魔法少女の正しいお仕事
@hashito_
第1話
朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
私の名前は星野ひかり。どこにでもいる普通の中学二年生だ。ただひとつ、魔法が使えるという点を除けば。
ベッドから起き上がり、枕元に置いてある変身用のコンパクトを確認する。ピンク色の筐体に、星形の装飾。使い込まれて少し塗装が剥げている。もう三年になる。
「ひかりちゃん、朝ごはんよー」
階下から母の声がした。
「はーい」
私は返事をして、制服に着替えた。
学校では、いつも通りの一日が過ぎた。
一時間目の数学では、二次方程式の解の公式を習った。二時間目の国語では、芥川龍之介の『羅生門』を読んだ。三時間目の理科では、細胞分裂について学んだ。
昼休み、親友の美咲が話しかけてきた。
「ねえひかり、昨日のドラマ見た?」
「ああ、見た見た。まさか犯人があの人だとは思わなかったよね」
「でしょー? 私、最初から怪しいと思ってたんだけどさ」
美咲は絶対に最初から怪しいとは思っていなかっただろう。彼女はいつもそう言う。
放課後、私は真っ直ぐ家に帰った。今日は「お仕事」がある日だからだ。
午後六時三十二分。
コンパクトが淡い光を放ち始めた。「呼び出し」の合図だ。
私は自室の窓を開け、コンパクトを胸に当てた。
「スターライト・トランスフォーメーション」
決められた言葉を唱える。体が光に包まれ、一瞬で衣装が変わる。フリルのついたピンクのワンピース、白いニーハイソックス、リボンのついたヘッドドレス。背中には小さな羽根が生える。
この変身には、正確に〇・三秒かかる。
私は窓から飛び立ち、指定された座標へ向かった。今日の現場は、ここから北北東に四・七キロメートル。住宅街の一角だった。
現場に着くと、すでに「対象」がいた。
四十代後半と思われる男性。会社帰りだろうか、スーツ姿でブリーフケースを持っている。疲れた顔をしていた。住宅街の路地を、とぼとぼと歩いている。
私は対象の五メートル後方、高度十二メートルの位置でホバリングしながら、コンパクトに内蔵された通信機能で本部に連絡を入れた。
「こちらスターライト。対象を視認。これより作業を開始します」
『了解。記録を開始する』
私は右手を前に突き出した。掌に魔力が収束し、淡いピンク色の光球が形成される。
「スターライト・シャイニング・レイ」
光線が対象の後頭部に命中した。
対象は一瞬だけ足を止め、それから何事もなかったかのように歩き始めた。ただし、その足取りは先ほどより少しだけ軽くなっていた。
『処理完了を確認。数値は基準値内。次の対象座標を送信する』
「了解」
私は次の現場へ向かった。
その夜、私は十七人の「対象」を処理した。
平均的な数だ。多い日は三十人を超えることもある。少ない日は五人程度のこともある。
帰宅したのは午後十一時過ぎだった。母はすでに寝ていた。私は冷蔵庫からお茶を取り出し、一口飲んでから自室に戻った。
ベッドに横になり、天井を見上げる。
三年前、私は「スカウト」された。公園で一人で遊んでいたとき、突然現れた小動物——本部では「マスコット」と呼ばれている——に声をかけられたのだ。
『君には魔法の素質がある。世界を救う魔法少女にならないか』
当時の私は、二つ返事で承諾した。魔法少女。なんて素敵な響きだろうと思った。
実際の仕事内容を知ったのは、最初の「お仕事」を終えた後だった。
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