アンチ・ヒロイン 〜野良猫はなぜ、最後に嗤(わら)ったのか〜
だくり(らるむ)
第1話 旦那、殺してやろうか?
「は!? 間違い!?」
スマートフォンを耳に当てた男は、深夜のコンビニの駐車場を歩き回っていた。相当イラついてるようで、転がる石を何度も蹴飛ばしている。
そんな男を横目で見ながら、私は車輪止めに腰を下ろした。この日、初めての食事である菓子パンにかじりつく。
口を開けたら、顔の傷の痛みに私は顔をしかめる。
それが私だ。
15のときに家出をした。
それからしばらくして、妊娠したことが判明。
娘の父親である同居人の男──
妊娠を告げるとさらに殴られ蹴られ、堕ろせと強要された。
ここのままでは殺されると思い、逃げ出すことに。
行くところがないので母に泣きついて、なんとか許しを得る。
21のときに無事、娘を出産。
心を入れ替えて生きて行こうと決めた矢先、竜司が現れる。タカられ、再び暴力を振るわれる毎日──
私の人生年表を作るとしたら、こんなものか。
我ながら酷いものだ。
電話を終えた男は、私たちの方へと向き直った。
「解散だ。清掃は明日だってよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、最後に「クソが!」とスマートフォンに向かって怒鳴った。
その後、男は停めてあったバンに乗り込む。乱暴にドアを閉めると、さっさと走り去ってしまった。
私は食べ終わった菓子パンの包み袋をゴミ箱に投げ入れる。
マジかよ……。
これじゃあ、今月の生活費が足りない。
私はスーパーでの仕事の他に、清掃のアルバイトをしている。
厄介者の竜司のクソヤローが現れたせいだ。
スーパーのレジ打ちだけでは、とてもじゃないがやっていけない。
そこで実入のいい仕事はないかと探していたら、この清掃会社を見つけたのだった。
登録制で給料は日払い。
重宝している。
働けばそれ番、稼げるからだ。
反面、月給制ではないので、この日のように突然仕事がなくなると、当然金は入らない。
交通費も出ないから、完全な無駄足だ。
クソッ!
竜司にまた殴られる……。
私は駐車場を見回した。
仕方がない、小遣い稼ぎをするか……。
私が小走りで向かったのは、原付にまたがり、今まさに走り出そうしている中年親父のところだった。
髪の毛の薄くなった頭に半ヘルを被せ、咥えタバコをしている。
「なあ、オッサン」
近寄って来た私を一瞥すると、中年親父は「あん?」と口を歪めた。
夜中に呼び出された挙句、仕事がキャンセルになったものだから、中年親父も不機嫌らしい。
「何の用だよ」
「そうイキリ立つなって」
私は中年親父の肩に手をかける。
「また、ヌイてやるよ。溜まってんだろ。3千円でどう?」
舌なめずりしていると、呆気なく「触んな!」と私の手は振り払われしまうのだった。
「テメェの家には鏡ってモンはねえのかよ」
「なんだって!?」
「そんな『お岩』みてえな顔で何が『ヌイてやる』だ。オメエの顔を見てるだけで勃つもんも勃たねえっつうの」
「じゃ、後ろからヤラさせてやるよ。1万だ。それならいいだろ?」
「ふざけんな! 犬にでも股開いてろ! アバズレが!」
ガムがこびりついたコンクリートに「ペッ!」と唾を吐く。さらに火がついたタバコを投げつけられた。
「このクソ親父!」
追いかけようとしたら、中年親父は原付のマフラー音を派手に鳴らしながら走り去ってしまった。
「バカヤロー! 今度会ったら覚えてろよ!」
最後に「事故って死んじまえ!」と悪態をつくが、道路にはもう中年親父の姿はなかった。
振り返った私は、コンビニの明かりに照らされた駐車場の方に目を向ける。
すると他の連中は、絡まれたら面倒だとばかりにそそくさと帰路につく。
誰もこちらを見ようともしない。
「どいつもこいつもヘナチンヤローばっかだな!」
「おい」
声がした方を見ると、若い男が立っていた。
まだ20代だろうか。
初めて見る顔だ。
短く刈り込んだ髪の毛は金髪に染めていて、いかにも「ヤンチャ」そうな男だ。
人を殺しそうな鋭い目が印象的だった。
「なに? ヤルの? 言っとくけど金がないなら用無しだから」
「そんなんじゃねえよ」
「はっ! もしかして『自分を大事にしろ』とか説教垂れるつもり? いるんだよね、正義感ぶるヤツって。
でも、お前だって家に帰えればシコってんだろ? 金もらって私がヤルのと何が違うんだよ」
子供は帰って寝てろ、と捨て台詞を吐いて行こうとしたら、背中に声を投げつけられた。
「その顔、旦那にやられたんだろ?」
私は金髪の男を睨みつける。向こうも負けじと睨み返して来た。
ここで喧嘩したら、きっとコンビニ店員に警察を呼ばられてしまうだろう。
そうなると、母に迎えに来てもらう羽目になる。
私はグッと堪えると、踵を返した。
「待てよ」
腕をつかまれる。
思いの外、強くつかまれたので私はムッとする。
「離せよ、この馬鹿!」
金髪の男は周りに視線を向けると、静かに口を開いた。
「旦那、殺してやろうか」
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