奴隷戦士ノブナガの小さな野望

溶くアメンドウ

第1話

ウチの襖には昔兄貴が零した麦茶のシミがある。

おじいちゃんおばあちゃんが建てた古い家だから

寧ろ景観的には馴染んでいたので兄貴は確か、

あまり怒られていなかった様に思う。


「パレイドリアって知ってますか?」

「パレイドリア?」


麦茶のシミの広がりに意味はない。

ただ表面張力だの水分の浸透だのと物理法則に

促されるがままに行けるところまで広がった。


「何の意味も意義もなく生まれたシミに、

 人は意味を与えたがる・・・・・・・

 イエス様に見えるとかトカゲっぽいとか」

「なるほど。

 シミに限らず、雲や氷などの不定形な物の

 中に意味のある物を見出す現象……ですね」


審判執行人と名乗る男は微笑んだ。


何処となく笑い方に癖がある男だと思った。

口角の上がり方が左右非対称なんだ。

右が少し上がり、それからつられて左が上がる。


「えぇ」

「実に興味深い話題ではあるが、

 異世界に召喚されての開口一番だ。

 もっと他に聞きたい事があるのでは??」


何も、と僕は首を横に振る。

執行人は不気味に満足したようだった。

秘書らしき鼻筋の通った髪の長い女性は

命じられたままにコーヒーを2つ淹れに

重苦しい鉄の扉を潜っていった。


「理解の早いお方は好きだ。

 とはいえ如何なる賢者と言えど

 ルールは説明しなれば分からない。

 そうでしょう?」

「ルールは?」

「単純明快です。

 異世界から召喚された貴方方には

 『戦士』と『武器』に別れて戦って頂く」

「それから?」


飲み物もないのです。もう少しお手柔らかに…

と執行人はメガネを外してレンズをハンカチで

拭い始めた。フレームの光沢から察するに18金の代物らしい。手入れが行き届いているのか

黒ずみ一つない純粋な輝きを宿している。


「目、よろしいんですね」

「趣味というか…悪癖ですよ」

「いえいえ!

