第2話 貴族を満喫
さっきは自分のことに精一杯ではにも反応できなかった。ぼくの対応は原作ゲームと同じスリンであっただろうか。
ぼくは会話に無意識に返答していたため、何を聞かれたのかを覚えていない。もしかしたらぼくは何も答えてない時もあったのかもしれない。
そう、ぼくには以前のスリンとしての記憶がない。
ややこしいが、幼少期のスリンとしての細かい記憶は知らないが、ゲームをやった記憶としての幼少期のスリンは知っているということだ。
それに、前世の記憶も曖昧で、これがゲームの世界に酷似していると認識できるほどこのゲームをやったことがあるという記憶しかない。
ぼくまだ自分がよく分からない存在だ。
原作ゲームでのスリンは使用人たちには横暴に振る舞っていた。今考えると、先ほどの対応は甘かったかもしれない。
周りを見渡すと、使用人1人と先ほど使用人が呼んできた人がいる。
2人ともジジイだ。
それと、寝台や貴族の部屋らしい豪華な装飾の家具が置いてあった。
あのゲームと同じであれば、おそらくここはスリンの自室だろう。
周りを見渡していたぼくは、心ゆくまで貴族を堪能できそうなイスを発見した。
スリンの魔法は弱い。しかし、権力はある方だ。
いい雰囲気のイスを見てワクワクしたぼくは、貴族になった気分を存分に味合うことに決めた。
「ぼくの肩を揉め!」
「え?……あ、はい、わかりました」
ぼくは優雅にイスに座り、使用人に対して命令した。
これくらい高圧的な対応じゃないと前のスリンよりも丸くなったと思われてしまう。
足を組んで座っていると、使用人がなんでもいう通りにしてくれる奴隷のように見えて来て優越感に浸れる。
あ〜、愉快愉快。
「ついでに脚を揉め」
「はい。わかりました!」
「あはは、はっ、おい!、一旦やめろっ」
この使用人足の裏まで揉んできやがる。
ぼくは足の裏が弱い。
大権力者様であるこのぼくがこれから自分の足で歩くための準備として脚をほぐしてもらおうと思ったのに、なんという屈辱。
くすぐられた子供みたいにイスから転げ落ちて暴れてしまったではないか。
しかし、問題はない。ぼくは寛大だからね。
ぼくは立ち上がり、拳に咳払いして仕切り直す。
ぼくとしたことが、恥ずかしくて体が熱い。
ぼくは、さっき座っていたあの豪華なイスに座って再び貴族になった気分を満喫する。
あのゲームをやっていた時のぼくはキャラクターへの愛着などどうでもよかった。
ストレスが発散できればそれでいいと思っていた。
どういうわけか、ぼくにはこのスリンという自分より下のやつ相手を貶す様は見ていて気持ち良かった。
しかし、その後のスリンは嫌な目に遭うのだ。
それは不快だったが、ぼくには、なぜか何度もプレイしてしまうほどの快感があったんだろうと思う。
もしここがゲームの世界ではなくゲームと似た世界に転生したのであれば、基本的に自由だったシナリオを逸脱することが可能なはずだ。
もしそうならば、ぼくは圧倒的有利に立ち回ることが出来る。
スリンは最弱で学園に入るも、同じ上級貴族に悪行を捏造されて追放惨殺エンドが待っている。
だが、ぼくはそうはさせない。原作知識を活かしてストーリーパターンを冷静に分析し、好機を見計らって確実に奴らを貶める。
地位だけあるスリンは自分よりも位の低い貴族に対して横暴に振る舞っていた。
弱いから他の上級貴族に対して何もできない。
同じ地位なのにも関わらずだ。
そして、他の上級貴族に罪をでっち上げられ、スリンは学園から追放され、挙句に家族諸共惨殺エンドだ。
そう、原作のスリンは自分よりも地位の低いものにしか罰を与えない。なぜか選択肢にない。
だが、ぼくは思う。最強の力を手に入れて、ぼくよりと同じくらいかもっと地位の高い貴族に対してそれをしたらどうなるのか。
ぼくはいつも考えていた。
ぼくだったら位が高く、将来が約束された貴族を蹂躙すると。
そして、全てを潰したのちにこのぼくが大権力者になると。
しかし、懸念点がある。世界の不思議な力によって邪魔されそうなことだ。
原作ゲームの主人公のことだ。
あいつは主人公というだけで脅威的に世界の寵愛を受けていた。
この世界でもそういう存在なら、ぼくが最も嫌いな奴になる。
スリンが本来巡らないルートを通るとそれを調整するかのようにぼくが貶められるイベントが発生しそうだ。
化学平衡を良いイベントと悪いイベントに置き換えたルシャトリエの原理のように。
なぜかぼくはたまに頭の良さそうな言葉が出てくる。
しかし、その言葉を本当に知っているのかわからない。
どういうことかというと、まるでひらめいたかのように知らない言葉が突然湧き出て来て、自分の思考ではないような不思議な感覚がする。
