君が教えてくれた、世界で一番優しいエラー
凛冬の夜警
雨音(あまおと)のアルゴリズム
鉛色の空から降り注ぐ雨が、オフィスビルの冷たいガラスカーテンウォールを叩きつけ、滑らかな表面を歪ませながら滑り落ち、いくつもの急流となっていく。空気は湿った埃と、都市特有の疲弊した匂いで充満していた。屋上の風は強く、冷たい雨の糸を巻き込み、無秩序に吹き付けては顔を打ち、ひりひりと痛ませた。
僕は給水塔の下、かろうじて雨風を凌げるコンクリートの軒下に寄りかかっていた。スーツの上着はずぶ濡れで、重く肩にのしかかり、シャツは不快に肌に張り付いている。手にした数枚のA4用紙は雨を吸ってふやけ、端が丸まり、そこに記された無数の文字や図表、そして赤ペンで乱暴に引かれた大きなバツ印が滲み、見るも無残なインクの染みと化していた。
「やり直しだ」
部長の声が雨の幕越しに、まだ頭の中でワンワンと響いていた。会議室の空調の単調な送風音や、同僚たちの気まずそうな視線と入り混じりながら。複雑なプロジェクトなんかじゃない、ただのプロモーション案の改善だ。二徹して、膨大なデータを調べ上げ、より的確で、かつ人間味のある切り口を見つけたと自負していた。だが結果はどうだ? 十分のプレゼンに対して返ってきたのは、容赦ない否定だった。「独りよがりだ」「市場をわかっていない」「クライアントが求めているのは、そんな温情あふれるものじゃない」
温情あふれる。その言葉が彼の口から出ると、まるで罪状のように聞こえた。
雨水が髪を伝って目に入り、痛くて渋い。僕は乱暴に顔をぬぐったが、指先は氷のように冷たかった。喉の奥に何かが詰まっていて、飲み込むことも吐き出すこともできない。たぶん、これがいわゆる挫折感であり、さらに深いところにある、自分の滑稽な「こだわり」に対する疑念なのだろう。効率至上主義、データこそが全てのこの場所で、お前のその独り善がりな「真心」に、一体どれほどの価値があるというのか?
雨に洗われて光るコンクリートの床を見つめ、水たまりに映る自分のぼやけた、情けない顔を見ていた時だった。ズボンの裾に、微かに引っ張られる感覚があった。
とても軽く、恐る恐る試すような感触。
僕は視線を落とした。
小さな、ずぶ濡れの影が僕のふくらはぎに張り付いていた。猫だ。とても小さな、掌に乗るくらいのサイズだ。灰と白のまだらな毛は雨に打たれて痩せこけた体にへばりつき、そのせいで頭がひどく大きく、目が異様に丸く見えた。全身を震わせ、細い四肢は自分の体重を支えるのもやっとのようだったが、それでも小さな頭をもたげ、その濡れた琥珀色の瞳で僕を見上げ、そして極めて弱々しく、「ミィ……」と鳴いた。
風雨にかき消されそうなほど細い、今にも切れそうな糸のような声。
それは僕の裾に身を擦り寄せ、少しばかりの冷たい湿り気を残した。その動作はとても軽く、動物的な本能で温もりと庇護を求める甘えを帯びていた。その瞬間、頭の中を渦巻いていた自己否定の雑音が、奇妙なほどピタリと止んだ。世界がミュートされたかのように、ただ激しい雨音と、目の前で震える小さな命だけが残った。
僕はそいつを見つめた。そいつを僕を見つめ返した。琥珀色の瞳に、僕の惨めな姿が映っている。
お前も、雨に降られているのか。
そんな思いが前触れもなく湧き上がった。そしてほぼ同時に、別の、もっとはっきりとした声が、雨に濡れそぼった僕の心のどこかから聞こえてきた。
お前も、捨てられたわけじゃないんだな。
心臓がその細い猫の鳴き声で軽く引っ掻かれたような気がした。痛みはないが、じわりと広がるような酸っぱい感覚。
僕はしゃがみ込んだ。動作はどこかぎこちない。濡れたスラックスが突っ張る。子猫は逃げもせず、さら強く僕の足に身を寄せ、激しく震えていた。手を伸ばし、濡れて冷え切った毛並みに指先で触れる。また「ミィ」と鳴く声には、震えが混じっていた。