 それはある種の天稟ですよ。

 仕事柄、貴方と同じ資質をお持ちの方と

 巡り会うと嬉しい心持ちになります。

 あぁ、時代が動く・・・・・…と」

「そうですか」


流石に期待し過ぎ。

他人に期待しない僕からすると

少し羨ましい程に思える資質だ。


「それで続きですが…あぁ、ありがとう。

 どうぞ…砂糖は?」

「要らないです」


角砂糖の詰まったポッドを

執行人は僕の方へ寄せたままにして続ける。


「〜♪ 相変わらずの絶品です。

 さて、今から四日後に新人戦が行われます。

 相手もその能力も当日までのお楽しみです」

「どこまでやっていい?」


ここまで丁重に扱われる以上

異世界から召喚された僕や他の戦士と武器は

誰かしら有力者の資産・・なのだろう。

そうでないならコーヒーの一杯だって

お出しする必要はないのだから。


だからこそ、執行人の言葉に僕はギョッとした。


———どこまでもやって構いません。


別に執行人にとって、何の重みも無いらしく。

ただただ事務的にそう答えた。

何ならこの問答に辟易しているという様子さえ

感じ取れる。


「気に入りませんか?」


逆に今度は、執行人がギョッとしたらしい。


「まさか。

 ———凄く気に入りましたよ、それ」

「……ノブナガ様の担当が私で良かった!」


僕は握手ととある道具・・を貰って

重苦しい鉄の扉を抜けた。



♦︎



「此方です、ノブナガ様」


秘書の女性は案内を手早く終わらせると

とっとと立ち去ってしまった。


通常・・これから起こる事を考えれば

 無理もない…か」


これから起こる事。

それは『武器』の手入れだ。

『戦士』であるところの僕の生命線。

三日間で終わらせなくてはならない。


ノックする。


「失礼します」

「……」


返事はない。無理もない事だ。

そのまま軋む赤いドアを押しやる。


豪奢なクローゼット達と小さなテーブル。

真紅を基調に

誂えられた枕が一つしかないベッド。


窮屈……という程でもないけど、

必要な物だけが壁に押し込めてある

合理的ながら不自由を胸に抱く部屋だ。


多少豪華な監禁部屋、だろうか。


———その枕元に僕の『武器』は腰掛けていた。


「……貴様が私の飼い主か?」

「違うよ」

「……どういう事だ? 近づくな!!」

「僕と君は運命共同体だ」


状況が飲めない…と

困惑する美少女の前髪へと

手を伸ばす。


「動かないで」

「か、身体が動かないっ…!?」

「役割上、君より上の立場だからね」


『戦士』は自分の『武器』に対して

ある程度までは命令する事が出来る。

というわけで試しに使ってみた。


「殺せっ!! 殺…???」

「あまり良い髪飾りとは思えないけどな」

「……ホコリ?」

「そうみたいだね」


そのまま頭を押さえ付けて犯されるとでも

思ったのかもしれないが、生憎僕は本の虫でね。

体力では並の女子にすら及ばない。


切れ長の蒼い瞳が警戒を解いて僕を射抜く。

親友のミツナリなら

間違いなく恋に落ちていた。


「私はヴァレ・ミアラ=イグナイト。

 ミアラ王国の王女…だった」

「僕はノブナガ。ただの本の虫だよ」

「ノブナ…ガ。ノブ…ナーガ。ノブナガか。

 変な名前だ」

「変な名前の…将軍由来だよ」

「そうか。変わっているなお前は」


失礼な女だ。

ミアラ王家はきっと、話し合うより剣とか戦とか

先に出て来る戦闘民族なんだろうな。

サイヤ人…と思えば多少親近感は湧く。


「何故髪を触る!?」

「…支配レベルを上げる為だけど」


なんだそれは!! 

変態としてのステージの言い換えか!?


と、矢鱈に顔を赤くして騒ぐヴァレリーに

やんわりと命じる。


「あんまり抵抗しないでね」

「なっ…覚えておけよノブナガ…ッッ!!」

「指細いね」

「っるさい…ひゃん!?」

「首筋と耳が感じやすいのか」

「一々声にするなッッ!!?

 な、何を……くっ……やはりお前も所詮は

 下衆な男どもと……あれ?」


暴れられない様にヴァレリーの頭を引き寄せて

膝の上に乗せておく。


さて、軽度のスキンシップの結果は…。


魔法液晶マジック・モニター……

 まぁ、無理もないか」

「絵が浮いている…!?

 どういう理屈なのだ…???

 な、撫でるなッッ!!」

「理屈なんか知らなくていいよ。

 用さえ足りればいいんだから」


ヴァレ・ミアラ=イグナイト(21)


・筋力 A

・生命力 A

・知力 D

・魔法力 D


支配レベル   15/100



…なんて事だ。


「純粋なゴリラの王女じゃないか」

「ゴリラが何か分からんが

 貶しているだろう!?」

「褒めてるよ」


力仕事出来る人間が身近にいるのはありがたい。


「褒めてないだろう…??」

「褒めてるよ」

「…撫でるな…」

「はい」


大人しく従ってみれば、

今度は自分から僕の手を引っ張って頭の上に

乗せさせてきた。


———大型犬のゴリラ、か。


「…少しだけ、許す」

「ありがとね」

「何の礼だ…それは」


執行人の言葉を思い出す。


『平たく言ってしまうのなら

 ノブナガ様は『武器』と性交渉なされば

 良いのですよ』

『性交渉…』

『より厳密に言えば粘膜接触ですね。

 そうする事で武器の持つ異能スキル

 手に入れる事が出来るのです。

 身体を重ねれば重ねるだけ、

 異能は強化されていくという寸法です』

『武器当たりの異能は1つだけ?』

『はい。

 ある意味では武器を増やし続ける事が

 戦士としての質を上げる方法でもあります』


「戦士同士が戦い、勝ち残るのは1人だけ……」

「どうした急に?」


そうなると、負けた戦士側の武器は

結果的に戦士不在の手持ち無沙汰だ。


「容姿端麗な人間……が選ばれているのなら」

「さっきから1人で何を考えているのだ?

