産声の澱(うぶごえのおり)

@hashito_

【プロローグ】


長雨に打たれた廃屋は、腐りかけた巨大な臓器のように山肌へへばりついていた。


剥がれ落ちた壁紙の下から覗く赤黒いシミは、乾くことのない粘膜を思わせる。踏みしめるたび、床板はギィ、ギィと湿った音を立てた。そのリズムは、羊水の中で聞いた太古の記憶――ドクン、ドクンと脈打つ母の血流音に酷似している。


ここは建物ではない。誰かが捨てた、歪な子宮だ。


澱んだ空気の底、光の届かぬ地下の闇で、決して生まれてはならなかった「何か」が、今もまだ胎動を続けている。貴志の訪れを、まるで自らの片割れを待ちわびるかのように。

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2025年12月29日 20:00
2025年12月30日 20:00
2025年12月31日 20:00

産声の澱(うぶごえのおり) @hashito_

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