第2話
私たち魔法少女の仕事は、「負の感情エネルギーの回収」だ。
本部の説明によれば、人間は日常生活の中で様々な負の感情——ストレス、不安、絶望、怒り——を蓄積する。それらが一定量を超えると、「闇の存在」を引き寄せ、世界に災厄をもたらすという。
私たちの魔法は、対象の脳内から負の感情エネルギーを抽出し、無害化する。対象は処理後、少しだけ気分が軽くなる。それだけだ。記憶には残らない。身体的な影響もない。
少なくとも、本部はそう説明している。
私は最初、それを信じていた。
変化に気づいたのは、一年ほど前のことだ。
ある日の「対象」が、以前処理したことのある人物だった。四十代の女性。前回処理したのは三ヶ月前だ。
私は何気なく、彼女の「処理履歴」を確認した。本部のデータベースには、すべての処理記録が保存されている。
彼女の履歴には、過去二年間で四十七回の処理記録があった。
平均すると、二週間に一度のペースで処理されていることになる。
私は他の対象の履歴も確認し始めた。すると、奇妙なことに気づいた。処理回数が多い対象ほど、処理間隔が短くなっている傾向があったのだ。
最初は三ヶ月に一度だった人が、二ヶ月に一度になり、一ヶ月に一度になり、二週間に一度になり——
まるで、処理するたびに、負の感情が蓄積しやすくなっているかのようだった。
私は本部に質問した。
「処理を繰り返すと、対象の負の感情蓄積速度が上昇するのでは?」
本部の回答は、簡潔だった。
『その質問には回答できない』
「なぜですか」
『君の職務範囲外だからだ』
それ以上、本部は何も答えなかった。
それから私は、独自に調査を始めた。
過去三年間の処理データを分析した。対象の追跡調査を行った。本部のシステムに、許可されていない領域からアクセスした。
そして、ひとつの仮説に辿り着いた。
私たちの魔法は、負の感情エネルギーを「回収」しているのではない。
負の感情を生成する脳の機能を、少しずつ「刺激」しているのだ。
処理を受けた対象は、一時的に気分が軽くなる。しかし、その代償として、脳が負の感情をより生成しやすい状態に変化する。結果として、以前より多くの負の感情を蓄積するようになる。そしてまた処理が必要になる。
これは「回収」ではない。「養殖」だ。
私たちは対象を「治療」しているのではない。対象を負の感情の「生産装置」として「育成」しているのだ。
本部は、私の調査に気づいたようだった。
ある夜、マスコットが私の部屋に現れた。三年前に私をスカウトした、あの小動物だ。
『ひかり。君は優秀な魔法少女だ』
「ありがとうございます」
『しかし、最近少し——どう言えばいいかな——好奇心が強すぎるようだ』
「そうでしょうか」
『君は自分の仕事を理解しているかね』
「負の感情エネルギーの回収です」
『その通り。そしてそれは、世界を救うために必要な仕事だ』
「本当に?」
マスコットは、その丸い目で私を見つめた。
『何か、疑問があるのかね』
「いいえ」
私は首を横に振った。
「何もありません」
私は今も、魔法少女を続けている。
毎日「対象」を処理し、本部に報告を上げる。学校に通い、友達と話し、家に帰って夕食を食べる。普通の中学生として、普通の生活を送っている。
ただ、ひとつだけ変わったことがある。
私は最近、処理の際に小さな「調整」を加えるようになった。本部に気づかれない程度の、ごく微細な調整だ。
私の調整を受けた対象は、通常の処理を受けた対象と比べて、負の感情の蓄積速度が遅くなる。つまり、次の処理までの間隔が長くなる。
それは本部にとって、好ましくない変化だろう。
だが、私には私の考えがある。
そして今日も、私は目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
ベッドから起き上がり、枕元のコンパクトを確認する。
ふと、窓の外に視線を向けた。
隣家の屋根の上に、小さな影があった。見覚えのある、小動物のシルエット。
私を見ている。
私も、それを見つめ返した。
やがて影は音もなく消えた。
「ひかりちゃん、朝ごはんよー」
階下から母の声がした。
「はーい」
私は返事をして、制服に着替えた。
今日も、普通の一日が始まる。
少なくとも、あと何日かは。
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