愛してるという印を
J.D
愛してるという印を
私は、ひと目見たときから、彼女に恋していました。
彼女の名は篠原由美(しのはら ゆみ)。とてもおとなしい性格で、どこか不思議な神秘性を持つ、所謂高嶺の花である。
近寄りがたいわけではなく、むしろいつも微笑んでいるような、しかし儚げで、消え入りそうな美少女。肌の白さも、その雰囲気を増長させているのだろうか?ともかく、私はずっと、彼女に夢中でした。
なんとかして、彼女を我が物にしたい、それが私の願いでした。
そんなある日、私は幸運にも、彼女と近づく機会を得ることに成功しました。それは、ある日の放課後、私と彼女は教室で残って勉強をしていたのですが、疲れたのか、途中で寝てしまっていました。
私は、2つとなりの席なのですが、誰もいないため、彼女の寝顔をはっきりと拝むことができました。なんと可愛らしい寝顔でしょう。私は思わずあらぬ妄想を現実にしてしまいそうになるのをなんとか必死に抑えて、彼女の寝顔を眺めていました。
と、彼女はゆっくりと目を開け、そして私と目が合いました。
「・・・あっ、あはは、恥ずかしいな。寝ちゃってたね」
そういって少し照れ隠しに笑う彼女。・・・抑えなくては。
「そ〜だね。お疲れ?」
「まぁね。昨日ちょっと夜ふかししちゃってさ」
きっと、いつもの小説を呼んでいたのでしょう。彼女はいつも、小難しそうな本を読んでいます。
「ああ、もしかして、いつも読んでるやつ?」
「そうそう、昨日はこれ。『潮騒』」
『潮騒』は、三島由紀夫の代表作。孤島の男女の、甘酸っぱい恋愛という、彼にしては珍しく煌めかな青春が描かれている作品だ。
「結構難しそうなの読むんだね。私もそういうの好きだよ」
すると彼女は少し驚いたような顔をして、そして嬉しそうに
「ほんとに?彩ちゃん、小説読むんだ」
「うん、意外とね。なんか由美ちゃん見てると、私も興味湧いてさ」
おっと、まずい。彼女をずっと見ていることがばれてしまう。しかし、そこには触れずに、彼女は嬉しそうに笑った。仲間が増えたと思って嬉しくなったのかもしれない。
そこからだろうか。私と彼女は、なんとなく話しやすくなっていき、次第に仲の良い友達となっていった。しかし、私は、純粋な友情を彼女に抱いてはいませんでした。
汚い話ですが、私は毎晩、彼女を思い出していました。沢山、沢山。彼女の笑顔で、彼女の匂いで、彼女の声で、私はうなされて、悶えていました。
彼女をめちゃくちゃにしたい。壊して、堕として、駄目にしてしまいたい。淫らに、酔わせてしまいたい。
抑えきれなくなる恋情、劣情。我慢の限界は、すぐそこまで来ていました。
* *
ある日のことでした。私と彼女は、放課後私の家で遊ぶ約束をしていたので、彼女がうちにやってきたのですが、来る途中に局地的大雨に見舞われてしまい、彼女の制服はびしょびしょに濡れてしまっていました。
髪から水は滴り落ち、胸は透けて、彼女は困ったように笑っていました。天使のようなその美しさ、淫らさに、そろそろ我慢ができなくなっていっていました。
とりあえず着るものを与え、風呂に入れ、両親たちは出張でどちらも家を空けていて、私たち以外には誰もいない家の、私の部屋で、彼女と雑談をしていました。
しかし、とうの私はそれどころではありません。
彼女の雨に濡れた姿、そして風呂上がりときにみたあの美しい身体、そして今、私の服を彼女が着ているという事実。
そのすべてが、私を駆り立てていました。
そのときでした。
「・・・ねぇ、これってさ」
私が、お気に入りだった漫画。それは、女性同士の、かなりアブノーマルな関係を描いたものでした。
「あっ・・・」
終わった。これで、私は彼女から完全に軽蔑される。理解不能な性癖を持つ、危ない怪物のように思われてしまう。もう、すべて終わりだ。
そんな、絶望が、私を、絶対踏み越えてはいけない領域の中へと押し飛ばしました。
「どうせなら、思い切り壊れてしまえ。思い切りバケモノになってしまえ」
そう、絶望がささやきました。
気づけば、私は彼女の両手を抑え、押し倒していました。
抵抗しようとする彼女、しかし、その顔が、私の加虐精神を加速させます。
彼女の柔らかくて、甘い唇、とろけるような舌。甘い匂い。恐怖と快楽に同時に襲われた時の、甘い声。少しとろりと溶けた瞳。
私は、とんでもない過ちをしてしまいました。
我に返り、すぐに彼女を離し、その場を逃げようとしました。しかし、彼女はそんな私の服の裾を掴み、私の首を、その両腕で包み込むように抱きしめ、私の肩に顎を乗せました。
すすり泣くような声。一体何を考えているのでしょうか?