 構えよ、私に」


武器の側の扱いは戦士より低い様だし、

売られる・・・・か、或いは……。


いや、考える必要はない。


「勝って仕舞えばいいだけの事だ」

「……戦うのか? お前が」


ヴァレリーは僕の身体をあれこれと

指先で検めてみて、溜息を1つ。


「やめておいた方がいい。

 お前は戦には向いてない」

「出会ったばかりの僕が

 死んでも構わないでしょ?」


直情型の女の子には

少し意地悪な言い方ではあった。


けど、ヴァレリーは涼しい眼差しのまま

僕を見つめる。


「死んでも構わん。

 だが、お前が生きている方が私は嬉しいぞ。

 ノブナガ」

「……ハハハハ」

「何を笑っている?

 ちょっ…耳はダメッッ…!?」

「……ハアッ〜。

 君は面白いよ、ヴァレリー」

「全然力が入らん……ひゃぅ……!」


死んでもいいけど生きてて欲しい、か。


退屈な矜持と自尊心と帝王学だけが取り柄の

退屈な女かと思っていたけど。


存外に可愛らしいところがあるじゃないか。


「というわけでキスしよう」

「や、やはりお前も所詮は……!」


覆い被さって見下ろしてみると、

大きく膨らんだ胸元やはだけた肩先の

艶やかさに目が眩みそうになる。


余り性欲の強くない僕みたいな人間ですら

手に出来たと実感する程に脳味噌が茹だるのを

感じずにはいられない。


「ヴァレリーはミアラ王国に帰りたいよね?」

「それは、当然そうだが……?」


諦観が深く蒼い瞳に滲み出る。

僕がヴァレリーの頬に手を伸ばしたのは

単純に逃げられないようにする為ではあったけど

何だか彼女の諦めを吸い取る為に

そうしてしまった様にも後から思えた。


意外にも自分にそこそこの甲斐性があると

潤んだヴァレリーの唇の感触が教えてくれる。

まだ指先しか触れていないのに

満更でもなさそうだ。


「戦士が10勝すれば、武器も1つ

 願い事を叶えて貰えるんだって」

「……私は、信じないぞ」

「でも他に方法はないでしょ?

 君が自分の国に帰るには」


目線が左下へ。

どうやら図星らしい。


「ふぅ……よし、分かった」

「本当に?」


覚悟を決めた様で、何故か逆に

僕がヴァレリーに見下される形になった。

陰っていても彼女の耳先までもが

赤く紅く紅潮しているのがよく観察できる。


「仮にも私は君臨する立場の者だ!

 だから、その……私がお前にキスしてやる!」

「目線泳いでるけど大丈夫?」


本当は恥ずかしさで限界だろうに。

無理矢理顔を近づけて強気にアピールしてくる。


……そうゆういじらしさを見せられると

僕の武器が

ヴァレリーで良かったと思ってしまう。


らしくないな、今日は。


「よ、ヨユーだ。

 あれだ! 私がリードしてやるから、な?」

「くすぐったいんだけど」

「っるさいぞ! 髪フェチめ」


本当にくすぐったいだけなんだけどな。


しかし確かに客観的に見てみると、

僕はヴァレリーに出会ってからずっと

彼女の紅く長い髪ばかりを撫でて、触っている。


「髪フェチなのかな…僕」

「間違いないだろうな……ふんっ」

「お返し?」

「どうだ? 悔しかろう」

「ちょっと雑過ぎるかな」

「はぁ!?