どうやって連れて帰ろうか? 乾いたティッシュ一枚すら持っていない。一瞬ためらった後、僕はそっと両手で包み込むようにして持ち上げた。驚くほど軽く、重さを感じさせない。骨が手のひらに当たり、冷たい体は僕の手の中で丸まり、まるで濡れて震える毛糸玉のようだった。
僕はそいつを、まだいくらか乾いていたシャツの内側に入れ、温かい肌に密着させた。そいつは一度身を縮こまらせたが、やがてゆっくりと震えが収まっていった。ただ、薄い生地越しに、微かで持続的な鼓動だけが伝わってくる。
雨は弱まる気配を見せない。僕は懐の、微小な温かさと冷たさが混ざり合った命を抱きかかえ、立ち上がった。もう片方の手には、却下された企画書がくしゃくしゃのまま握られている。僕はそれを見やり、次に懐から目だけを覗かせている子猫を見た。
そして、僕は手を放した。幾多の夜と滑稽なこだわりを乗せた数枚の紙は、風に巻かれ、水浸しの屋上に舞い落ち、すぐに濡れそぼり、沈み、灰色の雨の幕へと消えていった。
「行こう」僕は懐の小さな生き物に、そして自分自身に言い聞かせるように、しわがれた声で言った。「家に帰ろう」
「家」といっても、それはただの賃貸のワンルームだ。狭く、北向きで、一年を通して日当たりは良くない。だが、僕と『
最初のうちは混乱の連続だった。慌ててペットショップへ走り、ミルクや子猫用のフード、小さな食器、柔らかいクッションのベッドを買い揃えた。雨音は衰弱していて哺乳瓶を吸う力さえなく、僕はシリンジで少しずつミルクを流し込まなければならなかった。下痢をすれば、夜中に抱きかかえて救急動物病院のドアを叩いた。ノミがいれば、不器用に薬を塗り、自分の足も虫刺されだらけになった。夜中に鳴くのは空腹か寒さか、あるいはただの不安か。僕はベッドごと枕元へ、手の届く場所へと移した。
同僚の小林が忘れ物を取りに来た時、僕がぬるま湯で雨音の目やにを拭いているのを目撃された。テーブルには『子猫の育て方』や『猫の行動学』が広げられ、床には猫のおもちゃが転がっている。
彼は眉を上げ、呆れたような、からかうような口調で言った。「おいおい、自分以上に世話焼いてるんじゃないか? たかが野良猫一匹に」
僕は雨音をきれいに拭き終えた。こいつは僕の手のひらで気持ちよさそうに喉を鳴らしている。顔も上げずに僕は答えた。「ただの猫だよ」指で雨音の顎の下を軽く掻いてやると、ゴロゴロという音が響いた。「こいつは、空の月を欲しがったりしないからな」
小林は一瞬きょとんとした。そんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。何か言おうとして口を開いたが、結局何も言わず、書類を持って帰っていった。
そう、こいつは空の月なんて欲しがらない。ほんの少しの清潔な食事と、一口の水、暖かい寝床、そして少しの安心できる愛撫があればいい。こいつの世界は小さく、僕一人を入れるだけでいっぱいになってしまう。そして僕の世界もまた、残業続きの深夜や、企画を否定された時の白い目、都市の巨大で息苦しい孤独感に埋め尽くされそうな時、この小さな柔らかい温かさがあるおかげで、それほど空虚で寒々しいものではなくなっていた。
雨音は次第に大きくなり、骨と皮ばかりの哀れな姿から、美しい成猫へと成長した。灰と白の毛並みはふわふわと柔らかく、琥珀色の瞳は陽の光の下で透き通った蜂蜜のようだった。いくつかの決まった習慣もできた。例えば毎朝、決まって食卓に飛び乗り、僕が背を向けて牛乳を注ぐ隙に、鼻先をカップの縁に寄せて少しだけ盗み飲みをする。僕がその都度頭を軽く叩いて「だめだぞ」と言うと、そいつは頭を振って、悪びれもせず得意げな様子でテーブルから飛び降り、自分の皿の分を楽しみに行く。これが僕たちの間の、暗黙の朝のゲームになった。
