰りますね。今日も色々とありがとうございます」
「私も先ほどの時間楽しかったですよ。また休みの日でもいらっしゃってください。このお話も愛華さんのためになるかもしれませんから」
玄関から出る直前、両者ともに深く礼をして別れを告げた。
その日以降、休日になると重着さんが来て、お茶菓子をつまみながら色々なお話をするようになった。生き返屋の本業とは違うが、とても楽しかった。
真剣な話もおちゃらけた話も、どっちも話し、聞いてもらえるお客さんは久々なのだ。
しかし、何日も話しているうちにある1つの疑念が生まれていた。気のせいだと願いたいのに、どうしてもその疑念を気のせいだと断定できない私は彼に直接聞いてみることにした。
12月26日 儀式開始から3週間後
(重着 愛華さんが生き返るまであと1週間)
「...って感じで生き返った後に、事故の事を思い出しちゃったりしないかなぁって心配で...」
「生き返った後の記憶は無くなる一時間くらい前の記憶に戻っていますから、そこは滅多なことが無い限り大丈夫ですよ」
「そうなんですね!良かった良かった......あっそういえば何か話したいことがあるんでしたっけ?かなり脱線させちゃってすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。最終的には戻してくれますし」
また、この人を傷つけてしまうのかもしれない。それでもこれは、愛華さんのためにも聞かなければならない。
「単刀直入に聞きます。奥さんは、どうされましたか?」
「...え?きゅ、急にどうしたんですか」
「重着さん、この数週間の間、色々な話をしましたね。愛華さんとの思い出、仕事の話、それ以外にもご自身の経歴や私生活等の様々なプライベートな話も、どれも事細かに話してくれましたね」
「あぁ...たしかに色々と話しましたけど...それが何か?」
「その中で奥さんに関する話が一切出てこなかったんですよ。愛華さんの方を優先したいから、シンプルに嫌いだから、という理由で話していないというよりは、この話題を異様に避けているような印象を受けたんです。」
「......ほう」
「似たようなことを何度か言っていますが、愛華さんが健やかに生きていくためには、育て親であるお二人の事を知っておかないといけません。戻る環境や事情によっては、中止を考えなければならない事なので聞きたいんです。」
熱く冷えているこの意見は、深いため息の後の苦い笑顔と一緒に返答された。
「他の親戚とかには隠し通せたのに、あなたには通用しませんでしたか。バレたらしょうがないですね、お望み通り妻の事を話しますよ」
半ばヤケな彼の口から語られた詳細は、耳をふさぎたくなるほどに苦しい現実だった。
重「愛華を失った日から徐々に、妻はおかしくなりました。色んな新興宗教を転々として、いろんな情報を信じ込み、色んな物を買っていました。その信じていた情報の内の1つにこの店の事があった、というのはラッキーでしたがそれ以上のアンラッキーがその1か月後に来たんです。
6年目の結婚記念日の日、自宅に帰っても何の音もしなかったので、不安の中妻を探していたらリビングに居ました。吊って何時間も経ったであろう妻がそこには居ました。遺書も希望も無いままの葬儀は最悪の気分でしたよ、骨壺を抱きしめて泣いているのにずっと壊したくてたまらなかった時期でした
そこから藁にもすがる思いでこの店をきちんと調べ始めてから今日まで、ずーっと考えていたんです...妻を生き返らせるべきか。
でも怖いんですよ、洗脳されたあの頃の妻と会って正気でいられるのかが私には分からないんです。
...もういっそ、愛華への遺留品の一部として捧げるべきかとまで思っちゃうぐらいに、私もおかしくなってるんです」
喋り終わった彼の目線は、私の意見を求めるかのようにすぐに私を追っていた。その重たく
「1度の人生でどんな選択をするかはその人次第です。ただし、奥さんの遺骨を使った場合、今後絶対に奥さんと出会えることはありません。いつかあなたと愛華さんが後悔したとしても手遅れになるかもしれないのです。それだけ伝えておきます......ちょっと愛華さんの様子だけ見てきますので、席外しますね」
決して気まずさで逃げたわけでは無いが、どよめく心曇りが心中にあったのは否定できない。私は身を律するかのごとく愛華さんに祈り続けた。
一通り事を終わらせて部屋に戻ると、そこに重着さんの姿はなかった。代わりと言ってはあれだが、さっきまでお茶菓子を食べていたテーブルに彼の手帳から取った1ページがあり、丁寧な急ぎ字でこう書いてあった。
「私の発言があなたを不快にさせてしまったこと、申し訳なく思います。ただ、まだ少し悩ませてください。必ず愛華が生き返る前には結論を出します」
その書置きを見たからと言って、彼を追いかけるわけでもなく、見限るわけでもない。ただ、意図が伝わったのだろうと思っていた。
その日から愛華さんが生き返る前日まで、ごく普通の日常を過ごした。重着さんも、新規のお客さんも来ない。やっとこさ点けるストーブの音しか響かない日常を。
そして元日の昼頃、休みなく動いているこの店に、1人お客さんが来た。腫れた目をしながらも真っ直ぐな眼を輝かせて重着さんその人だ。
ただ玄関の前で肩を震わせて願う彼の結論を聞き、私は実行した。
朝早くの1月2日、儀式を行う別室にはすでに私と重着さんが居る。少女は、部屋の中央にある円に描かれた祭壇で目をつむっている。その仰向けの少女は、愛華さんと瓜二つだ。
少女が生き返るまでただ待つだけの十分間には会話は無く、互いの鼓動が聞こえるぐらいの静けさだった。
その静けさが効いたのか、日々の祈りや思い出が功を制したのか、少女が目を覚ます。
「ん...お父さん?」
「あっ あぁ...愛華!」
儀式は無事成功し、重着親子はずっと抱き合っていた。父の涙は止まらず、娘は知らない場所にて思考が止まらないご様子だ。
少し涙が引いた重着さんは、愛華さんの世界を広げるため、変わっていった街並みを見せようと早めに帰る用意を始めだした。
丁寧だった最初の時のように見送ろうと玄関のほうに向かう最中、泣き跡が目立つ重着さんから声を掛けられた。
「うぅ...本当に、本当にありがとうございます...あっ!えっとそういえばお代...」
「お代は...奥さんが生き返った後でいいですよ。奥さんのことは私に任せて、今は愛華さんと新たな思い出を作ってください。そして何年か先でも暇になったらこの部屋で、お茶菓子でもつまみながらお話しましょう。今度は愛華さんと一緒に」
お金の話で引っ込んでいた涙が再来して、愛華さんにきょとんとされている中、涙を流していた。その涙はきっと、別室に来る奥さんにも届くことだろう。
涙や鼻水を何とか縮こませて玄関を出た後、手を振る二人に店員としての別れの挨拶をして終わる。
「おつかれさまでした」
生き返らせ屋さん 県 @Agata_66
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