……と、いつの間にかぼくは自分の世界に入っていたことに気づいた。
ふと後ろを振り返ると、いつの間にか人が1人減って2人から1人になっていた。
「スリン様、お勉強の時間でございます」
後ろなんて向かなければよかった。
ぼくは原作知識を持つ天才だから勉強はやらなくても良いと思うね。
「ぼくは天才だからその必要はない」
「スリン様、世を渡るためには勉学は必須でございます。使用人如きが不躾な申し上げですが、少しだけでも……。お父様もそれを望んだおられますよ」
少し睨むと使用人は言葉に詰まる。
多分ぼくになる前のスリンが殴って分からせているからだろう。
原作ゲームでもスリンはたまにこの勉強に付き合っていたし、こいつに合わせてやってもいいかな。
「わかったよ」
「え!? 本当でございますか!」
使用人に誘導されたぼくは、勉強机にしては不向きなほど装飾の多い机に着いた。
「このくーー」
「ステイバー公国です!」
「おお、正解です。問題を言い終わる前に分かるとは……」
使用人はゆっくりと丁寧に資料を取り出して、ぼくに差し示した。
地図だった。
「この北とーー」
「帝国です!」
「なんと……スリン様、また正解です」
まあ、簡単なうえ、すでにここで何を学ぶかくらい知っているから誰でもできるんだけどね。
できるだけ早く正解に辿りついた方が頭が良く見えそうだからぼくは異次元の速さで答えるように努めた。
しかし、すぐに答えにたどり着けないならすぐに諦めて爆速で解説を聞いた方がいい。
これはぼくの考えた頭が良くなる秘密の技術だ。
世の中には粘り強さよりも諦めの方が何グーゴルプレックス倍も大事だからね。
これからぼくがやり返す貴族たちにも言ってやりたいよ。
その夜のぼくは、よく頭を使ったためかぐっすり眠れた。
夜が明け、優雅に朝を迎えると、何やら以上事態が起きたらしい。
1人で寝て1人で起きてきただけで驚かれてしまったのだ。
「スリン様は昨夜接吻なしで寝られたらしい」
ぼくが自室を出ての部屋で食事をしていると、使用人たちは行っていた作業を止めるほど驚いていた。
「キ、キスなしで……」
1人で寝ることが出来るなんて当たり前だ。
昨夜、スリンの母親がぼくの自室にやって来たが、ぼくは拒否した。
ぼくは誰かも知らない女性との接吻など受け付けない。
ぼくは1人で寝るなんて怖くないね。
ぼくが食事を終えると使用人に話しかけられた。
「スリン様。お父様がお呼びです」
あ、多分あれだ。
☆☆☆
"使用人視点"
以前のスリン様は料理に対して気に食わないとなるとよく食材の乗った皿を投げてぶちまけていたが、今はただ不満を言うだけに成長されている。
スリン様のお父様は自分の魔法の技能が遺伝しないようにと考えていた。
しかし、
基本的に人は生まれた時から魔力が備わっていて、4.5歳くらいのしっかりと会話できる頃には魔法を感覚で使っていてもおかしくない。
しかし、スリン様にそんな兆候は全く見られなかった。
スリン様のお父様はそれを信じていないため、自身の息子へ魔法の指導をしていた。
その様子を見ていると
スリン様のお父様は魔法の能力が社会的地位を担保するこの世界で、奇跡的に貴族の位を得られた。
スリン様は毎晩寝れないと訴え、母親にキスをしてもらわないと寝付けていなかった。
いつも対応が大変なだけにそこはたいそう可愛らしく、普段の態度との落差から、それを聞くたび
それにも関わらず、成長されてキスの必要がなくなったと言うのは誠に遺憾である。
人として成長なされたとしてもこちらの苦労が報われないのならそれは退化だと
いや、それは
しかし、その余計な私怨を考慮したとしてもスリン様は以前と比べて大きく成長なさっていると感じる。
スリン様が寝る前にキスを望むのは周辺の緊迫した雰囲気を感じたためだと考えられる。
スリン様のお父様と会話するたび、常にその焦りが
そう、スリン様の精神面への影響はたいそう気の毒であったと言える。
それは、いくら子供のスリン様といえど分かってしまうようなものであった。
スリン様が急に異常な言動を取られたあの日から、スリン様のお父様の焦りは大きく膨れ上がったように見えた。
そんなこと見なくても分かってしまうものだ。
それでも尚キスを我慢して耐えておられることは成長されていると感じざるを得ない。
その他の成長された部分としては、以前よりも勉強に取り組むようになっていることだ。
スリン様は奇怪な速さでお答えになる。
もしやスリン様は全知全能に目覚められたのではないかとさえ思えるほどだった。
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