それから、あの古いソファの窓際の位置が特にお気に入りだった。午後に少しでも薄い日差しが入ってくれば、必ずそこで丸まり、毛むくじゃらの「猫団子」になって泥のように眠る。僕が深夜までコードを書いたり企画書を直したりしていると、モニターの横に座り、尻尾の先をゆらゆらと揺らしながら、時折伸びてくる手で動くマウスカーソルに触れようとする。琥珀色の瞳にスクリーンの青い光を映しながら、静かに付き合ってくれるのだ。
こいつがいることで、僕の生活にも些細な変化が起きたようだった。仕事で失敗しても、以前ほど長く落ち込まなくなった。家で待っている小さな存在がいると知っているからだ。どんなに遅く帰っても、ドアを開ければ必ず玄関の靴箱の上に座っていて、気配を感じて耳を動かし、「ニャッ」と鳴く。「おかえり」と言っているかのように。気分のひどく悪い時、抱き上げてその温かく柔らかい毛並みに顔を埋め、大きな喉の音を聞いていると、イライラやプレッシャーが不思議と撫でつけられていくのを感じた。
相変わらず企画には頭を悩ませ、上司には叱られ、疲労と迷いを感じる日々だ。けれど、ふと足元を見れば、僕を見上げる純粋な琥珀色の瞳があり、指先がその温かく柔らかい体に触れ、満足げな喉の音を聞くたびに、少なくともこの瞬間、この小さな空間の中では、すべてが安穏で、必要とされているのだと感じられた。
「甘やかしすぎだよ」たまに来る友人は、雨音が当然のようにソファの一等席を占領したり、食卓に乗ったり(もう牛乳は盗まないが、僕の食事を横で見るのが好きなのだ)するのを見てそう言う。
僕はただ笑って、雨音の毛を撫でる。「ただの猫だからさ」
そいつは頭を僕の手のひらに擦り付ける。
そう、ただの猫だ。人間の悩みなんて理解しないし、KPIも住宅ローンも関心がない。ただその全生命をかけて僕を信頼し、寄り添ってくれている。その単純な信頼と陪伴は、僕にとってどんな複雑な慰めよりも貴重だった。僕たちは互いを必要とし、この巨大で時に冷淡な都市の中に、二人だけの小さな避難所を築いていた。窓の外をゆっくりと巡る四季のように、こんな日々がずっと続いていくのだと、僕は思っていた。
あの朝が来るまでは。
それは、ごく普通の春の朝だった。日差しはいつもより明るく、あまりきれいとは言えない窓ガラスを通して、フローリングの床に明るい光の斑点を落としていた。空気中の細かな塵が光の柱の中で踊っている。僕はいつものように起き、顔を洗い、キッチンで朝食の準備を始めた。牛乳がグラスに注がれる親しみのある音。トースターが「チン」と鳴って、こんがり焼けたパンを弾き出す。
僕はカップと皿を持って食卓へ向かった。
足が止まった。
食卓の横に、あの見慣れた姿がない。いつものように座って待つ姿も、見上げてくる顔も、朝の光の中でとりわけ澄んで見えるあの琥珀色の瞳も。
「雨音?」と呼んでみた。
返事はない。アパートの中は静かで、窓の外から遠く聞こえる、ぼんやりとした都市の環境音だけが響く。
胸の中に極めて微かな不安がよぎった。水底から浮かび上がる小さな泡のように、水面に届く前に弾けて消えるような不安。たぶん寝坊でもしているのだろう。僕は朝食を置き、そいつが一番好きなソファの隅へ向かった。
そこにいた。日差しの届かないソファの背もたれの影で、丸まっていた。僕の足音を聞いて頭を上げたが、一瞥しただけで、またゆっくりと伏せてしまった。動作がどこか緩慢だ。
「どうした? 調子悪いのか?」近づいてしゃがみ込み、撫でようとした。
いつものように自分から擦り寄ってくることはなく、ただ背中に僕の手が置かれるに任せている。毛の手触りが……少し乾いている? いつものようなふわふわした柔らかさがない。優しく撫でると、ゴロゴロとも言えないような、微かな音を漏らした。
「元気ないな」心配になってくる。「昨日の夜、よく眠れなかったのか?」
