聖なる夜のサンタの恋
帆尊歩
第1話 アドベント
「ハイありがとうね」と言うと女の子は満面の笑みを浮かべた。
良いな、と思う。
このくらいのことで心から笑顔になれる。
そんな時代に私も戻りたい。
「ほら、サンタさんにありがとうは」横の母親が言う。
「サンタさんありがとう」
「いえ、どういたしまして、良いクリスマスをね」ここは営業スマイル。
「うん」
そして女の子はホールのクリスマスケーキを抱えて母親と共に去って行った。
そうだよ。
これよ、これ。こういう触れ合いを期待して、このバイトをしてるんだよ。
私の前には、ホールのクリスマスケーキが山のように並んでいる。
何が悲しくて、その横にサンタのコスプレで私は立っているんだろう。
と初めは思ったけれど。
今みたいな事があると、このサンタのコスチュームも悪くないと思える。
こんなことくらいで喜べるか、とうそぶいても、ありがとうサンタさんと言われるとその瞬間だけ心が温かくなる。
でもまだ売れたのは二個だけ。
そろそろ日が暮れかかる。
これ、売れてなくなるのか。と言う疑問はとっくの昔に消し飛んだ。
売れるわけがない。
ここは駅のロータリーから少しだけ外れた広場だ。わざわざ帰宅などでここを通る人はいない。オブジェやベンチがあるので、待ち合わせには良いが、通勤通学の人は用がなければ、わざわざこの広場には来ない。
「ケーキを売るなら、ロータリーと改札の間のどこかの方が良いんじゃないですか。あそこだと、電車の乗降客がいやでも通るじゃないですか」私は店長に意見具申した。時間バイトの分際でとは思ったが、さすが言わざる終えない。
「しょうがないよ。許可がおりなかったんだから」なんともあっけない返事だけれど、確かに説得力はあった。
「だからこそ、目立つようにこれ着てやってよ」と店長が出してきたのは、サンタ衣装だった。
予定がないから、バイトを入れてみた。
だってそうでしょう。クリスマスイブに一人で狭いワンルームで過すくらいなら、バイトしていた方がまし。スマホで時間で出来るバイトを探したら、ケーキ屋さんのバイトがあった。
世間はクリスマスイブだ。さぞ忙しいんだろうなと思って応募した。
なのに、暇だ。
あまりにも暇だ。
午後二時から始めて、今五時。三時間で二個。バイトは八時までだから後三時間。三時間で二個と言う事は、夜帰宅時間のお父さんを考えて三倍売れたとして六、いや今まで売れたのが二だから合計八。イヤイヤ、ケーキは五十あるんだぞ。
それは暇だよね。
もっとも、この暇な感じで時給がもらえるなら、それはそれでいいのか。
と思い返してみるが。
いやそれにしても暇すぎるぞ。
私は時計を見た。三十分くらい経っているかなと思って確認した。
まだ五分しか経っていなかった。
これでこの目の前のケーキがなくなるまでここにいなければならない。サンタの格好で寒くはないけれど。
けど無理だよね。
暇だからといってスマホを見たりは出来ない。
バイトだから。
疲れたからと言って、座ることも出来ない。
バイトだから。
そもそも前を通る人がいないから何してもと思うが、そうもいかない。
バイトだから。
そうなるとたまに通る人はなぜこの広場に入ってくるのだろうと考えるようになる。
暇なので人間観察でもするか。
人通りは多くはないが、いないわけではない。
そもそもなんでこの広場に来る?
駅の同線から外れた広場だ。確かに花壇がありオブジェがあり、しゃれたデザインのベンチがおいてある。植え込みや、木には電飾がついていて確かにきれいではある。
駅の横にタワーマンションがあり、窓の明かりも何となくきれいではある。
そういえばここはそのタワーマンショに繋がる道だ。タワーマンション住人専用の通路というわけではないだろうけれど、なんかいけ好かない。
本来は、「ケーキいかがですか」と声を出したほうがいいのかもしれない。でもそこまではね。
とはいえ時給をもらっているので、何もしないというわけにはいかない。
仕方なく私はこの広場に入ってくる人にナンバーをつけることにした。
そして二十四番目の人にケーキを売りつけよう。
時間は五時を回った。
本当にそろそろ売れてくれないと大変なことになる。
一人目
ツイードのコートを着た三十代くらいのくらいの女性。
仕事帰りかとも思ったけれど、ハンドバックを持っている。今時、仕事にハンドバックは持て行かないよね。さっそうとした感じなのに何だかゆっくり広場に入ってきた。
整いました。
デートだったけれど、喧嘩して怒って帰って来た。真意を確かめるすべはないけれど仕方がない。
クリスマスなのに最悪の聖夜になりましたわね。
二人目
四十代のカップル。
よりそいながら、見上げてタワマンの写真を撮っている。
いつかはこんなタワマンに住もうねって感じ?