 そも私に撫でられるなぞ

 限られた者にしか与えられない

 褒美だというに…仕方のない奴だ」


レトリーバーの広い背中を掻くような粗さから

ポメラニアンの小さい頭をそっと撫でる様に

手の動きが優しくなる。


やれば出来る子だ。


けど、やっぱり恥ずかしさには勝てないらしく

すぐにレトリーバーの撫で方に戻った。


「……」

「しないの?」

「!? するさ!!

 よしっ…いくぞ」


吐息が交差する。

お互いの瞳の虹彩の模様がはっきり分かる。

ヴァレリーの頬を汗が伝って滑り落ちる。

心臓の音同士が触れ合う。


それでも唇が重なる事はない。

とても静かな一時が過ぎていく。


「存外に、あれだな……真っ直ぐな目をしてる」

「ありがとね」

「紫陽花色の瞳なんて珍しいな……うん」

「そう?」

「あっ……あぁ…………はぁ、ふぅ……」

「ヴァレリー?」


分かっている! と首を小さく振る。

息を整えては、止まり、また息を整える。

自身の願いの為とはいえ、

好きでもない相手にキスするのは

震える彼女には無理みたいだ。


「んっ!?」

(体温高いなぁ)


ひどく動揺しているのもあるとは思うけど

柔らかさなんかは二の次で

一番最初に感じたのは熱。


「……いきなり頭を引き寄せるな。アホっ」

「ヴァレリー待ってたら3日なんて

 あっという間だったから。

 ごめんね」


謝らなくていい、と軽くキスされた。


「さっきのは不意打ちだったからな。

 ノーカウントだっ」

「今のキスも不意打ちだったけど……」

「こ、細かい事を気にするなっ!!」

「さて支配レベルは、と」

「おいっ?! もっと気にしろッッ」


気にするなとか気にしろとか……

女の子の「裏腹」という奴か。


液晶に映る自身の数値に目線を上げてみた。

けども、特に何か変化はない。


「キスが足りないのかな」

「はぁ!? も、物足りないだとっ?!」

「まあ、そうなるかな」


『粘膜接触』というところが重要な筈。

唇同士が軽く触れた程度では足らないか……

無理もない。


「接触面積だけで考えるならやっぱり

 セックスするのが最高効率か」

「セッ…!?」

「ん? どうしたの」


慌ててはだけたドレスを着直して。


「ノブナガ、お前、何を当然の様に

 セ…ごほんっ! 肌を重ねるなどと…」

「必要だから。仕方ないよ」


僕の返事を聞いて、

ヴァレリーの熱が引いていく。

急速に、急激に。


「———は?」

「僕にも野望があるんだ。小さいけど。

 その為に必要な事なら何でもする」


大きな溜息と共にヴァレリーは

僕の上からとっとと退いてベッドに

潜り込んでしまった。


(何か勘に触る事を言ってしまったか)


イデオロギーが違う世界同士の人間なんだ。

無理もない事。


「もう寝る!」

「じゃあ僕も…いたっ」

「五月蝿いアホっ!!

 お前は床にでも寝ておけ!!」


品位の欠片もないお姫様だ…とは

口には出さないでおいた。


これ以上ヴァレリーの機嫌を損ねれば

硬い床で寝るだけでなく、異能無し・・・・

殺し合いの場に立つ事になる。

本の虫で後輩の文化部の女子にも劣る体力の

この僕が、だ。


(何が悪かったのかまるで分からない…)


真紅のカーペットのおかげで

冷たさこそ感じないけど、

ここで寝れば腰と肩がバキバキになるのは

必至だろう。


(と言っても、

 ベッドに戻ればまた蹴落とされるし…)


命令してしまえば全て丸く収まる話。

それでも、ヴァレリーの支配レベルに差し障る。

肩腰バキバキになってでもそれは避けたい。


「おやすみなさい」

「……」


返事は当然ない。

まあ、無理もない。


(取り敢えず異能無しで戦う場合も想定して

 明日は外にでも繰り出すか)