そいつはただ目を閉じるだけだった。
その日、雨音は一日中ぐったりとしていた。餌もほとんど食べず、水もあまり飲まない。大半の時間をあの影の中で眠って過ごし、名前を呼んでも反応が鈍い。膝に乗せても、しばらくすると自分から降りて、またあの隅へ戻ってしまう。
おかしい。その異常さは劇的なものではなく、嘔吐もなければ明らかな苦痛の表情もない。ただ、ゆっくりと、静かに色が褪せていくような、夕陽が最後の一点の光と熱を収めていくような感じだった。
僕は休暇を取り、行きつけの動物病院へ連れて行った。
馴染みのある消毒液の匂い。獣医は中年男性で、話し方はいつも穏やかだ。彼は雨音を診察し、聴診器を当て、体温を測り、まぶたや口の中を見た。雨音はとてもおとなしく、ほとんど抵抗せず、時折弱々しい声を上げるだけだった。
検査時間は長くはなかったが、結果を待つその瞬間、診察室の冷たいプラスチックの椅子に座り、医師の落ち着いた横顔を見ていると、心拍数が妙に上がり、掌に汗が滲んだ。雨音は持ってきたキャリーバッグの中で丸まり、メッシュ越しに静かに外を見ていた。
医師は聴診器を置き、僕の方を向いて眼鏡の位置を直した。
「猫ちゃんも高齢ですから」彼は口を開いた。声は相変わらず平坦なトーンだった。「臓器の機能が全体的に衰えています。どこが主要な問題かを知るには詳しい検査が必要ですが……現状を見る限り、自然な老化の過程です」
彼は言葉を切り、キャリーバッグの中の琥珀色の瞳を見つめた。その目には職業的な、しかし冷淡ではない温かさがあった。「猫の一生は、人間よりもずっと短いんですよ」
『猫の一生は、人間よりもずっと短いんですよ』
その言葉は、静かな湖面に投げ込まれた小石のようだった。波紋は激しくはないが、一重、また一重と広がり、音もなく空間全体を浸していった。診察室の白い壁も、ステンレスの器具の冷たい光も、医師の静かな表情も、その言葉の後ではどこか遠く、非現実的なものになった。
僕は口を開いたが、喉が引きつってすぐに声が出なかった。視線はバッグの中の雨音に落ちる。そいつは僕の視線を感じたのか、静かに見つめ返してきた。琥珀色の瞳には、診察室の天井灯の小さなぼやけた光点と、僕の狼狽した顔が映っていた。
「老化……過程?」僕の声は乾いていて、まるで遠くから漂ってきたようだった。「でも、まだ……僕のところに来てから、そんなに……」
十二年。本当はもう、十二年が経っていた。
医師は軽くため息をついた。「猫にとっては、大往生と言える年齢ですよ。よく世話をして、残された時間を快適に過ごさせてあげてください。おそらく……もうこの期間が、その時でしょう」
残された時間。その時。
僕は機械的に頷き、キャリーバッグを抱え、処方された栄養サプリメントと痛み止めの薬を持って、動物病院を出た。外は日差しが良く、暖かく体に降り注いでいた。通りは車が行き交い、人々は足早に歩いている。すべてが来る時と同じように喧騒に満ち、活力に溢れていた。
だが、僕の腕の中には、静かに失われつつある小さな命があった。「猫の一生は、人間よりもずっと短い」という言葉が、耳元で繰り返し響いていた。猫の寿命に限りがあることなんて知っていたはずだ。だが、その抽象的な「猫」という概念が、具体的に、有無を言わせず雨音の身に降りかかり、その静かな呼吸や、少しパサついた毛並み、そして清らかだが薄い霧がかかったような瞳に重なった時、鈍く重い、見知らぬ痛みが初めて胸を襲った。
「最後の一回」という感覚は、本当に別れるその瞬間に突然降ってくるものではないのだ。それはもっと前から始まっていた。朝、食卓に飛び乗って牛乳を盗み飲まなくなった時からか? 影の中でうたた寝する時間が増えた時からか? それとももっと前、ソファに飛び乗る時、若い頃のように軽やかではなく、一瞬ためらうようになったあの時からか?
