三人分の朝食
江藤ぴりか
三人分の朝食
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前作「第三の席」の怪異視点です。
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ママが、きづいてくれた。
ぼくは、ここにいるよ。
ママとパパが「しんこんりょこー」のときに、ぼくはずっとここにいるんだ。
ここは、あたたかくて、きもちいい。
ぼくが おさらを つかっても おこらない。
おかあさんは ぼくに「なにもするな、じっとしてろ」っていってた。ママとパパはちがう。
おりょうりをしても、ぼくのおはしをおいても おこらない。
小さな影は、ママのようすをかんさつしています。
おかあさんとは、仲がわるかったみたいです。
このあいだも、こういっていたよ。
「
ほら。パパもぼくに「いていい」っていってる。
ピーピー。
おさらあらうとこに ちょっとだけあらった おさらを いれると、きれいにしてくれるんだ。
ぼくはママのこともパパのことも、みてるから しっているんだ。
「今日はまだお昼なんて食べてないのに」
あ、ママ。ごめんなさい。ママのとしらずに たべちゃった。
かえでママは、ふしぎそうな顔をしています。
ママは小さな影に目をくれず、首をかしげました。
「
ママ、ちがうの。ぼくが おなかすいて たべちゃった。
小さな影は、心配そうにママのまわりをウロウロ。それでもママは小さな影に気づくことはありません。
二十時すぎ。
りんやパパが かえってきました。
「ただいまー」
パパはつかれた顔で玄関にカバンをほうり投げます。
「おかえり。昨日の夜、私の冷凍チャーハン、食べたでしょ? そのせいでお昼食べれなかったんだからね」
りんやパパの目の下にはクマがあり、眠たそうです。
「いいや? おれは知らないぞ。楓が寝ぼけて夜食に食べちゃったんじゃないの?」
パパ、ちがうの。ぼくがわるいの。ぼくがママのごはん、たべちゃって。それで、えっと、ごめんなさい。
そう言って、ふたりの周りをウロウロするけれど、気づきません。
小さな影は、ふたりのあいだを行ったり来たりします。
ふたりは影を無視して、晩ご飯のよういをはじめました。
かえでママがスマホを操作して、きょうの晩ご飯の共を再生します。
『僕はこの世界で、やるべきことがある!』
『わたくしも勇者様についていきますわ!』
小さな影はアニメに夢中です。
すごいな、いいな。
ぼくも せかいを すくう たびに でたいな。
おかあさんとおわかれして、ママにであってから とおくに おでかけしてないな。
いいな。ぼくも みんなで おでかけしたいよ。
スーパーじゃなくって、ひざしのつよい うみとか、こかげがすずしい やまとか。
「……なぁ、いつからドラマでもなく、映画でもなく、アニメを観るようになったんだっけ?」
「いつからかしらね。観たかったんじゃないの、アニメ」
「いいや?」
ぼくがママのスマホで ついかしたんだ。でも、おこらない。こうして、いっしょにみてくれてる。
『それは、わたくしの洗濯物ですわー!』
「ふふっ、くくっ」
小さな影は、笑いました。
ご飯を食べおわると、もう二十一時十分。たいへんです。
小さな影のおしごとの時間です。
パタパタと玄関に駆けて、冷たい金属をスライドさせます。
ドアのチェーンをかけないと。
これはぼくの しごとだからね。よなかに わるいひとが こないように ちゃんとしなくちゃ。
――カシャン。
いつものころに、小さな影はおしごとをしました。
ふたりはまだアニメを観ています。
「いつも思うんだけど、この時間になると施錠される気がするね」
「そうだな。鍵だけでも十分だけど、チェーンもしたほうが安心だしな」
ほらね。ママもパパも こまってないよ。
ママもうなずいていました。
アニメもひとくぎりのところで、ママはテレビとの接続を切って、スクリーンセーバー画面になりました。どうやら、食べ終わった食器のあとかたづけをするようです。
「……あれ?」
あの子用のおはしが目にとまりました。
見覚えのないおはしをじっと見つめ、考え込んでいます。
「病院に相談しようかしら……」
そうつぶやいたと同時に、テレビの電源がきえました。
二十二時のあの子のおしごとです。
朝になりました。
小さな影はふたりより早起きさんです。
スズメさんがないてる。おかお あらって、はを みがこう。
ふつうの せいかつが できている。すごいことだ。
おとうさんにも ぶたれないし、パパはやさしい。
パパのコップのとなりに ぼくの コップがあるよ。
はぶらしに はみがきこ。からくて ちょっと にがてなんだ。でも、なかよく つかっているって とっても しあわせだね。