残り2日。



「いたたっ…もう少しゆっくり歩けたりする?」

「っ…これくらいか?」


白いチョーカーをつけたヴァレリーに背負われて

僕たちは闘異城アリーナの外に来た。

食べ物も意外に美味しいし、

文化レベルも現代日本にかなり近しい。


ヴァレリーと同じ

チョーカーをつけた二足歩行のワニ人や

耳の長い少女、腕の4本生えた筋肉男……


そしてやたらに現代日本的な装いの

チョーカーのない人々が

出店や物騒な刃物なんかを並べる店に

入っては出てを繰り返している。


「湿布とかあるかな…」

おのこが一々弱音を口にするな」

「誰のせいだったかな?」

「……私が悪かった。

 だが、あれはお前が悪い。ノブナガ」


あっ、一応自覚はあるらしい。


「何が悪かったのか、そろそろ教えてよ」

「絶対に教えんっ!」

「……」

「別に命じたければ命じれば良い。

 どうあってもお前の方が上なのだから」


この白いチョーカーは

《絶対命令権》という異能が付与されていて

着けている間、権限のある者の命令を

100%実行する。

本人の意思に関係なく。


城下町マーケットを歩く上での安全装置というわけだ。

過去に奴隷武器が反乱を起こした事があるらしく

現在では武器への装着義務がある。


「僕はそんな事しないよ」


支配レベルが確実に下がるだろうし。


「無抵抗な婦女子をベッドに押し倒した

 男の言葉とは思えんな」

「それはお互い様じゃない?」

「……」


沈黙しているが、それは恥じらいから

そうしているわけではない様子だ。


朝、魔法液晶を確認すると支配レベルは

5/100に下がっていた。


恐らく僕への関心が下がったのだ。


「ヴァレリー。

 あそこの武器屋に立ち寄ってくれ」

「武器屋?」


お前がか〜?という半目をされたが構わない。

最初からこの女には期待していないので。


「とんでもない品揃えだな……

 このDX・ニチリントウとやら、

 明らかに人を斬るための武器ではない様だが」

「……僕でも持てる軽いのがいい」

「軽いの、か…」

「そのバーベキュー用の串みたいなの

 置いてくれる?」


戦闘民族なら適当な短剣でも見繕うと

予想していた反面、串や手斧に手裏剣といった

癖のある飛び道具ばかりを取り出されて

ヴァレリーへの認識がまた変わった。


……まあ、言葉にはしないでおこう。


「火薬もあるのか……グラム売りだ」


明らかに無免許の人間が手にしてはいけない

代物を手に出来るという異世界感と

馴染みある単位が出て来た安心感が合体して

僕は少しニヤついてしまった。


「本当に戦う気の様だな」

「他に方法は無いし」


何故かヴァレリーは苛立っている。

後ろからつま先をトントン動かす音が

段々大きくなっているのが証拠だ。


「相手はそんな小細工を容易に潰す様な

 異能を有しているのだぞ?」

「そうかもね」

「かも、ではない。

 確実に・・・持っている!」

「根拠は?」


少し俯いて、それからヴァレリーは口を開いた。


「私がこの忌々しい世界に召喚された時だ。

 金色の仮面を被った巨漢がな……

 数十人いる中から無作為に女を選び、

 その場で犯して・・・みせたのだ」

「ふーん」

「そして金色の仮面は……3人に分裂した。

 確か、今回の異能収穫も豊作……という様な

 事を喋っていた」

「分身・分裂する異能……なるほどね」


数の暴力というのは絶対的だ。

確かに強力。


爆弾を作ろうが暗器で奇襲を掛けようが

分身を盾に出来るだろうし、

立て続けに攻撃されれば暗器を使う間もなく

殺されるだろう。


「まあ、何とかするよ」

「お前はバカだ!! ノブナガ!」

「そうだね」