わからない。完全に思い出せないのだ。いつが最後の軽やかなジャンプだったのか、最後の力強いゴロゴロ音だったのか、最後に頭を強く手に押し付けてきたのはいつだったのか。それらの瞬間は、当時は平凡な日常のありふれた一コマとして、当然のように見過ごされ、「明日も続く」という錯覚の中に埋もれていた。
すべての「最後の一回」は、思い出の中にしか鮮明に残らないのだと、その時知った。
アパートに戻り、雨音をバッグから出して、一番好きなソファのクッションに乗せた。そいつはゆっくりと日当たりのある窓際へ歩いて行き、今回は丸まらずに横たわり、腹部をわずかに上下させた。日差しが灰と白の毛並みを淡い金色に縁取っていたが、そいつは光そのものよりもずっと脆く見えた。
僕は隣にしゃがみ込み、手を背中の上で止めた。触れるのが怖かった。邪魔をするのも、何かを……壊してしまうのも怖かった。結局、指先はそっと背骨の上に落ち、毛並みに沿って、一度、また一度とゆっくり梳かした。
目は開かなかったが、喉の奥から極めて微かな、ほとんど聞こえないほどのゴロゴロという音が漏れた。短く、今にも途切れそうな音。
その日の午後、僕は珍しくパソコンを開いて仕事をすることをしなかった。ただ床に座り、ソファに背をもたれ、手元に雨音を感じていた。僕たちの間には掌一つ分の距離があり、普段より少し高い体温と、微弱だが続いている命のリズムを感じることができた。日差しは床の上を移動し、眩しい光から柔らかな黄金色へ、そして長く伸びた薄紫色の影へと変わっていった。窓外の喧騒は次第に沈殿し、夜のネオンの光と影に入れ替わった。
僕は何も考えず、同時に多くのことを考えていた。屋上から連れ帰ったあの雨の夜のこと、初めて震えながら猫砂を使うのを覚えたこと、牛乳泥棒が見つかって無実を装ったあの目、数え切れない深夜、モニターの横で寄り添ってくれた静かな時間。それらの場面が、一コマ一コマ鮮明に、あるいはあいまいに過ぎ去っていく。当時はただ、ありふれたことだと思っていたのに。
それからの日々、時間は速度を落としたようで、同時に加速して過ぎ去っていくようだった。矛盾した感覚が常に僕を引き裂いていた。僕は長期休暇を取り、できる限り家にいた。雨音の状態は良かったり悪かったりした。良い時は栄養ペーストを少し多く食べ、ゆっくりとベランダの窓辺まで歩いて外を眺めたり、僕が猫じゃらしを軽く振ると目で追ったりした(もう飛びかかることはなかったが)。悪い時は一日中昏睡し、食事も極端に少なく、歩くのもふらついた。
僕は注射器でサプリメントを与えることを覚えた。慎重に、恐る恐る。雨音はとてもおとなしく、ほとんど抵抗せずに、ただ琥珀色の瞳で静かに僕を見つめ、時折小さく鳴いて、不器用な僕を慰めているようだった。鳴き声は日に日に小さく、短くなっていった。
僕は以前なら考えもしなかったことをし始めた。例えば、日向ぼっこをしている姿を、ただのシルエットでもカメラに収めること。例えば、昔撮った写真や動画を掘り起こし、散らばった断片をつなぎ合わせて、その短い一生の軌跡をたどること。簡単な日記さえつけ始めた。毎日ではないが、特別に静かな瞬間に、今日何を食べたか、どれくらい寝たか、ベランダに行ったかを記録した。
自分が何かを必死に掴み取ろうとしているのはわかっていたが、指の間を滑り落ちていくのは、音のない時間だけだった。
