強気な悪女はドS王子の執着愛に勝てない。~金貨一万枚を要求したら、服を剥ぎ取られて犬にされました~

猫野 にくきゅう

第1話 黄金のプライド、剥がされる夜

 屈辱で、唇から血が滲むほど噛み締めていた。


 石造りの冷たい廊下に、ヒールの音が虚しく響く。  

 私は、敵国であるアズール帝国の王城を歩いていた。手には豪奢な扇子を持っているが、それは震えを隠すための飾りに過ぎない。


(わたくしは、誇り高きロゼリア王国の第一王女、セレスティアよ……!)


 先日、我が国はアズール帝国との戦争に敗れた。  

 占領こそ免れたものの、講和条約の条件として突きつけられたのは、私、セレスティアの輿入れ――実質的な人質としての政略結婚だった。


 相手は、この国の第一皇子カイン。  

 戦場では「蒼き死神」と恐れられる冷酷無比な武人であり、我が国の軍隊を壊滅させた張本人だ。  

 本来なら顔を見るのもおぞましい仇敵。

 けれど、私はただ泣き寝入りするつもりなど毛頭なかった。


(野蛮な国の皇子風情が。わたくしの美貌で骨抜きにして、言いなりにさせてやるわ)


 私は自信があった。   

 蜂蜜のような金色の髪、宝石のアメジストより鮮やかな瞳、そして白磁の肌。  


 社交界で「魔性の姫」と呼ばれ、数多の貴族たちをその微笑み一つで破滅させてきた私だ。剣しか振るえない無骨な男など、手玉に取るのは容易い。  


 まずは初夜で主導権を握り、この国の財政を搾り取ってやる。


 案内されたのは、皇子の寝室だった。  

 重厚な扉が開かれる。  


 部屋の中央、革張りの椅子に腰掛け、ワイングラスを傾けている男がいた。  

 黒曜石のような黒髪に、鋭い切れ長の目。その瞳は、深海のように底知れない暗さを宿していた。  


 彼が、カイン皇子。


「……遅いな。待たされるのは嫌いなんだが」


 私を見るなり、彼は感情の読めない声でそう言った。  

 立ち上がりもせず、歓迎の言葉ひとつない。  


 カッと頭に血が上るのを抑え、私は扇子を閉じて優雅に微笑んでみせた。


「あら、レディの支度には時間がかかるものですわ。野暮な殿方ですこと」

「口の減らない女だ。……来い」


 カインはグラスを置き、顎でベッドの方をしゃくった。  

 まるで娼婦を扱うようなぞんざいな態度。  


 私のプライドを逆撫でするには十分だった。

 私は彼に従うどころか、その場で胸を張り、彼を見下ろすように言い放った。


「勘違いなさらないでくださいませ。わたくしは敗戦国の王女とはいえ、あなたのような野蛮人にタダで抱かれるつもりはありません」


 私は事前に用意していた言葉を、高らかに告げる。


「わたくしを抱きたければ、金貨一万枚の支援金を今すぐ用意なさい。それが、わたくしの体に触れるための対価ですわ」


 金貨一万枚。

 小国の国家予算にも匹敵する法外な要求だ。  


 これを聞けば、彼は激昂するか、あるいは私の価値を認めて交渉してくるはず。

 どちらに転んでも、場の空気は私が支配できる――

 そう思っていた。


 しかし。  

 カインの反応は、私の想定のどれでもなかった。


「……く、くくっ」


 彼は喉の奥で、楽しそうに、けれど凍えるほど冷たい笑い声を漏らしたのだ。


「面白い。実に面白いペットだ」

「ペ、ペットですって……!?」


「金を要求するとは、犬にしては少々口が利きすぎるな」


 カインがゆっくりと立ち上がった。  


 その瞬間、部屋の空気が一変した。

 肌を刺すような魔力の圧力が膨れ上がり、私は本能的な恐怖に足を引いた。


「な、なによ……! わたくしに指一本でも触れてみなさい! 父上が黙って……」


 パチン。


 カインが軽く指を鳴らした。  

 その乾いた音が響いた直後――。


 ビリリッ!!!!