「っっ…!!」

「……えーと?」


ズカズカと歩み寄って来て

ヴァレリーは僕のシャツの胸倉を掴んだ。

少し身体が宙に浮かんでしまっている。


「———何故私に頼ろうとしない!!!」


ヴァレリーは羽織っている学ランの

第二ボタンを強く握り締めた。


露出の多いドレスでは出歩けまい!と

言い出しそうなお姫様の為に僕が先んじて

羽織らせておいた。


支配レベルが下がる可能性があ……


「———私と貴様は運命共同体なのだろう!!」

「そんなのは只の言葉だよ。

 何の意味もない」


どんな上下関係だろうと

僕とヴァレリーは昨日見知った他人同士だ。

年に一回会えば良い方の遠い親戚みたいな。


近況なんかは話し合えても

そんな浅い話しかし合わない関係。

それとほぼ同じだ。


「なら何故私に優しくする?!」

「支配レベルを…」

「貴様はまるで

 魔法液晶を確認していないだろう!!」


痛い所を突くね、ヴァレリー。


「貴様はまるで私に期待していない素振りだが

 なけなしの金で私の食べたいものを

 瞬時に察知して買って来た!!!


 履き慣れないヒールで

 歩く事を心配してくれた!!


 私の羞恥を察知して上着を貸してくれた!!」

「そんなの全部悪足掻きだよ」


限りなく低い確率であっても存在はしている。

涙を流して怒るお姫様が気変わりする可能性は。


「何故私に見返りを求めない!!」

「そんなの要らないよ」


見返りが欲しいからそうしたわけじゃない。

そもそも他人が…


「……他人が見返りなんてくれると考えていない

 のだろう?」

「その通りだよ」

「なら何故だ?」


この世界でも空は青いな。


「僕が死ぬとしても君は多分生きる。


 これから死ぬ人より生きる人に

 リソースを割いた方が建設的でしょ?」

「ふっ…」


ていの良い言い訳だな…

そう彼女は呟いて拳を振り上げた。

結構痛そうだ、と目を瞑る。


……。

…………??


胸元を弄られて、目を開く。

そしてヴァレリーが小瓶をぶら下げて

僕を睨んでいた。


執行人から受け取った小瓶だ。

ずっと懐にしまっていた。


「大方、強力な媚薬や惚れ薬の類いだろう?」

「うん」


女性の快楽神経に作用する強力な薬だとか。

何でも、一滴で身悶えしたまま絶頂が

止まらなく溢れて来る……だったか?


「ノブナガ、貴様は野望の為なら何でも

 すると言っていたな?」

「うん」

「ノブナガ、貴様は私には最初から

 期待していないんだよな?」

「うん」


紛れもない事実———


「ならばこそ、問おう。

 

 ———何故最初に……

    私にこれを使わなかった・・・・・・・・・・・?」


何でだろうな。

それが最適解で、最速手。

彼女に命令出来る僕が何故やらなかったのか。


「僕の好きだった人に君が似てたから」


最初にして最後に惚れた女の子。

性格もまるで違う、まして世界すら違う。

それでも……。


「それを使う事はしたくなかったんだ」


言語化出来ない。

兎に角、嫌だった。


「ふっ……馬鹿な男だ」


ヴァレリーが涙を零して微笑んだ。

それも大粒の。


「馬鹿なくらい……一途が過ぎる」


そして僕は抱き寄せられて、キスされた。


「教えてやろう。

 何故私が昨晩怒ったのか」

「教えて」

「お前は野望の為に勝利を・・・必要とした。

 それが間違っていて、無礼だったから

 私は貴様に怒ったのだ」


よく分からないけど、

無礼で間違っていたらしい。


「お前が野望の為に必要とするべきは……

 この私だ・・・・っ!!!」


なるほどね。

信じろ・・・・、と。


「私を必要としろ! 私を求めろ!

