アンチ・ヒロイン 〜野良猫はなぜ、最後に嗤(わら)ったのか〜

だくり(らるむ)

第1話 旦那、殺してやろうか?

「は!? 間違い!?」



 スマートフォンを耳に当てた男は、深夜のコンビニの駐車場を歩き回っていた。相当イラついてるようで、転がる石を何度も蹴飛ばしている。



 そんな男を横目で見ながら、私は車輪止めに腰を下ろした。この日、初めての食事である菓子パンにかじりつく。



 口を開けたら、顔の傷の痛みに私は顔をしかめる。



 折宮綾おりみやあや。24歳。3歳になる娘がいる。



 それが私だ。



 15のときに家出をした。

 それからしばらくして、妊娠したことが判明。

 娘の父親である同居人の男──袴田はかまだ竜司りゅうじからは、毎日のように暴力を振るわれている。

 妊娠を告げるとさらに殴られ蹴られ、堕ろせと強要された。

 ここのままでは殺されると思い、逃げ出すことに。

 行くところがないので母に泣きついて、なんとか許しを得る。

 21のときに無事、娘を出産。

 心を入れ替えて生きて行こうと決めた矢先、竜司が現れる。タカられ、再び暴力を振るわれる毎日──



 私の人生年表を作るとしたら、こんなものか。



 我ながら酷いものだ。



 電話を終えた男は、私たちの方へと向き直った。



「解散だ。清掃は明日だってよ」



 ぶっきらぼうにそう言うと、最後に「クソが!」とスマートフォンに向かって怒鳴った。



 その後、男は停めてあったバンに乗り込む。乱暴にドアを閉めると、さっさと走り去ってしまった。



 私は食べ終わった菓子パンの包み袋をゴミ箱に投げ入れる。



 マジかよ……。



 これじゃあ、今月の生活費が足りない。



 私はスーパーでの仕事の他に、清掃のアルバイトをしている。



 厄介者の竜司のクソヤローが現れたせいだ。

 スーパーのレジ打ちだけでは、とてもじゃないがやっていけない。



 そこで実入のいい仕事はないかと探していたら、この清掃会社を見つけたのだった。



 登録制で給料は日払い。

 重宝している。

 働けばそれ番、稼げるからだ。

 反面、月給制ではないので、この日のように突然仕事がなくなると、当然金は入らない。

 交通費も出ないから、完全な無駄足だ。



 クソッ!



 竜司にまた殴られる……。



 私は駐車場を見回した。



 仕方がない、小遣い稼ぎをするか……。



 私が小走りで向かったのは、原付にまたがり、今まさに走り出そうしている中年親父のところだった。



 髪の毛の薄くなった頭に半ヘルを被せ、咥えタバコをしている。



「なあ、オッサン」



 近寄って来た私を一瞥すると、中年親父は「あん?」と口を歪めた。



 夜中に呼び出された挙句、仕事がキャンセルになったものだから、中年親父も不機嫌らしい。



「何の用だよ」



「そうイキリ立つなって」



 私は中年親父の肩に手をかける。



「また、ヌイてやるよ。溜まってんだろ。3千円でどう?」



 舌なめずりしていると、呆気なく「触んな!」と私の手は振り払われしまうのだった。



「テメェの家には鏡ってモンはねえのかよ」



「なんだって!?」



「そんな『お岩』みてえな顔で何が『ヌイてやる』だ。オメエの顔を見てるだけで勃つもんも勃たねえっつうの」



「じゃ、後ろからヤラさせてやるよ。1万だ。それならいいだろ?」



「ふざけんな! 犬にでも股開いてろ! アバズレが!」



 ガムがこびりついたコンクリートに「ペッ!」と唾を吐く。さらに火がついたタバコを投げつけられた。



「このクソ親父!」



 追いかけようとしたら、中年親父は原付のマフラー音を派手に鳴らしながら走り去ってしまった。



「バカヤロー! 今度会ったら覚えてろよ!」



 最後に「事故って死んじまえ!」と悪態をつくが、道路にはもう中年親父の姿はなかった。



 振り返った私は、コンビニの明かりに照らされた駐車場の方に目を向ける。

 すると他の連中は、絡まれたら面倒だとばかりにそそくさと帰路につく。

 誰もこちらを見ようともしない。



「どいつもこいつもヘナチンヤローばっかだな!」



「おい」



 声がした方を見ると、若い男が立っていた。

 まだ20代だろうか。

 初めて見る顔だ。

 短く刈り込んだ髪の毛は金髪に染めていて、いかにも「ヤンチャ」そうな男だ。

 人を殺しそうな鋭い目が印象的だった。



「なに? ヤルの? 言っとくけど金がないなら用無しだから」



「そんなんじゃねえよ」



「はっ! もしかして『自分を大事にしろ』とか説教垂れるつもり? いるんだよね、正義感ぶるヤツって。

 でも、お前だって家に帰えればシコってんだろ? 金もらって私がヤルのと何が違うんだよ」



 子供は帰って寝てろ、と捨て台詞を吐いて行こうとしたら、背中に声を投げつけられた。



「その顔、旦那にやられたんだろ?」



 私は金髪の男を睨みつける。向こうも負けじと睨み返して来た。



 ここで喧嘩したら、きっとコンビニ店員に警察を呼ばられてしまうだろう。



 そうなると、母に迎えに来てもらう羽目になる。



 私はグッと堪えると、踵を返した。



「待てよ」



 腕をつかまれる。

 思いの外、強くつかまれたので私はムッとする。



「離せよ、この馬鹿!」



 金髪の男は周りに視線を向けると、静かに口を開いた。



「旦那、殺してやろうか」

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