ふたりの じゃまに ならないように はやおきして きれいにするの。せいけつに、せいけつに。
パパとママが起き出して、洗面台にやってきました。
りんやパパはふしぎそうな顔をしています。
小さな影のコップがぬれています。
あ、パパがくつを みがいてる。
おとうさんは おかあさんにやってもらっていたなぁ。こういうの、おとこのひとも するんだね。
パパは見なれない靴を発見しました。
「新しい靴でも買ったのか?」
どうやらママの靴だと思っているようです。
それね、おとうさんが かってくれた ぼくの おきにいりだよ。
パチンコで もうけて きげんが よかったんだ。
リビングの方でかえでママの声がします。
「いっつも、もうひとつあるはずって思っちゃうんだよね……」
ハンガー片手にママはウロウロ。
あの子はそのようすに、くすくす。
きょうはね、ぼくの せんたくものは ないんだよ。
くさくないから きてていいって おかあさんもいってたよ。
ふたりは洗濯物を乾かしているあいだに、お買い物へ出かけました。
小さな影は、きょうはお留守番です。
「きょうは おるすばんの れんしゅうだから、おうちで すごそう」
きっと、ふたりもデートがしたいよね。
おかあさんも、おとうさんが かえってこないひは かれしとデートしていたよ。
そうだ。ここにきてから しあわせだよって つたえなきゃ。
またしっぱい してしまわないように、がっこうで ならった じで つたえよう。
あ、パパのメモちょうだ。
あの子はそばに置いてあったボールペンで、いっしょうけんめい文字を書きました。
『きょうも ふたりは やさしい』
『あしたも いられると いいな』
それはヨレヨレの字で、年のわりにつたない字でした。
ぼくの きもち、つたわるといいな。
パパとママが帰ってきました。
ふたりとも、考え込んだようすで、空気も重苦しそうです。
あれ? デートでケンカしちゃったのかな?
ママはアイロンがけしてるし、パパはおしごとのようい している。
ふたりとも だまったままだ。
どうしよう。ぼく、なにかしちゃったかな?
ふたりの顔をのぞきこんで、あの子は昨日と同じく、行ったり来たり。
ママがあの子のメモを見つけて、声をあげました。
「きゃっ」
パパもかけつけてきます。
「ゴキブリか?」
「ち、ちがっ……! メモ、ちょ……見て……」
やっと、きづいてくれた。
ぼくね、どならない しあわせな ひとと くらせて しあわせなんだ。
ごはんも くれて、みなりも きれいに できて しあわせ。
しあわせ、しあわせ、しあわせ、しあわせ……。
小さな影の感情が高ぶると、部屋の空気が冷えました。
「もうやだぁ、倫也ぁ! ここに住みたくない!」
ママが叫び、パパが抱きしめます。
「……落ち着けって。今日は晩御飯は置いといて寝よう。寝れば怖い思いなんて忘れるさ」
ふたりはなかよし。
ぼくも しあわせ。みんな、しあわせ。
寝室からはしばらくの間、ママのすすり泣く声が聞こえました。
やがて寝息が聞こえ、あの子は寝室の前に立ちます。
ママ、ごめんね。
であったころ、ママのおなかのこに とられちゃうかもって、ぼくが てをかざしたの。そしたら、そのこはママからきえて なくなっちゃった。
そのせいで ないているんだよね?
あやまらないと。
――コンコンコン。
小さな影が寝室のドアをノックします。
パパ、おきてるの? ママのこと、あいしているもんね。
パパにもきいてほしい。ドアをあけて。おねがい、ぼくの はなしを きいて。
小さかった影は、ゆっくりとドアのすきまから伸びていきます。
しかし、反応はありません。
……ああ。やっぱりおこっているよね。きょうは、あきらめよう。
伸びた影が小さくなり、あの子が寝室の前から去ると、
「ぼく、もっと いいこにするからね」
あたらしい朝がきました。
パパとママは顔を見合わせ、同時に口をひらきました。
「……三人で暮らしていた気がする」
ママが言葉をつづけます。
「コップが多いのも、お箸が増えているのも、ハンガーが余るのも」
パパもハッとした顔で続けます。
「使い込まれた靴も、メモも」
やがて晴れやかな顔で、ふたりは朝食の準備をはじめました。
わぁ。パパもママも、もうなかよしなんだね!
食卓には三人分の朝食。あの子の席も用意されています。
玄関にはパパとママの靴の他にあの子の靴も用意されています。
小さな影はあの晩以降、深夜に三回ノックするようになりました。
そのうち扉が開かれ、受け入れてくれるのを待つように。
三人分の朝食 江藤ぴりか @pirika2525
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