二杯目の注文
なかむら恵美
第1話
届け用紙は、わたしが持っている。
昼には別人。「元」がつくはずの夫と今、モーニングを食べているのが分からない。
長い間の習慣を、最後まで貫きたいのだろうか?
とてもじゃないが、自宅での気分ではない。
だからわざわざ外食。茶店とした。
注文メニューは同じでも、飲み物は別。
「元」がつくはずの夫と、最後まで一緒でした、一緒のメニューを注文し、一緒の飲み物を注文しました、なんてシャクである。
「ホット珈琲」言おうとしたら、先に言われてしまっていた。
「ココア」。瞬時に脳が判定し。
目鼻も普通、背丈も普通。中肉中背。
こんな平凡男の、どこが良かったのか?経済のみである。
夫の家は代々、医者だ。父方ばかりでなく、母方も大方、医業に従事していた。
相当な期待を掛けられ誕生、したのはいいが、全く向いていなかった。
医者を目指せるような学力が、第一、全く携わっていないのだ。
学力もなければ、やる気もない。
それでも親にしてみれば、可愛いのだろう。
夫婦で学会に出席した帰り道、事故死。全面的に相手が悪い事故であった。
何かあったらの時の為にと既に書かれていた公的遺言書+示談金その他のカネが、
全て手に入った。真面目に一生、遊んで暮らせる額である。
親戚らしい親戚もいない。二十歳そこそこで夫は、全てを相続出来たのだ。
「らりほぉ~っ!」
友達から紹介され、ざっとの背景を知った時、確実に確定した。
目の前で、夫がモーニングのホットケーキを食べ、珈琲を飲む。
わたしと目を合わせようともしていない。
そんな夫をココアを飲みつつ、じっと観察してゆく。
「あ、あのぉ~っ」
プレゼント用に包装された、長細い箱を、夫がわたしに渡した。
「こんな時に何なんだけど、そのぉ~っ」
「その?」
どこか怯えた表情だ。
優しすぎてガッツがない。小心者の度を越して、イマイチの印象しか残らない。
あの莫大な諸々と、月々に夫が運んでくる細やかな額でやりくりし、人生設計を建てていた。それなり+αか。
なのに夫が、狂わせる。
いつだったか、忘れてしまった。
「三ヶ月後ぐらいにねぇ、会社、辞めようと思うんだけど」
洗濯物を畳みながら「あ~っ、いいんじゃない?」
軽く流してお終い。が、夫は本気だったのだ。
この間の夜。
「誕生日に出そうかな?辞表」
「はぁ~っ?辞表って、本気だったの、アレ」
「うん」
「うん、じゃないわよ。辞めてどうするの、あなた」
「そうねぇ、さしづめ主夫。君の弟子、いや下僕となって働こうかな、と」
こんな夫に、用はない。棄ててしまおう。
息子に言ったら「えっ」と絶句。電話で兄に相談してみると「応援するぜ、
そうなったら」と心強い。
「こっ、これ。君にと思って。健(けん)にはこれを」
もう1つの袋も、加え、渡す。
「何かしら?ん?」
まずはわたしへのからだ。
「あっ」
ブランド物の財布だった。今、使っているものの、最新作。
鞣(なめし)の革製品で、5色の四角形がパッチワークとして並んでいる。
「半年ぐらい前、欲しいって言っていたのを思い出してね。呟きだったけど」
(・・・・)
マジマジと夫を見た。
たまたまあったカタログを拾い読みし、確かにそうした。呟いた。
「ありがとう、嬉しいわ」
何故か言えない。素直に言葉が出てこない。
「あっ、まぁ、そうなの?貰っておくわ、一応は」
高飛車として出る。
少しがっかりしたような夫を尻目に、ホットケーキの残りを食べ、
「さて、お次。健。愛する息子へは何かしら?」
「あっ」
再び声があがった。
息子の好きなキャラクターのキーホルダーが2,3個とお守り。
そして古い貯金通帳だ。
ちゃんと夫を見ようと思った。
夫もちゃんとわたしを見た。
「アイツのバッグを見たら、キーホルダーが壊れていたから」
「ぶつけたりするからね、アチコチ」
「新しいのにしてやれば喜ぶと思って、、、。通帳は」
「分かっているわ」
10年前、息子がお腹の中にいると分かった時、夫が作った。
郵便貯金通帳である。
「在所 健(ざいしょ けん)様」職員の字で書かれている。
開く。
3千円を皮切りに、ちゃんちゃん月々の定義として同じ額。
月に3回ぐらいの割合で、1千円から2千円単位の金額が振り込まれている。
1月15日が、最初の日付。
3千グラムで生まれた息子を記念して、貯金。
「こっれから定義のカネとしよう。どんなに我々が苦しくても、入れてやろう」
にこやかに弾んだ夫の姿を思い出す。
その他は、「○○記念」
初めて我が家へ、初めてミルクを飲む、初めてハイハイ、初めてカタコトなどなど。
「健坊、初めて物語(?)」を夫が金額に記したのだ。
「君が預かる?それとも俺?」
育児に疲れ切っていたのもあり、「あなたが」。
わたしは忘れていたけども、夫はずっと憶えていた。
気に掛けていたのだ。
テーブル上のベルを鳴らす。
若い店員が来る。店の賑わいも落ち着いている。
「はい」
「飲み物のお代わりを。今度は、珈琲。ホットでね」
「あっ、俺も。俺にも下さい。お願いします」
「かしこまりました。直ぐにお持ちします」
わたし達は照れたように、笑いあった。
<了>
二杯目の注文 なかむら恵美 @003025
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます