落とし物のイヤフォン
@koi-gatarido
落とし物のイヤフォン
『落とし物のイヤフォン』
放課後の廊下を歩いていたときだった。
足先に、コツン、と何かが当たった。
振り返ると――Bluetoothイヤホンのケースが転がっていた。
中を覗くと、イヤホンは片方しか入っていない。
もう片方を探して廊下を見回すけれど、どこにもない。
そのときだ。
ケースの中のイヤホンから、かすかに音が聞こえた。
思わず耳に近づけてしまう。
「……第3章。彼女は静かにページをめくった――」
音楽じゃない。
誰かが本を朗読している声だった。
透き通った、きれいな女性の声。
聞き入ってしまい、しばらく動けなかった。
…この声。
これは――イヤホンの持ち主の声だ。
Bluetoothが届く距離にいるはずなのに、廊下には誰もいない。
あるのは、放送部のドアだけ。
僕はケースとイヤホンをそっとドアの横に置き、メモを残した。
「とても良かったです。
続きを聞かせてください。
明日また、部活帰りに寄ってみます。」
翌日の放課後。
ドアの横には、昨日と同じ場所にイヤホンケースが置かれていた。
耳に入れると――すぐに朗読が始まる。
「……そして彼は、小さな決意を胸に歩き出した。」
読み終わると、またメモを置いた。
「明日も来ます。」
それから何日か、僕たちの“Bluetoothの届く距離の関係”は続いた。
ある日の放課後。
僕はドアの横に座り、いつものように朗読を聴いていた。
今日の分が終わり、イヤホンを外そうとしたとき――
聞こえてきたのは朗読ではなかった。
「……ドアを開けても、いいですか?」
心臓が跳ねた。
「……もちろんだよ。」
ゆっくりとドアが開き、彼女が姿を見せる。
頬を少し赤くして、僕を見つめながら言った。
「あなたの声……とっても素敵ですね。」
そう言って微笑む彼女の声は、
イヤホン越しに聞いていたときより、ずっと近くて、温かかった。
落とし物のイヤフォン @koi-gatarido
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