陰キャな俺の脳内システム、学園一の美少女の「半径2m」がSSR確定ガチャだったので張り付いていたら――いつの間にか『影の守護者』と勘違いされ、ヤンデレ化していた件。
第1話 そのSSR筐体(ヒロイン)は、教室の窓際に座っている
陰キャな俺の脳内システム、学園一の美少女の「半径2m」がSSR確定ガチャだったので張り付いていたら――いつの間にか『影の守護者』と勘違いされ、ヤンデレ化していた件。
あじのたつたあげ
第1話 そのSSR筐体(ヒロイン)は、教室の窓際に座っている
俺の人生は、ソシャゲで言えば『N(ノーマル)』だ。
排出率90%のハズレ枠。ステータスはオールE。固有スキルなし。
教室の隅で息を潜め、主役たちが輝くのを背景として眺めるだけの存在。それが、高校二年生の俺――相沢湊(あいざわみなと)という人間だった。
……そう。つい先日までは。
「――相沢くん? ちょっと、どいてくれる?」
凛とした声が、俺の鼓膜を打つ。顔を上げると、そこには『UR(ウルトラレア)』が立っていた。
天道玲奈(てんどうれな)。
天道財閥の令嬢にして、学園一の美少女。腰まで届く艶やかな黒髪と、宝石のような瞳。教室の窓際で取り巻きに囲まれて微笑む彼女は、まさに世界の主役だった。
だが。俺が見ているのは、彼女の美貌ではない。
彼女の頭上に浮かぶ、俺にしか見えない『青いウィンドウ』だ。
『ピン! 対象との距離、2.5メートル』
『SSR確定エリアまで、あと50センチです』
(……来た)
俺は息を呑む。心臓が早鐘を打つ。
恋? まさか。そんな高尚なものじゃない。
俺にとって、彼女は憧れのアイドルなどではなかった。
彼女は――近づくだけで現代科学を超越した『SSRアイテム』を排出してくれる、俺専用の《ログボ機能付き・ガチャ筐体》なのだ。
***
始まりは、一週間前の始業式だった。
突如として俺の脳内で起動した謎のシステム。そいつは、俺の退屈な日常を、欲望まみれの『周回ゲー』に変えてしまった。
『警告。対象が移動を開始しました』
脳内アナウンスが響く。天道さんが、友人に呼ばれて席を立つ。どうやら、次の授業のために移動教室へ向かうらしい。 チャンスだ。
(今日の狙いは、昨日取り損ねた【身体強化薬】……いや、換金率の高い【賢者の石(欠片)】でもいい!)
俺は「たまたまトイレに行くだけです」という顔を作って、席を立った。目指すは、彼女の半径2メートル以内。
モブが主役に近づく。本来なら、身の程知らずと笑われる行為だ。
だが知ったことか。俺は効率厨で、ガチャ廃人だ。
SSRが出るなら、悪魔にだって張り付いてやる。
俺は廊下に出た彼女の背後、絶妙な距離感をキープして尾行――いや、追随した。
『距離2.2メートル……2.1メートル……』
システムがカウントダウンを告げる。あと一歩。あと一歩踏み込めば、今日のログインボーナスが確定する。
その時だった。
「……っ」
前を歩いていた天道さんの足が、不自然にもつれた。
ガクン、と膝が折れる。彼女の周囲にいた友人たちは、お喋りに夢中で気づいていない。
(――危ない!)
俺の身体は、思考より先に動いていた。システム云々ではない。目の前で人が倒れそうになれば、反射的に手が出るのが人間だ。
俺は滑り込むようにして、崩れ落ちる彼女の身体を支えた。
ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐる。華奢な肩。驚くほど軽い。
「え……?」
天道さんが、呆然と俺を見上げる。その顔色は、真っ白だった。額には脂汗が滲んでいる。
(貧血か? いや、過労だ)
俺の『観察眼』スキルが、彼女の状態を高速で分析する。
天道玲奈は完璧だ。成績優秀、品行方正、生徒会役員までこなすスーパーガール。だが、その裏でどれだけの無理をしているか、クラスの誰も気づいていない。
このままじゃ倒れる。保健室行きか、早退か。
……待てよ?
(早退されたら、今日のガチャが回せないじゃないか!)