また、黄昏が来た。夕陽が部屋全体を暖かいオレンジ色に染めている。今日の雨音は少し気分が良さそうで、水を飲み、自分から僕の手に頭を擦り付けてきた。僕は膝に乗せた。その軽さに心臓が縮む思いがした。僕たちはそうして、次第に暗くなる光の中に座っていた。窓の外からは帰宅する車の音、遠くのビルには明かりが灯り始めていた。
見下ろすと、雨音は目を細め、この静けさを楽しんでいるようだった。僕はふと、ずっと昔、残業を終えた深夜にこうして抱きかかえ、仕事の愚痴や生活のプレッシャーを聞かせたことを思い出した。言葉なんてわかるはずもないのに、顎に頭突きをして、爆音のようなゴロゴロ音を返してくれた。
「雨音」僕は低い声で言った。静かな部屋にその声は際立って響いた。「ありがとう」
あの雨の日に現れてくれてありがとう。この数年、そばにいてくれてありがとう。その短い一生を使って、僕に教えてくれてありがとう……たぶん一生かかってもマスターできないかもしれないけれど、理解しようと努力している、あることについて。
聞こえたのか、聞こえなかったのか。そいつは少し姿勢を変え、より強く僕に密着し、喉の奥から長い、満足げな溜息のようなゴロゴロ音を漏らした。
そして、ゆっくりと、完全に目を閉じた。体の重みが、完全に、柔らかく僕の懐に預けられた。ゴロゴロ音が止まった。腹部の微かな起伏も、止まった。
夕陽の最後の一筋の金色の光が、その体から離れ、壁に吸い込まれた。部屋は優しい薄暗さに包まれた。
僕は動かなかった。抱きしめた姿勢のまま、ただ座っていた。頬を冷たいものが伝い落ちた。窓の外では、都市の夜が本格的に訪れ、いつも通り煌びやかな明かりが灯っていた。
雨音の命は、このありふれた黄昏に止まった。ドラマチックな抵抗も、苦痛の呻きもなく、僕の人生に音もなく現れた時のように、音もなく去っていった。あまりに静かで、ただ別の、もっと深くて長い眠りに落ちただけのようだった。
僕は次第に温度を失っていく体を抱き、長い長い時間を過ごした。足が痺れるまで、夜の闇が部屋を完全に飲み込むまで。頭の中は空っぽで、同時に重かった。ずっと頭上にぶら下がっていた「喪失」という名の靴が、ついに落ちてきたのだ。想像していたような天変地異はなく、ただ果てしない、冷たい静寂が四方八方から押し寄せ、僕と、雨音を失ったこの小さな空間を埋め尽くした。
そうか、これが別れなのか。壮大な儀式ではなく、最も平凡な瞬間に、命が静かにその最後の幕を下ろすこと。そして僕の「最後の一回」も、ついに確かな、二度と変更できない注釈を得た——この薄暗い、僕の腕の中で呼吸を止めた黄昏だ。
それから何年も経ったが、僕はまだこの北向きのアパートに住んでいる。窓の外の景色はあまり変わらないが、向かいに新しいビルが数棟建ち、より高く、ガラス壁はより明るくなった。生活も相変わらず続いている。昇進し、相変わらずコードや企画書と格闘しているが、肩の責任は重くなり、生え際は少し後退した気がする。たまに遊びに来る友人や同僚が「ペットでも飼えば? 賑やかになるよ」と言うと、僕はいつも笑って「そのうちね」と答える。
飼いたくないわけではない。ただ、あんな出会いは二度とないだろうし、あんな風に無条件に互いを必要とした十二年は、もう訪れないだろうと思うのだ。雨音の残した場所は、ずっとそこに空いたまま、静かに歳月の埃を積もらせている。
また深夜残業の日だ。プロジェクトのリリースが迫り、チーム全員が張り詰めている。僕は提出された最後の企画書群をチェックしていた。暗闇の中でスクリーンの光が目に刺さる。オフィスにはキーボードを叩く単調な音と、空調の微かな風音だけが響いている。
「先輩、この企画……ちょっと変わってますね」新入りのインターンの
「どこが?」僕は渋る目をこすり、視線を移した。
「このフィードバックのロジックです」陳くんはマウスホイールを回した。「単純なユーザー行動データに基づく線形推薦じゃなくて、中にすごく細かい感情重み付けモデルがネストされてるんです。ユーザーの滞在時間やリターン頻度みたいな直接的じゃない指標を見て、あまりに功利的なプッシュ通知を減衰させて、その代わりに……何ていうか、即時的な利益はないけど長期的な好感度を生むかもしれない『優しい選択肢』を増やしてるんです。例えばこの『スローガイド』とか『静寂同伴』モードとか……」
彼は頭をかき、より正確な言葉を探そうとした。「まるで……ユーザーが必要だと思っているものを必死に押し付けるんじゃなくて、少しスペースを空けて、『必要ない』ことを許しているような。このアルゴリズム、なんというか……抑制が効いてて、思いやりのある匂いがするんですよね。以前の効率最大化を追求するフレームワークとは全然違う。でもテストデータを見ると、ユーザー維持率と満足度が隠微に上昇してるんです」
陳くんは新大陸を発見したかのように興奮し、少し不確かな様子で尋ねた。「この考え方、すごいですね。先輩が追加したんですか? コメントに『
キーボードの上の指が止まった。
スクリーンの光が眼鏡に反射する。ドキュメントがゆっくりとスクロールされ、最後に企画書の末尾で止まった。そこには修正履歴やメモを書くための小さな空白があり、今はただ一行、静かに文字が横たわっていた。
『雨音へ捧ぐ:教えてくれてありがとう。最高のタイミングで出会えなくても、大切にすべきなのは、ありふれた平凡な「今」なんだと』
フォントは僕が愛用しているものだ。タイムスタンプは……数年前、雨音が逝って間もない頃の日付だった。あの頃、僕は狂ったように仕事に没頭していた。そうでもしなければ、あの巨大な空洞に飲み込まれてしまいそうだったからだ。この企画は、たぶんあの混沌とした深夜に無意識に書いたコードの断片で、どういうわけかアーカイブされ、巡り巡ってこの新人の目に留まったのだろう。
オフィスの空調が唸りを上げている。遠くの都市の消えない灯火が、ガラス窓を通してぼんやりとした光の輪を落としている。
陳くんは隣で待っていた。目を輝かせ、その「妙手」への感嘆と答えへの好奇心に満ちている。
僕はその一行を見つめた。何年も、意識して思い出そうとしなかった。あの濡れそぼった屋上、琥珀色の瞳、朝の食卓での待ち姿、午後の日差しの下の毛玉、そして最後に静かに寄り添った黄昏……。光景はとっくに色あせ、記憶の目立たない隅に封印され、薄い埃をかぶっていた。
僕はもう受け入れたと思っていた。出会いは短く、別れは必然で、「
今この瞬間まで。僕に忘れ去られていたその一行の文字が、長い時間を越えて、錆びついてはいるが正確な鍵のように、「カチリ」と音を立てて、僕が固く閉ざしたと思い込んでいた扉を開けたのだ。
最高のタイミングで出会うためじゃない。
別れた後に、「初見」の完璧さを虚しく追憶するためでもない。
出会いそのものが、いつどこであろうと、どんな形であろうと、どれだけ続こうと、それだけですでに全ての意味なのだ。あの平凡で、些細で、時には煩わしさや疲れさえ伴う「今」。共に分け合った食事、寄り添った温もり、無言の陪伴、朝の日差し、午後のうたた寝……それらの一見取るに足らない瞬間がつながり合って、命が与えてくれる最も豊かな贈り物になる。雨音はその短い一生で、それを実践して見せた。「最高の瞬間」を待って現れたわけでも、依存したわけでも、寄り添ったわけでもない。あいつはあの最悪の雨の日に、最も情けない僕のそばに来て、そして、あいつが存在するすべての「今」を使って、僕たちが共にする時間を編み上げてくれたのだ。
