第2話最強老人、初戦でやらかす
血の匂いがした。
鼻の奥に、じっとりとまとわりつく生臭さ。
草を踏み荒らす音と、荒い呼吸が重なって聞こえる。
「……お爺ちゃん」
背後から、震えた声がした。
振り返らなくても分かる。ラインハルトだ。
――異世界に来てから、まだ一日も経っていない。
それなのに、もう戦闘だ。
(展開早すぎだろ……)
そう思いながら、俺――田中晃だったはずの男は、自分の手を見た。
皺だらけの手。
節くれ立った指。
白くなった体毛。
(……改めて見ると、やっぱり爺さんだな)
脳内でそう呟いた瞬間、低い唸り声が響いた。
――ゴブリン。
緑色の肌。
歪んだ顔。
錆びた短剣を握りしめ、こちらを見ている。
「……お爺ちゃん、逃げよう」
ラインハルトが、俺の服の裾を掴んだ。
小さな手が、震えている。
「大丈夫じゃ」
反射的に、そう口にしていた。
なぜ大丈夫だと言い切れたのか。
理由は分からない。
だが、不思議と――負ける気がしなかった。
(……これが、転生特典ってやつか?)
頭の奥で、何かがカチリと噛み合う感覚がした。
「下がっておれ、ハルト」
「で、でも……!」
「すぐ終わる」
自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。
ゴブリンが、叫び声を上げて飛びかかってくる。
「ギャギャァ!」
その瞬間――
俺の身体が、勝手に動いた。
剣を振ろうとしたわけじゃない。
狙ったわけでもない。
ただ一歩踏み込み、
腕を振った。
それだけ。
――ズン。
鈍い音がして、ゴブリンの身体が吹き飛んだ。
「……え?」
地面を転がり、動かなくなるゴブリン。
沈黙。
俺は、剣を見下ろした。
(……軽すぎる)
敵が弱い?
違う。
自分の動きが異常だった。
脳が命じる前に、結果が出ている。
まるで、世界が俺の動きを先読みしているかのような感覚。
「……すごい」
背後で、ラインハルトの声がした。
驚きと、安堵と、そして――ほんの少しの恐怖。
(見せすぎたかもしれん)
祖父は、守る存在であるべきだ。
畏怖される存在になってはいけない。
そう思った――次の瞬間。
――グキッ。
「……あ」
腰に、嫌な感触が走った。
鋭い痛みではない。
だが、確実に「やばい」と分かる感覚。
(……来たな)
身体が、さっきの動きに耐えきれていない。
「お爺ちゃん?」
「……だ、大丈夫じゃ」
そう言いながら、俺はゆっくりと腰を伸ばそうとして――
「――っ!」
声にならない悲鳴が漏れた。
痛い。
洒落にならない。
(これ……ぎっくり腰の前兆じゃねぇか!?)
高校生だった頃の記憶が、嫌な形で蘇る。
「お、お爺ちゃん!?」
「ちょ、ちょっと待て……今、動くな……」
その場に固まる俺と、オロオロする孫。
そこへ、どこからともなく聞き慣れた声が響いた。
『あー……言いにくいんだけどさ』
「……出てくるな」
『いや、説明義務あるかなーって』
半透明の光が揺れ、神様が姿を現す。
『今の動きね、ステータス的には“過剰出力”なんだよ』
「最初に言えぇぇぇ!」
腰を押さえながら叫ぶ俺。
『だって初戦闘だし? 盛り上がるかなって』
「盛り上がる前に腰が死ぬわ!」
ラインハルトが、ぽかんと神様を見ている。
「……この人、誰?」
『神様でーす♪』
「軽っ!」
俺は空を仰いだ。
(なるほど……)
チートだが、身体が追いつかない。
全力を出せば、腰が逝く。
――これは、そういう転生らしい。
「……とりあえず帰るぞ」
「う、うん!」
『あ、ちなみにさ』
神様が、にやりと笑った。
『今の戦闘で、レベルはちゃんと上がってるから』
「余計なこと言うな!」
腰を引きずりながら、俺は歩き出した。
――この世界、どう考えても一筋縄じゃいかない。
そして俺の腰は、
もっと信用ならなかった。
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転生したらお爺さんだった 〜最強なのに腰が限界です〜ー魔王戦編ー 夜椿 カナタ @79746
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