俺の中に、激しい焦燥が走る。彼女は俺の貴重なリソース源だ。故障(体調不良)で稼働停止してもらっては困る。
その瞬間。俺の脳内で、待ちわびたファンファーレが鳴り響いた。
『ピン! 半径0メートル(接触)を確認!』
『本日のログインボーナスを獲得します』
『排出レアリティ……SSR!』
視界の中央で、黄金の光が弾ける。虚空から俺の手のひらに、コロンと小さな物体が転がり落ちた。
それは、虹色に輝く包み紙の『飴玉』だった。
【SSR:女神の口づけ(キャンディ)】
効果:対象の体力・精神力を完全回復させる。副作用なし。
説明文:『がんばりやさんのきみのためにつくったよ!』
(……なんだこの、子供が書いたみたいな説明文は)
一瞬ツッコミを入れたくなったが、今はそれどころではない。完全回復。これだ。これを食わせれば、筐体は修理できる!
「……相沢、くん……? ごめん、私……」
天道さんが、掠れた声で謝ろうとする。意識が飛びかけているようだ。俺は彼女の言葉を遮り、包み紙を剥いた飴を、その小さな唇に押し当てた。
「喋らなくていい。口を開けて」
「……え?」
「いいから。糖分だ」
俺は半ば強引に、彼女の口内にSSRアイテムを放り込んだ。
瞬間。劇的な変化が起きた。
天道さんの頬に、さっと赤みが差す。うつろだった瞳に、鮮やかな光が戻る。こわばっていた身体から力が抜け、荒い呼吸が整っていく。
効果は覿面(てきめん)すぎる。さすがSSR。現代医学の敗北だ。
「……んっ……甘い……」
天道さんが、とろんとした目で俺を見た。その瞳が、なぜか潤んでいる。俺の腕の中で、彼女は熱っぽい吐息を漏らした。
「……すごい。身体の重さが、嘘みたいに消えた……。これ、ただの飴じゃ……」
「ただの特製黒糖飴だ。俺の婆ちゃん直伝のな」
俺は適当な嘘をついて、パッと彼女から離れた。あまり長く触れていると、親衛隊(ファンクラブ)に見つかって殺される。
彼女が自力で立てることを確認し、俺は冷たく言い放つ。
「無理しすぎだ、委員長。……もっと、自分を大事にしろよ」
(訳:体調管理はしっかりしてくれ。明日もガチャ引きたいから)
俺は本心を隠し、あくまで「クラスメイトへの最低限の親切」を装って、その場から立ち去ろうとした。これ以上関わると、モブの平穏が脅かされる。アイテムは回収した。これにてミッションコンプリートだ。
踵を返した俺の背中に、彼女の声がかかる。
「……待って!」
振り返らない。俺はポケットに手を突っ込み、そのまま廊下の角を曲がった。
ふう、と息を吐く。危なかった。だが、これで今日の収穫は確保できた。明日もまた、知らん顔で後ろをつけ回そう。
俺は満足げに、インベントリに格納された残りのアイテムを確認する。
――だが。俺は気づいていなかった。
あの時。背後で天道玲奈が、どんな顔で俺を見送っていたのかを。
***
(天道玲奈の視点)
遠ざかる背中を、私は呆然と見つめていた。
心臓の音が、うるさいくらいに鳴っている。これは体調不良のせいじゃない。口の中に広がる、優しくて懐かしい甘さのせいだ。
「……嘘つき」
私は、自分の唇に指を当てる。そこにはまだ、彼――相沢湊くんの指先の熱が残っている気がした。
最近、ずっと視線を感じていた。彼が私を見ていることに、気づいていた。また他の男子と同じように、私の家柄や外見目当てで近づいてくるのだと思っていた。
でも、違った。
彼は、誰も気づかなかった私の限界に、たった一人で気づいてくれた。倒れる寸前で支えてくれて、魔法みたいな飴をくれて。それなのに、見返りも求めずに去っていくなんて。
『もっと、自分を大事にしろよ』
ぶっきらぼうな声。でも、その瞳は真剣で。
「……あんな顔、ズルいよ……」
胸が熱い。完璧でいなきゃいけない。弱音なんて吐けない。そうやって張り詰めていた私の心を、彼は一瞬で溶かしてしまった。
相沢くん。あなたは、一体何者なの? ただのクラスメイトだと思っていたのに。
「……私の、ヒーロー……?」
呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく廊下に溶けた。
私は知らなかった。彼がただ、ガチャを回したかっただけだなんてことには。
そして彼もまた、知らなかった。この瞬間、システムがとんでもないログを吐き出していたことに。
『通知:対象【天道玲奈】の好感度が限界突破(リミットブレイク)しました』
『称号【影の守護者】を獲得』
『次回より、ヤンデレイベントの発生確率が大幅に上昇します』
俺たちの勘違い系ラブコメは、こうして幕を開けたのだった。
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