 

 ———ヴァレ・ミアラ=イグナイトを!」


……。

…………。


「君と僕は違う人間だ」

「そうだ」


だから裏切れる。


「君と僕の望みは違う」

「そうだ」


だから他人事でいられる。


「君と僕は考え方が違う」

「そうだ」


だから分かり合えない。


……分かり合えないのに、

どうして君の目はそんなに綺麗なんだ。


「そんな僕を、君が助ける?」

「そうだ」

「どうして」

「さあな」

「……信じられないな」


安心しろ、とヴァレリーが不敵に笑う。


「お前がどうしてそのように曲がった性格に

 なったのかは知らん。


 ……それでも、お前が無意味だという

 お前の優しさを私は信じている。

 ノブナガ」


他人は裏切る、奪う、嘯く。

全部都合よく相手を操る為の嘘だ。


「不安なら命令でもすればいい」

「はぁ……しないよ」


どうせ死ぬ。

これも所詮は悪足掻きだ。

そうでもしないと僕は他人を信じられない。

だから————


「信じさせてよ、ヴァレリー」


やれやれ、と彼女は涙を拭う。


「私を誰だと思っている? ノブナガ」


アツアツだね〜、という武器屋の親父のヤジで

アドレナリンの切れた僕らはとっとと

あの監禁部屋へと戻った。



残り1日。最終日。



僕らが昨晩から互いをり合っている間に、

すっかり夜の城下町は乱痴気騒ぎの最中だ。


「この異能……難しいな」

「《暴君の血濡れた玉座マクベス》……私は好かんな」


無事僕はヴァレリーの異能を手に入れた。

だけど、持ち主に反してかなり高度な運用を

求められる力に大分面食らった。


「ノ……貴様なら勝てる」

「理由は?」

「私がそう信じているからだ」


ヴァレリーはシャンパンを仰いだ。



♣︎



当日。

闘異城、血の間。

歓声と熱狂で城全体が揺れる。


対戦相手は、親友の———ミツナリだった。

同じ世界に召喚され、そして殺し合っている。


『———————ッッッ!!!』

「ノブ、ナガ……?」

「ごめん……ごめんノブ……!!」

「……ミツナリ様っ!」


実況が何か叫んでいる。

ヴァレリーの狼狽える声も。

そして耳元で啜り泣く懐かしい友の声。

その背後の席からはミツナリの武器の少女の

安堵したような声。


「開幕早々に終わらせる……

 それで、良いのです。

 ミツナリ様……お辛いでしょうが」

「妹の為なんだ……

 また、お前に……ごめん、ごめんなっ……」


決闘開始と共にミツナリが視界から消えた。


そして気付いた時には

親友に腹を3度刺されていた。

間違い無く致命傷。


もう意識もほとんどないし、

目も霞んで音もあまり聞こえない。


だから———僕の勝ちだ。

ただ、心の中で呟く。


《暴君の血濡れた玉座》!


「———別に謝らなくていいよ」

「えっ……? あっ、へ……?!」

「はぁ……心配させるな」

「!? ミツナリ様っっ!!!」


『これは一体……どういう事だッッッ?!

 ミツナリとノブナガの立ち位置と傷が

 入れ替わってしまっている・・・・・・・・・・・・ッッッ!!!』


僕はミツナリの剣を取り上げて、

そしてかつての親友の首を切りつけた。


「……がっ、ごぶっ」


血飛沫で制服が汚れていく。


「これで借り・・は返した。

 じゃあな、ミツナリ」

「ミツナリ様っ———!!!」


ミツナリは僕の言葉が届いたからか

少し笑って、そして倒れて死んだ。


今日一番の大歓声と大熱狂。

実況の雄叫びが喧しく響いた。


「電光石火の試合を勝ち抜いたのは……

 ダークホース・ノブナガだ〜〜〜ッッ!!」


———勝ったものが勝者。

———奪った者が勝者。

———殺した者が勝者。


勝利の実感を、握り締める。


この当たり前のルールを

全世界に強制させる・・・・・・・・・

それが僕の、小さな。


———奴隷戦士ノブナガの小さな野望だ。


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