「きゃあああああっ!?」


 裂けるような音と共に、私の視界が反転した。  


 身体が寒い。  

 私が身に纏っていた最高級のシルクのドレス、何層にも重ねたレースのペチコート、それらすべてが、一瞬にして切り裂かれ、床に散らばったのだ。  


 残ったのは、わずかな布切れのような下着だけ。


「な、なに……え……!?」


 私は自身の身体を抱きしめ、その場にうずくまった。  

 何が起きたのか理解できない。ただ、カインが魔法を行使し、私の衣服だけを正確に破壊したことだけは分かった。


「金貨一万枚? 安いものだ。だが、俺は無駄金を使う主義ではない」


 カツ、カツ、と革靴の音が近づいてくる。  


 目の前に彼の足が止まった。

 見上げると、そこにはゴミを見るような冷徹な瞳があった。


「お前は勘違いをしているようだ。ここは社交界ではない。俺の城だ。そしてお前は、王女ではなく俺の戦利品だ」


 彼は私の顎を強引に掴み上げ、無理やり視線を合わせさせる。


「今日からは、その姿で過ごすがいい」

「っ!? 正気……!? こんな姿で……!」


「嫌か? だが、俺の許可なく服を着ることは許さん」


 そう言うと、カインは私の腕を引き、強引に立たせた。  


 抵抗しようにも、裸同然の姿を見られたくない羞恥心で身体が動かない。  

 彼はそのまま私をズルズルと引きずり、寝室の扉へと向かう。


「ま、待って! どこへ行くの!?」

「この扉の向こうには、大勢の衛兵や使用人が控えている。お前がその姿でどれだけ美しいか、彼らにも見せてやろうかと思ってな」


 血の気が引いた。  

 扉の向こうからは、確かに人の気配がする。


 もし今、この扉が開けられたら――

 私の尊厳は、完全に死ぬ。  


 一国の王女が、下着姿で男に引きずり回される姿など、死んでも見られたくない。


「い、嫌っ! やめて! お願い、開けないで!」

「なら選べ」


 カインは扉のノブに手をかけたまま、氷のような声で告げた。


「今すぐその高いプライドを捨てて、大人しく俺の犬になると誓うか。それとも、反抗を続けてその姿のまま、今夜開催されている夜会の会場まで連れて行かれるか」


「や、夜会……!?」

「ああ。多くの貴族が集まっている。彼らの前で裸踊りでもすれば、金貨の一枚くらいは恵んでもらえるかもしれんぞ?」


 悪魔だ。

 こいつは、人間の皮を被った悪魔だ。  


 私の震える手は、カインの袖を必死に掴んでいた。  


 悔しい。

 殺してやりたいほど憎い。  


 けれど、ここで夜会に放り出されれば、私は社会的に抹殺される。

 それだけは避けなければならない。


 ガチャリ。  

 彼がノブを回す音が聞こえた瞬間、私の心の中で何かがポキリと折れる音がした。


「……なります……っ」

「ん? 聞こえんな」


「なります! あなたの犬になりますから……っ! だから、お願い……扉を開けないで……!」


 私は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、彼の足元に縋り付いた。  

 かつての「魔性の姫」の面影など見る影もない。  


 ただの、服を乞う惨めな女がそこにいた。


 カインはノブから手を離すと、満足げに私の頭を踏みつけるように撫でた。


「よろしい。賢い選択だ、セレスティア」


 見下ろす彼の瞳に浮かんでいたのは、昏く歪んだ独占欲と、嗜虐の悦び。  

 その時、私は悟ってしまった。  


 金貨など要求せずとも、私はとっくに、この恐ろしい男の手のひらの上に落ちていたのだと。


 こうして、私の地獄のような――

 そして甘く背徳的な、服従の日々が幕を開けた。

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