E-Q
望乃奏汰
1
工場の裏の崖は街がよく見下ろせる。
人も滅多に寄り付かないので休憩時間によく時間を潰している。
荒れきった崖の上には申し訳程度に広場のようなスペースがある。広場というよりも狭場と言った方がいい。
草が伸び放題のそこには転落防止用の錆にまみれたボロボロの柵と、古い駅にあるような色あせて白く変色してガサガサになったプラスチックのベンチだけがある。それらによってここがなんらかの意味と理由を無理矢理に付与されたような場所。
今にも崩れそうなベンチに座り、作業着の胸ポケットからボタンを出す。
ホームセンターの電子工作コーナーで買った、何の変哲もない押しボタンとスイッチボックス。配線はどこにも繋がっていない。電源もない。基盤もない。空のスイッチ。
柵の向こう、生い茂る木々の隙間、灰色に霞んだ街を見ながらボタンを押し、目を閉じる。
街は大きく煙を上げながら音もなく破壊されていく。
みるみるうちに太陽は見えなくなる。
「ねぇ。」
肩を叩かれて目を開けた。
木々の隙間には先程と変わらずにつまらない無機質な街が広がっている。
隣には、知らない男が座っていた。
作業着を着ているので工場の人間だろうか。
明るいシルバーアッシュの髪。一歩間違えたらジジイに見えてしまいそうな色だがそいつにはよく似合っていた。工場内では帽子で髪を覆ってしまうので他の工員の髪色なんて気にしたことがなかった。
「誰。」
「同僚の顔も覚えてないのか君は。」
「すみません、作業場ではみんなマスクつけてますし、同じ作業着なので。それに、残業のない日は仕事終わったら直ぐに帰っちゃうんで。」
「そりゃそうか。俺も似たようなもんだけど。」
「で、誰ですか。」
「
「よくわかりますね。ほかのレーンのことなんか普通気にしないでしょ。」
「そうかな。君、名前は?」
「
「ふーん。よろしく入瑞。」
いきなりべらべらと何なのだろうこいつは。
油断した。こんな場所には絶対誰も来ないと思っていたのに。自分がここにいる以上、他人にも「絶対」は適用されないなんて当然のことなのに。
「で、入瑞はこんな所で何してんの。何のボタンそれ。」
「・・・・・・。」
頭の中で街を破壊していたとは言えない。
「気分転換、みたいな、やる気スイッチ、的な。」
「そんな、何もかも嫌になったみたいな顔してんのに?」
「うるせぇな。」
「どうせ街でも破壊してたんだろ。」
なんで分かるんだよ。
「俺も混ぜてよ。ほら、これ。」
冬深は懐から安っぽいプラスチックの水鉄砲を取り出した。
黄緑色のクリアカラー、iPhoneの絵文字にそっくりだった。
「ばーん。」
冬深は僕に向け引き金を引きながらそう言った。
水鉄砲は、空だった。
「俺見てたんだよね。いっつも休憩時間に入瑞がどっか抜けてんの。気になってこっそりついてったらここに来たってわけ。いいねここ。秘密基地みたいで。こんな場所よく見つけたな。」
「何それ怖。ストーカーかよ。ってかなんで水鉄砲。」
「これで狙撃してんの。ムカつく奴を。」
そう言うと冬深は、硝煙の出ていない銃口を吹いてみせた。
「その理論で言うと今撃たれた僕はムカつく奴ということになるな。」
冬深はヘラヘラ笑っている。
「入瑞のことは名前とボタン持ち歩いてる陰気な奴ってことぐらいしか知らないからなんの感情も持ってないよ。ムカついてないから安心して。」
「何それ。」
なんだこいつ。
僕は気が滅入った。
冬深は空っぽの水鉄砲を撫でながら訊いてくる。
「ねぇ、入瑞、暴力は好き?」
「好きなわけないだろ。暴力が好きな奴なんていない。」
「そうかな。」
「お前は好きなのかよ。」
「全部めちゃくちゃになっちゃえばいいのにと思うことや破壊衝動は常にあるけど、実際暴力を行使するのは簡単じゃない。殴れば殴った手は痛いだろ。道具を使っても、暴力を振るわれた人間は抵抗する。血を流す。嘔吐する。泣きわめく。場合によっては死体がうまれてその処理をしなくてはならない。バレれば法によって裁かれてつらい思いをするよ。暴力にはリスクが付きまとう。だから暴力を振るうのは後先考えないバカか、暴力でしか成功体験を得たことのないバカだけ。暴力はバカのやることだ。」
一理あると思った。
「でもそれには、暴力を振るわれる側の視点が欠けてないか?」
「そんなもの必要かな。そんなものがあるなら初めから暴力なんて振るわないよ。暴力はいつだって利己的なものさ。」
「・・・・・・まぁ、そうだろうな。」
さっきから抽象的な理屈ばかりべらべら喋って何が言いたいのかわからない。
「言いたいことがあるなら端的に言ってくれ。こっちは貴重な休憩時間をお前のお喋りに食い潰されてるんだぞ。ご高説を垂れ流されるのも宗教勧誘もお断りだ。」
「ボタン。」
「は?」
「押さないの?」
「なんで。」
「俺にムカついてんだろ。爆破しろよ。」
「アホくさ。」
早くどっかいってくれと思って僕は頭を抱えた。
「こんなもんは、なんの意味もない。ただのどこにも繋がってない空っぽのスイッチに過ぎない。」
「それでいいんだよ。誰も死なないし入瑞は手を汚さない。痛みのない破壊。俺たちに必要なのはそういうものだ。」
「なんで、なんで僕に声を掛けた。」
冬深は僕の眉間に空の水鉄砲を突きつける。
「入瑞は、俺と同じ目をしているから。」
プラスチックの引き金が引かれ、かしゃん。と、乾いた音が鳴った。
それと同時に休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴った。
「戻る。」
僕は眉間に当てられたままの水鉄砲を手で払い、足早にその場から離れる。
その背に向かって冬深は
「気が向いたらまた休憩時間ここに来てよ。」と、言った。
僕は振り返らなかった。
大体、この場所は僕が先に見つけた場所なのに。もう休憩時間にあの場所に行くことは無いだろう。
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