第2話 親方との出会い

八年前のある日。鷲崎さんは荒くれて、箸にも棒にもかからなかった恭太に救いの手を差し伸べてくれた。

中学卒業とともに、土建業の親父の家を飛び出した恭太は、食うため、なりふり構わず仕事を探した。

歳を偽って、飲み屋の連れ込みやビルの掃除など、できることなら何でもやった。だが、青く分別のない若造はあちらこちらで衝突し、どの職も長く続かなかった。

職を転々とするうちに流れ着いた先はドヤ街だった。そこの労働センターの寄せ場で仕事を探し、日雇いの仕事をしていると、鳶の仕事と相性がよかったようで、何度か高いところに上らせてもらった。

それが幸運にも、今の親方の鷲崎さんの目に留まった。

「いつまでもフラフラしているわけにはいかんだろう。おめぇには高いところでやる素質がある。しっかり知識と技術を身につけて、本職の鳶にならんか」

あのとき、十代後半だったが、自分の先行きに不安を感じていた。まともな仕事に就けるならと、鷲崎さんのところで世話になることにした。

新たな人生のスタートだ。あれから十年、恭太は鷲崎さんから信頼される一人前の鳶になっていた。


――鉄材が来た!

緊張で足が強張るのがわかる。

恭太は再度、足場の位置を確かめ、足を踏ん張ると、もう一人の鳶とともにタワークレーンで吊り上げられた鉄材の両端をしっかり掴む。万が一落とせば新聞にも載るような大事になる。

がっしりと両手で鉄材を受け取ると、一ミリも狂わない位置に合わせて、一本一本確実にボルトをスパナで締める。

迅速かつ的確に。

途中、暑さで蒸された体を生き返らせるために、大きく息を吐く。

最後の一本のボルトを締め上げると、今度は腰の高さから俯瞰して作業に漏れがないかを確かめる。

――OKだ。

ぬかりはない。もう一人と合図を交わすと、今度は鉄材からワイヤーを外す。

――そうら、いっちょう上がりだ。

大きく息を吐く。


組み立てられていく鉄骨の西側。

作業の合間に、恭太は最上部に張られた鉄材を伝って、ときどき仲間から離れる。角に立ち、下界を見下ろす。

今回の仕事は、大手の萬友不動産が施主の八階建て中層ビルである。完成すれば様々な店舗が入り、多くの集客が見込まれる。

目の下に広がる老朽化した町が、少しは生気を取り戻すだろう。

上から見るとよくわかる。

町の家々の屋根はどれも古びてくすんでいる。

ところどころ瓦が落ちて、屋根の下地が見えているところもある。

みんな小さくてみすぼらしい。

そんな屋根瓦の間を、おそまつに舗装された道が十字に走っている。幅は狭く、車がすれ違うのがやっとだ。

丸まった背中の老人が乗った自転車が、のんびりと道の端を進んでいく。

恭太の立つ位置から見ると、まるで旧時代の、不器用に動く、おもちゃの人形と自転車のようだ。

幅が狭く、車がすれ違う道も、住民たちと同じように年寄りのものだ。こんな幅では電信柱があるところで車はすれ違えない。どちらかが電信柱の手前で待たなければならない。

町全体が古びて老いている。

そんな町の住民たちからしたら、鉄骨の上に立って下界を見下ろす恭太はどう見えるのだろう?

町を食い荒らす電線に止まるカラスのようなものかもしれない。しかも大手不動産会社の手下のカラス。

ビル完成後に入るテナントの店員たちもみなカラスだ。

カラスは古い静かな町に大きなビルを携えて現れる。

追い払ったら逃げてしまうような弱い存在ではない。力のない年老いた住人たちの生活を端へ端へと追いやる侵略者のようなものだ。

こんなことをカラスに向かって呪う住人もいるだろう。

『わしたちを静かに死なせてくれ』


下っぱのカラスは町を見下ろしながら、古びた一軒家に目を止めた。


  ( 続く )

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