夢がおありで結構ですこと。
これってクリスマスの誓いか。
なんかそんなテレビ番組があったような、なかったような。
三人目
どういうわけか私の前で転んで尻餅をつく。
四人目
その友達が手を差し伸べる。
きをつけてくださいな。私の目の前で転んで怪我なんて、寝覚めが悪い。
クリスマスの転倒。そんなテレビ番組はなかったけれど、
縁起わるー。
五人目
年配の男性、犬を連れて散歩中。
このタワマンの住人か、寂しい一人暮らしの癒やしに犬を飼う。
それは寂しすぎる。
クリスマスなのに、シクシク。ご同情申し上げます。
六人目
中学生くらいの男の子。
足早にを通りすぎると、手ぶら。塾に行ったけれど、忘れ物をしたので家に取りに帰る。
子供のうちはもっと遊べよ。あっそうなるとろくな大人にならないか。
まあこのクリスマスの失敗を糧に強く生きてくださいな。
これからの人生のサバイバルに、ボンボヤージュ。
七人目
二十代の女性、モコモコのダウンを来て立ち止まった。少し下を見てたたずむ。
泣いている?
振られたか。さっきのハンドバックの女性とは違う。打ちのめされた感じ?
まあまあ、人生色々よ。よかったあんな男と付き合わなくて、と思う時が来るから。
根拠はないけれど。クリスマスの失恋をこれからの力に転化せよ。
八人目
マフラーをした男性、手をあげて誰かを呼んでいる。
九人目
同年くらいの男性が同じ用に手を上げてその男性に寄って行く。
飲みにでも行くのか。クリスマスだというのに男二人とは、哀れな物だ。
いやたった一人でサンタのコスプレでバイトしている私よりはましか。
十人目
おしゃれなコートを着た仕事帰りのような男性。
服装からサラリーマンというより、何だか、デザイナーか何か。
すかしやがって。
十一人目
小さな子供が楽しそうに歩く。
十二人目
その子の父親らしき人が、手を叩いて、おいでおいでしている。
まさか誘拐犯じゃないよね。
十三人目
さっきの男性二人が戻ってきた。何だか変に寄りそっている。まさか、世間に言えない関係じゃないよね。
十四人目
大学生風のカップル。これは完全にクリスマスを二人で過す感じか。
忌々しい。石でも投げてやるか。
十五人目
三十くらいの男性。月に拝んでいる。彼女が出来ますようにか?
もう遅いって。今日だよ、クリスマスは。
「何、好き勝手なこと言っているんだよ」と私は急に声を掛けられた。
「えっ、声出てた?心の中で話していたつもりなんだけれど」と答えた。
「出てたよ、思い切り出てた」えっ誰。私は恐る恐る、横を見た。
「斗真君?」
「久しぶり」
「いや。なんで斗真君がここにいるの?」
「美咲ちゃんこそ、ここで何してるの?サンタの格好して」
「バイトですよ」
「バイト?ケーキも売らないで、好き勝手なことを言っているのが?」そう言って斗真君は目の前のケーキを持ち上げた。
「イヤこれは。あまりに暇だから。ちょっとケーキ、ちゃんと元の並びに戻してよ」
「並び、決まっているの?」
「よくわからないんだけれど。店長の陳列のこだわりらしいの」
「そうなんだ」と言いながら斗真君は、案の定適当にケーキを戻した。
「人間観察というか。暇というか。て言うか斗真君こそ、なんでここにいるの。家こっちじゃないよね」
「大事な人と会うんだ。時間が早いから歩いていたら、美咲ちゃんがいるから」
「大事な人?これですかい。旦那」と私は小指を立てる。
「まあそんなもんかな」
「ケっ。幸せもんは、寄ってくるな」私は冗談ぽくそっぽを向く。
「美咲ちゃんは、誰かいないの?」
「いたらクリスマスにバイトなんか入れませんがな」
「そうなんだ」
「あっ、なにその哀れんだような、勝ち誇ったような反応は」
「勝ち誇ってなんかいないよ。元々負けてないし」
「ふんだ」
実は私はこの斗真君のことが好きだった。
なんとなくだけれど、斗真君も私の事はまんざらでなかったと思う。ではなぜ付き合わなかったのか。それについては全く見当もつかない。
「あっ十六番目の人が来た。じゃあ、あの人はどんな人だと思う」
広場には三十前後の女性と、小さな男の子が歩いている。
「じゃあ、美咲ちゃんどうぞ」
「先に聞いたのは私だけれど」
「細かいことは、いいじゃん。はい、美咲ちゃんどうぞ」
「シングルマザーで二人で暮らしている。最近養育費の振り込みが滞りがち」私は見たまんまをいう。
