母に。

尾神弘志

僕は自分のことを駄目な人間だと思っていて、でも自分の期待より上の人間だとおもい込んでいる。

高校までの十五年と半月を過ごして、大きな結果を残さずとも挫折や失敗をこれと言ってした事がない、そんな人間だった。

失敗や落ち込む事があっても、翌日にはケロッとして大して気にしていない。

このマインドははっきり言って最悪だが、この考え方をしなければ自分が駄目になってしまうのではないかと思っていたのかもしれない。

自分に異変を感じ始めたのは高校の文化祭が終わり、翌日からだった。いや、もしかしたら高校に入って一、二ヶ月と経っていない頃からもうすでにおかしかったのかも知れない。

元々持っていた偏頭痛に加え、いつも座ってばかりで運動をしない僕は高校に入ってからよく休むようになった。元々欠課は多い方だったがそのレベルではない。

一月に四、五回ほど学校に行かなかった。

まあその半分はズル休みのようなものだったのかも知れないが、いくら考えても自分の気持ちというのには勝てない。

そんな風にして夏休みが終わった頃、僕は授業の単位修得が少し危ういというところまで来ていた。

まあそんな話は置いておいて、僕が異変を感じはじめた時についてだ。

高校の文化祭終わりとあったが、僕は吹奏楽部に入っており文化祭でステージ発表を終えたばかりだった。発表後、顧問には先生方の協力で盛り上がりはしたが、甘えた演奏をするなと喝を入れられてしまった。

そんな事もあり、午後の授業も少し落ち込みながら受け、家へ帰宅した。

その夜、熱を出した。多少の微熱と鼻水に不快感を覚えながら、薬を飲んで就寝した。

翌日、きついと感じた僕は学校を休むことにした。

朝からたっぷりの睡眠と体に良い食事を摂り、午後には病院に行き、結果アレルギー性鼻炎と診断された。

季節の変わり目で冷え込んだ部屋で急に暖房をつけたことでハウスダストでも吸い込んだのであろう。

診断されたあと僕はホッとした。自分が何の病気にもかかっておらず、ただズル休みをしていなかったことに対し。

たいした熱も出ていない。薬もでた。明日は学校に行かないといけない。今までしてきたように、自分がそうしないといけないから。

ふと思ってしまった、学校に行きたくない。

体調が悪いからだろうか、単にめんどくさいからだろうか、そんなことを考えていた僕の心は既に半分ほどヒビ割れていたのかも知れない。

正直、今までもこういう類のことを思ったことは何度かあった。それこそ学校をズル休みするときの気持ちには入っているだろう。

だが、そういうものじゃない。今まで自分が感じないように保ってきたものがたかが一瞬の思考で崩れ去ってしまった気がした。

急に今までの自分が信じられなくなった。気分が良くないと感じ、夕飯後の薬を飲んでから布団へと潜る。

気を紛らすようにスマホの画面に目を釘付けにし、思い出さないように、楽しい記憶で溢れかえる様に、ネガティブな感情を消し去ってから目を閉じた。

朝から十二分に睡眠を取ったせいでうまく寝付けない。思考を減らし、気分を落ち着かせるために小さい音量で気に入ったBGMを流す。

気分がどうも良くならない。何かと不安になってしまう。

時刻は既に午前一時を回っていた。

早く寝ないと明日に影響が出てしまう、早く寝ないと、学校に...

あぁ...

いつからだろうか、学校に行く気持ちが先行し過ぎるあまり、学校を楽しめなくなっいた。友達も十分いるとは思っているし、部活も初心者ながら頑張っているとは思う。

別に学校を楽しむ場にしなければならないわけではないけれど、学ぶためだけに行くのは僕には苦痛すぎた。

自分のことを褒めるのは少し億劫になるが、僕は優しいと思う。

頼まれたことは基本的に断らないし、悪口や文句を言う事も滅多にない。

まあ、都合がいい奴と言われたら否定はできないが、優しい方ではあるとは思っている。

自分の気持ちを話さず、奥底へと押し込み考えない様にする。

できるだけ楽な道へ逃げないよう、自分が間違えないよう、駄目な自分が変わるよう、周りの雰囲気が崩れないように、意識して気をつけて、笑顔を取り繕って、迷惑にならないよう、自分なりにでも頑張ってきていたとそう考えていた。

でも、もうダメかも知れないそう思ってしまった。

そんなブルーな気持ちで頭が満たされてしまっていた。

次の日だ。いつも通りの母の声で目を覚ました。薬の効力はとっくに切れていて、液体上の鼻水が鼻を詰まらせる。

昨日、よく寝付けなかったからだろうか、体が重い。詰まった鼻水を啜り、階段を降りる。

カーテンが開けられた大きな窓から刺す光が、自分には似合わないと言わんばかりに鬱陶しく視界へ入る。

怠さの原因が見つけるために体温計を手に取り、脇へ挟む。

熱が出れば、学校を休める、休むための口実を作れる。そう考えながら、仕事終えた体温計を見る。

37.1度。微熱だ。母には少し高めに伝えた。

体温を伝えたとき、母はあまりいい顔をしなかった。

それが僕を心配してくれている目なのか、僕がついた嘘を見破った先なのかはわからなかった。

親が仕事に出かけた後、家は恐ろしく静かで、暖房のせいか生暖かい空気で包まれていた。

スマホで流している動画から流れる少しの音ばかりが響く。いつもなら楽しく見れていた動画も何か物足りない。

どうも気分が上がらなかったので、もう一度寝ることにした。

昨夜寝付けなかった分、思い切り寝てしまい、気づけば正午を大きく回り、二時になろうとしていた。心配をかけたくはなかったので、母が帰ってくる前にと急いで弁当を食べた。

母が帰ってきたとき、静寂に包まれていた空間に少しの賑わいが加わった。

それを良い意味としても悪い意味としても捉えることができたが、そこまで考えるのはやめた。

今は何となく心地よく感じた玄関から入る一日ぶりの冷えた風と、明るい母の笑顔の安心感に包まれていたかった。

家に帰ってきた母は、僕に緑茶を入れてくれた。

なぜだかいつもなら感じとれない緑茶の甘みまでしっかり感じ取ることができた。

気づけば僕は涙ぐんでいた。もっと感じるべきだった、自分に対しての気持ちを今、存分に味わっている。話したくなった。話さなければいけないと思った。

母に対してなら、思ったことを全部言えると思った。

我慢してきたこと、思っていたこと、考えていたこと。

母は静かに頷いて話を聞いてくれ、真剣な眼差しの残る顔には、どこか微笑みを感じ取ることができた。

気持ちが溢れて、心から涙を流したのはいつぶりだろうか。

自分がダメだと思いながらも、心の中ではどこか期待している。そんな自分が嫌だと思っていた。でも、そんな自分も悪くないと思えるようにしなければならない。

母に聞いてもらったことは、まだ全てではないかも知れない。

それ以上のことはきっと今の僕には、自分にすら話せないだろうし、心の中には、まだモヤがある。

だけど、学校に行かなきゃという気持ちが、その気持ちぐらいは、前向きになった気がした。

遅れた分は取り戻そう。来週はテストがあるみたいだ。










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