パンダ嫁P子との日常
柴田 恭太朗
贈り物将軍
私の妻はパンダに似ている。
結婚前は、たしか人間だったと思う。
だから私は、心の中でひそかに「パンダ嫁のP子」、あるいは単に「P子」と呼んでいる。もちろん口に出したことはないし、出す予定もない。その理由については、あえて説明しなくても伝わるだろう。
これはそんな「パンダ嫁のP子」にまつわるエッセイ。
◇
「ミキちゃんからお届け物が来たよ」
玄関で宅配便を受け取り、そう声をかけた瞬間だった。
パンダ嫁のP子の顔色が、はっきりと変わった。
口はへの字に固く結ばれ、視線は私を越えて虚空をにらみ据えている。
この表情を私は知っている。
合戦前の顔だ。
さっきまで、笹だんごをのんびり
――始まってしまった。
P子の脳内では、今まさに
ツワモノどもの
贈り物将軍の出陣である。
この将軍、仲良しの友人たちと定期的に
名を「贈り物合戦」という。
その流れは、こうだ。
まずお友達――敵将――から贈り物が届く。
将軍はそれを検分し、しばし沈黙する。
脳内では、こんな合議が行われているに違いない。
「これは、やり返さねばならぬ」
「おう。ただ返すだけでは、舐められる」
しばし後、合議は成り、贈り物将軍が軍配をサッと振り下ろす。
ほどなくして、包みがひとつ、いやふたつ用意される。
ひとつは定石のお返し物。
もうひとつが肝心で、「どこで売ってるのか分からない地方の銘菓」や「期間限定の高級ポタージュスープ」、「お洒落な焼菓子」あたりの何れかが追加される。
「私が見つけた気の利いた一品」という名の秘密兵器だ。
決して高価なものではない、相手の意表をつくセンスが問われるのだ。
センスが光る一品を送られた敵将も黙ってはいない。
「あらぁ」とか何とか言いながら、鎧兜に身を固めはじめる。
返す刀で、さらに洗練された一品が加わり、
戦は静かに、しかし確実に激化していく。
贈り物の応酬は細く長く、いつまで経っても終わらない。
私はそのたび、将軍の参謀として駆り出される。
参謀とは聞こえがいいが、要するに調達係だ。
調達係である私は、贈り物将軍の指揮のもと、返礼品の発注に追われる。
アマゾンや楽天はまだいい。
問題は、聞いたこともない地方のネットショップだ。
どこに何を入力したらいいのか、ワケ分からんデザインだから困る。
なお、使われる軍資金は、将軍のものではない。
私のカードである。
情勢を読む参謀としては、明細を思い浮かべて少し胃が痛む。
だが、国家存亡の
贈る一品がイマイチだった場合には、
「これ、あなたが選んだことにしていい?」
などと言われ、突然
ミキちゃんのご主人に会ったとき、私は尋ねた。
「この合戦、何とかならないですかね?」
彼は遠くを見る目で言った。
「将軍同士の戦ですから。我々は邪魔しないよう控えているしかないですよね」
まったくもって、その通りだ。
最近では、荷物を抱えた配達人が呼び鈴を押すたび、
鎧兜のP子が軍配片手に居間の奥から現れ、
「出陣じゃあ、馬引けぇい」
と下知する幻想すら浮かぶようになった。
今日も私は、飛び交う矢玉を避けるようにして、お届け物を運んでいる。
いつ国連に調停をお願いすべきか、タイミングを計りながら。
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