と、彼女は、私が予想もしなかったことを言うのでした。
「ねぇ・・・・彩ちゃん・・・・いつから?」
いつから、とは、いつからこんなことを考えていたのかということでしょうか?
「・・・由美と友達になる前から・・・由美のこと好きだった・・・」
「それは・・・・ずっとこういう好きだったの・・・・?」
「うん・・・・」
すると彼女は、突然私と顔を見合わせたかと思うと、両手を挙げて、仰向けになりました。
「・・・なにして・・」
「私ね、憧れだったの」
「・・・憧れ?」
「アブノーマルな関係・・・不純な関係・・・自分の身体に傷をつけられるって言う感じが・・・誰かに痛くされるの、憧れだった」
彼女は、ずっと高嶺の花でした。みんな、どこか彼女を一目置いて、距離を置いていました。
彼女は、そんな状況に、どこか退屈をしていたのでした。誰も彼も、彼女を、花より蝶より大切にする。彼女は、傷に憧れていた。人から受ける痛みに憧れていた。
「・・・いいよ」
「いいよって・・・」
「彩ちゃんのしたいこと、やりたいこと、全部していい。ただ、殺さないでね?」
そういって、少し悪戯っぽく笑う彼女。
・・・免罪符を得たのだから、もういいでしょう。
私は、その美しい首筋に、牙を入れました。
「いッ・・」
と、痛みを得た彼女の横顔は、どこか満足げでした。
美しい・・・白くて、筋が通ってて、そんな首筋に、小さく、しかしはっきりとした傷跡。
鮮血が、滴りました。白い肌に、痛々しい傷、赤い血。私の欲望は、加速しました。
私は彼女の服を脱がし、仰向けにして、引き出しから、買って以降一度も使っていない、もっと言えば開封していないカッターを取り出しました。
開封し、カッターの刃を出して、一応の確認を取りました。
「・・・どうするか、分かる?大丈夫?」
「・・・いいの、お願い。そこまで深くしないでね」
私は、彼女の背中の皮に、刃を突き立て、そして入れ墨を入れるかのようになぞりました。
痛みと快さに声が出る彼女の声で、私はさらに高鳴りました。
なぞり終わった後に出てきた血を、私は舐め取りました。それと同時に、私は彼女の腹部に手を回し、そこを抑えました。
「ねぇ・・・どう?いい?」
「・・・うん・・・彩ちゃん・・・・大好き」
しかし、そこで私は手を止めました。
「え・・・なんで・・・?」
「由美のそれはさ、こういうことしてくれるから好きなの?それとも私だから好きなの?」
「・・・・」
「聞き方を変えるね。由美は、こういうことしてくれる人なら、誰でもいいの?私じゃなくても」
「・・・・ずっとね、彩ちゃんといて楽しいの。他の人だったらしてくれないことしてくれるし、話してて楽しいし」
だから、と、一幕置いて、彼女は
「彩ちゃんが好き。ずっと、一緒にいてほしい。ずっと、好きでした」
と言った。
私たちは、歪な関係だ。恋人?友達?また違う。
でも、彼女に作られていく傷跡は、私たちの関係を、そして私たちの確かな愛を、これからも記し続けるであろう。
愛してるという印を J.D @kuraeharunoto
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