別れは運命だ。だが別れの意味は、喪失の痛みを反芻することではなく、かつて僕たちが所有し、しかしその真の尊さに気づいていなかったかもしれない「今」を照らし出すことにあるのかもしれない。思い出の中で「最後の一回」をはっきりと認識できるからこそ、僕たちは、まだ「最後の一回」になっていないこの瞬間が、無限の可能性と温度を秘めていることを知るべきなのだ。
最高の時を待つな。今が、すべての「最高」の起点なのだ。
僕はふと、小さく、長く息を吐いた。胸の奥で長い間固く結ばれ、自分でも気づいていなかった結び目が、静かに解けた気がした。それは諦めではなく、より深い理解、静寂な受容だった。
「先輩?」僕が長く黙っているので、陳くんが不思議そうに呼んだ。
僕は椅子を回し、この若者の生気に満ちた顔を見て、笑った。笑顔は少し複雑だったかもしれないが、間違いなく本物だった。
「古い友人が教えてくれたんだ」僕は言った。声は穏やかで、視線は彼を越えて、窓の外の重たい夜空へ、あるいはもっと遠くへ向けられていた。「そいつが教えてくれたんだよ……最高のアルゴリズムとは、いかに多くを得るかを必死に計算することではなく、適切な時に空白を残し、理由のない優しさを少し与えることだってね」
陳くんはわかったようなわからないような顔をしたが、目はさらに輝き、力強く頷いた。「わかりました! じゃあこの『雨音』案のコアルジック、他のモジュールにも応用してもいいですか? この『優しいアルゴリズム』の考え方、すごく掘り下げる価値があると思います!」
「もちろん」僕は頷き、再びスクリーンに視線を戻した。あの一行の小さなメモはまだそこにあり、静かだが、温度を持っているように見えた。「ただし、『静寂同伴』モードには、条件判定を一つ追加しておいてくれ」
「どんな条件ですか?」
「システムが、ユーザーが長時間滞在し、繰り返し戻ってくるのに明確な目的がないことを検知した時」僕は言葉を切り、指先で無意識にデスクをトントンと叩いた。何か柔らかいものを撫でるように。「……一筋の日差し、あるいは、軽い『ニャー』という声をプッシュしてみてもいいかもしれない」
陳くんは一瞬ぽかんとし、すぐに興奮してメモを取った。「日差しと……猫の声? 了解です! すごく画が浮かびます! すぐ試してみます!」
彼はノートPCを抱え、風のように自分の席に戻ると、すぐに激しいキーボードの打鍵音が聞こえてきた。
オフィスに再び静寂が戻った。空調の音、キーボードの音、そして窓の外の永遠の都市の囁きだけ。僕はメモの書かれたドキュメントを閉じ、新しい未処理ファイルを開いた。スクリーンの光は相変わらず冷たいが、目に映るそれは、もうそれほど刺々しくはなかった。
僕は手元の、すっかり冷め切ったコーヒーを端、一口飲んだ。苦い。だが後味に、隠れた極めて淡い、ほとんど捉えられないほどの甘みがあった。
窓の外の夜空、墨色の深淵に、一つ星が見えた。とても微弱だが、粘り強く光っている。
うん、あしたは、たぶん晴れるだろう。
君が教えてくれた、世界で一番優しいエラー 凛冬の夜警 @Yuan_a
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