第2話 ミランダ王女


 最初は偶然だったと思う。

 頭に葉っぱをつけたちびっ子が、茂みをかき分けて出てきたんだ。びっくりしたように見上げられた時は、笑い出しそうになって苦労したよ!

 それが、何度もくるようになって、しきりに話しかけられて、これは気に入られたらしいと気が付いた。

 ふわふわした格好のちびっ子が、ミランダ王女殿下ってこともな!


 勉強がつまらない、あの料理は嫌いだ、本当はもっとお菓子を食べたい。

 そんなかわいい愚痴だけなら、いいんだよ。

 成長してお年頃になってきたあたりから、だんだんきな臭くなってきた。


 あのドレスのデザインは本当は嫌いだとか、晩餐会の空気が重すぎて美味しく感じなかったとか、そういう話から始まって、どこそこの令嬢は意地が悪いとか、馴れ馴れしくて嫌だとか、あの令嬢と仲良くなりないのにうまくいかないとか。

 そういう話になってしまうのも、お袋の仕事仲間たちがよくしていた話と近いから、まだ聞き流せる。

 だがな。


「公爵の息子だからって何なの? 自分の才能で爵位をもらったわけではないのに! 父親が公爵なだけで、本人は全然雑魚じゃない! もうちょっと知識を増やしてから自慢しに来なさいよ!」


 ……ああ、ミランダ姫様が今日も荒ぶっている。

 あのな、その公爵家のお坊ちゃんは姫様が好きなんだよ。姫様に「それは素敵ですね」なんて言われてみたいんだ。

 だから必死に勉強しているし、緊張しながら面会に来る。

 それを姫様は……まあ、姫様の周囲には極上の人材が揃っている。物足りなく感じるんだろう。同年代の男はガキに見えるというしな。


「それにね、あの人ったら『流行りだと聞いたから髪を伸ばしてみました』なんて言うのよ! 似合っていないのに。あの人の顔立ちなら短い方が似合うのに。流行りに振り回されすぎよ! ……確かに、男の人の長い髪は素敵だなって思うけど……」


 ……ん? 姫様の顔が赤くなったな。

 もしかして恥じらっているのか?

 最近はめっきり美人になったのに、好き嫌いの激しさは昔のままというか、感性はお子様のままだなぁと思ったんだが。ちゃんと成長しているようだ。

 その顔、お偉いお坊ちゃん方に見せてやれよ。絶対に王家への忠誠心が燃え上がるぞ!


 しかし、お貴族様の間では長髪が流行っているのか。

 そういえば最近は髪を長めにしている男が増えた気がする。おかげで、俺の長髪が目立たなくていい。

 俺の髪も長いが、これは切れないんだ。

 元上官の王弟殿下との賭けに負けて、伸ばせと命じられているから。

 くそっ。

 あのおっさん、尊い身分のくせに酒が強すぎるんだよ! 飲み勝ったからと言って「髪を伸ばせ」なんて普通言うか?!

 邪魔なんだよ!

 異国の血が入っているようで、俺の髪は黒い。嫌いじゃないが、長いとますます黒い色が悪目立ちしてしまう。そう何度も言っているのに、あのおっさんは「飲み勝ったら切ってもいい」と言いやがる。

 無理に決まっているだろ!

 これだから王族は嫌なんだよっ!


 ——おっと、少し熱くなりすぎたな。過度に熱くなるとさすがに表情に出てしまう。それは衛兵として失格だ。

 今の俺は壁だ。石だ。城に飾られている古い甲冑のようなものだ。

 何の反応も示してはいけないし、うっかり姫様に同情を示してもいけない。頷くなんてもってのほか。


 ……まあ、目くらいなら動かしてもいいよな?

 周囲をしっかり確認してから、俺はそっと下を見た。地面にしゃがみ込むように、姫様がいる。

 でも俺の視線を敏感に察知したようで、パッと顔を上げた。


「お前の黒い髪は、とてもきれいだと思うわよ!」


 姫様の目はキラキラと輝いている。

 衛兵の髪を褒めて何が楽しいんだ?

 まだ二十代とはいえ、俺は姫様が毛嫌いするクラビス侯爵に年齢が近いんだぞ? 気持ち悪くないのか?

 目しか動かさない衛兵なんて、石像くらいに思ってるんだろうけどな。

 というかだな、酒までバカ強いあのおっさんを説得してくれ。俺は流行の最先端にいたいわけじゃねぇんだ。髪を切ってさっぱりしたいだけなんだよ……。

 俺がこっそりため息をついたことに気付いたのか、姫様は立ち上がった。


「ねえ、お前はどこに住んでいるの? 兵舎? 王都のどこかに家を持っているの? 英雄だって聞いているから、クラビス侯爵みたいに郊外に屋敷を持っているのかしら」


 ……そんな大層なもんはねぇなぁ。

 まあ一応、屋敷は持っている。王弟殿下に騙されて押し付けられた。管理費だけで衛兵の給金のほとんどが飛んでいく面倒クセェ代物だったよ!

 あれを手放せたら、金がもっと貯まるんだがなぁ……。

 この国で命を狙われるなら、外国に逃げるという手がある。そのためにはまずは元手になる金が必要で、俺は真面目に衛兵のお役目を果たさねばならない。

 だから姫様、愚痴なら聞いてやるから、そんなに熱心に話しかけてくるのはやめてくれ。

 誰かに見られたらと思うと、気が休まらねぇんだ。


「さて、今日はもう戻るわね。明日は舞踏会だから準備が忙しいのよ」


 そうか、じゃあさっさと戻ってくれ。まだ姫様を探し回っている侍女さんたちを安心させてやれよ。


「それで……その、お前は明日の夜もここにいるんでしょう?」


 ……その通りだが、なぜそんなことを知ってるんだ?

 護衛の誰かから聞いたのか、王弟殿下が面白がって教えているのか。王女特権で軍の本部に出入りしている可能性もある。

 その全てなんだろうな。とんでもない姫様だよ。

 だが、あれだ。

 明日の舞踏会、頑張れよ。

 嫌なことがあったら、話だけなら聞いてやるから。


「おやすみなさい!」


 姫様は軽い足取りで去っていく。すぐに姿は見えなくなったが、途中で侍女さんたちに見つかったようだ。茂みの向こうが騒がしくなった。

 やれやれ、世話が焼ける姫様だ。

 まあ……元気になったんならよかった、かな。

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