泥繭(どろまゆ)の家
@hashito_
【プロローグ】
「土は土に、水は水に。形あるものは、いつかその形を返さねばならない」
幼い頃、祖母が呪文のように唱えていた言葉が、私の耳の奥で、じっとりと濡れた苔のように張り付いている。
十年ぶりに踏み入れた故郷の土は、記憶よりも深く、暗い色をしていた。雨宮家の屋敷を取り囲む森は、まるで巨大な繭のように静まり返り、絶えず降る霧雨が、この世とあの世の境界を曖昧にぼかしていく。
通夜の席、蝋燭の揺らめきの中で見た親族たちの顔には、悲しみよりも濃い、何か異質な安堵が滲んでいた。祖母は最期に「お前を守りきった」と言い残したという。だが、裏庭の蔵から漏れ聞こえる微かな嗚咽が、その言葉を歪に反響させる。
私はまだ知らない。この泥濘(ぬかる)んだ土の下に、どれほどの時間が、あるいは命が、息を潜めて眠っているのかを。禁忌の扉に手を掛けた瞬間、一族が紡ぎ続けた永劫の繭が解かれることを。
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