魔王ですが転生したらワンオペママでした
@sunsun-project
第1話 魔王、ワンオペに敗北する
魔王は死んだ。
それは世界を震わせるような壮絶な最期ではなかった。
信じていた部下の刃が、背中から心臓を貫いた。
怒りも、叫びも浮かばないまま、視界が暗くなる。
——なぜだ。
千を超える軍を率い、恐怖と命令で支配してきた。
誰一人、逆らえぬはずだった。
答えを得る前に、意識は途切れた。
次に目を覚ました時、世界は異様に近かった。
息が詰まるほど近くに、柔らかくて温かい存在がある。
胸の上で、小さな人間の赤子が眠っていた。
「……これは……?」
理解が追いつく前に、赤子が泣いた。
高く、鋭く、止まらない。
魔王は反射的に魔力を呼び起こそうとした。
いつものように。
山を沈め、嵐を従えた力を。
——何も、起きない。
「……?」
もう一度。
さらに強く意識を集中させる。
沈黙。
体内にあったはずの膨大な魔力は、跡形もなく消えていた。
それからが地獄だった。
赤子は泣く。
抱いても、揺らしても、命令しても泣き止まない。
「静まれ。命令だ」
当然、通じない。
魔王は初めて知った。
恐怖も、力も、意味をなさない相手がいることを。
汗が滲み、腕が震える。
赤子は小さいのに、なぜこんなにも重いのか。
床に座り込んだ瞬間、胸の奥が冷え切った。
——自分は、無力だ。
かつて世界最強と恐れられた存在は、
一人の赤子すら思い通りにできない。
しばらくして、赤子は泣き疲れたのか、腕の中で眠った。
その寝顔を見下ろしながら、魔王は呟いた。
「……力とは、なんだったのだ」
支配し、従わせること。
それが強さだと信じてきた。
だが今、何もできないこの状況で、
それでも腕を離せない自分がいる。
魔王は、知らなかった。
守ることが、こんなにも苦しく、逃げられないものだとは。
世界最強だった魔王は、この日、完全に敗北した。
ワンオペという名の戦場で。
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