「そうかな」と斗真君は言う。
「じゃあ何」
「オバと甥」
「何それ。あの状況をみてそうなるかな」
「そうお、そうなんだけどな」
十七番目
長髪、髭ずらの中年男性。長いコートを着ている。
「仕事帰り、いい年なのに、ラフな格好。あの年で独身、クリスマスだけれど一人家路につく寂しい中年。どうだ」と私は斗真君を見る。
「じゃあ、あの人はミュージシャン崩れ。家族に愛想つかされ、一人で生きているけれど。最近娘が結婚するという報告を聞いたけれど、呼んでもらえない。家族を顧みない生活
を今さら後悔している」
「なにそれ。作るにしてももう少しシンプルにしようよ」と言って私は笑った。
「そうなんだけどね」
十八番目。犬を抱えた三十代くらいの男性。
十九番目。小さな男の子だ。その男性に近寄るそして抱えている犬を手渡される。
「じゃあ、クリスマスプレゼントで子犬をもらった子供とそのお父さん、うーんほほえましいな」と言って私は斗真君の方を見る。
「迷子になった子犬を見つけて、本来の飼い主に帰す。見ず知らずの人」
「なんか、身もふたもないな。もう少しドラマチックにさ、今日はクリスマスなんだから」
「あっそお」
二十番目。若いサラリーマン風の男性。
「単なる仕事帰りでしょう。彼女はいるけれどお互いに仕事で会えなかった」
「好きだった彼女は、この前結婚した。でも彼女のことを本気で愛していたから彼女が幸せになれるならそれでいいと満足している、だから一人のクリスマスも苦にならない」
「ドラマチックというよりディテールが細かすぎる。勝手な話を作ってはいけませんな」
「だから、本当のことだって」
二十一番目
ワインを抱えた男性
「家で待つ彼女とこれからクリスマスパーティー」
「そうだね」
「おっ初めて意見が合いましたな」
「だって本当のことだもん」
「いやいや、そんなこと分かるわけないでしょう。というかさっきから、知っているみたいに言っているけれど、全部想像だよね」
「いやそうなんじゃないかなって」
「やっぱりね。そういうのを想像というの」
「そうか」
二十二番目。若いカップル。目の前で見つめあっている
「コメントのしようがないな。」
「そうだね」
二十三番目。急に斗真君が話し出す。
「クリスマスイブにサンタの格好でケーキを売っている」
「えっ。わたし」
「そうだよ美咲ちゃんが二十三番目だよ」
「いやそんな」
「その女の子は、芳根斗真から愛されていた」
「えっなに急に」ここでそんなこと言う。
「そして二十四番目は僕だ」私はあまりに急なことで顔を上げてられなくなった。そういえば二十四番目の人に声をかけようと思っていたことを思い出した。本当はケーキいかがっすかーという予定だったけれど。いいや。
「私も、斗真君のこと大好きだよ」
「本当に」
「うん」
「そうかありがとう。ここにきて本当に良かった。好きだと言えて、好きだと言われた。最高のクリスマスプレゼントだよ」
「こっちこそ、好きだと言われて最高のクリスマスプレゼントだよ。ありがとう」私は、嬉しいくせに、恥ずかしくなって下を向いた。下を向くと、テーブルの下に置いていたスマホの画面が見えた。
聡子から鬼着信が入っていた。マナーにしていたので気づかなかった。
恥ずかしさをごまかすようにスマホを手に取る。
「斗真君ごめん聡子から電話が」
そして電話に出る。
『やっとつながった』
「ごめん、今バイト中だから」
『それどころじゃないよ。芳根斗真覚えている』
「斗真君なら・・・」聡子がそんな私の言葉をさえぎる。
『交通事故で亡くなった』
「えっ」私は顔を上げた。
でもそこに斗真君はいなかった。それどころか誰かがいた形跡もない。さっき斗真君が持ち上げて並びがずれたケーキも初めから何もなかったようにきれいに並んでいる。
「斗真君」私は声にならない声で斗真君の名前を呼んだ。
「斗真君。斗真君」私は泣きそうになりながら、斗真君の名前を呼び続けた。スマホからは、美咲、美咲と、と聡子の声が聞こえていたけれど、私は斗真君の名前を呼び続けていた。
いつの間にか空からは白いものが降り始めていた。
聖なる夜のサンタの恋 帆尊歩 @hosonayumu
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