第2話 メガ盛りバターコーンラーメン

停電から数十分。

理科準備室の中は、まるで映画のセットみたいに真っ暗で静まり返っている。


「……おなかすいた」


その沈黙を破ったのは、まるこ先生のお腹の音だった。


「……聞こえてた?」


「いや、なんか今の、雷よりでかかったかもしれない……」


「うっさい、ばかりく」


こっそり笑ったのを、見られてないのをいいことにちょっとだけ調子に乗ってみる。

けど、そのときのまるこの顔は怒ってなくて、むしろほんのり赤らんでた。


「先生って……ラーメン好きでしたよね?」


「えっ。なんで知ってんの?」


「こないだ、職員室のゴミ箱に“メガ盛りバターコーン味”のカップ麺の空き容器、3つくらい入ってました。しかも“+チーズトッピング”って書いた手書きメモ付きで」


「……だって、寒かったんだもん!!」


「誰に言い訳してんですか!?」


そう言いながら、僕はふと思い出した。

この部屋、昔、理科の先生が夜勤用に非常食を置いてたって噂があったような——


「先生、棚の上、ちょっと手伝ってくれます?」


「ん? いいけど……よいしょっ」


——ドサドサッ。


「うわっ!? 多すぎっ!」


「やだ……! こんなにあるの……! ラーメン天国じゃない……!!」


出てきたのは、賞味期限が微妙な袋麺、非常用カップ麺、そして、たぶん誰かの私物だったであろう、見たことないパッケージの「トリュフ風味豚骨ラーメン」。


「どれがいい? 一番高そうなのは、譲らないけど」


「ずるいっ!」


笑いながら湯を沸かし、割り箸を割って、二人で座り込んでずずっと麺をすする。


——こんなに静かな夜、こんなに近い距離で、人とラーメン食べたこと、なかったかもしれない。


「先生、いや、まるこ先生って……」


「……“まるこ”でいいわよ」


「えっ」


「どうせここ、二人きりで、誰もいないんでしょ。あんた、ちょっとずつ打ち解けてきてるし。呼び方くらい、砕けてもいいんじゃない?」


「……じゃあ、“まるこ”」


「うん。なんか、悪くないわね。……ちょっとだけ、特別みたいで」


その言葉に、胸が少しくすぐったくなる。

暗闇の中、湯気でぼんやりしたその顔が、やわらかくて、ほんのりあったかい。


「あたしね、怒るのって、苦手なのよ」


「え? えぇぇ!? ウソでしょ!? あんなに怒鳴ってるのに!?」


「だって……怒んないと、誰も話聞かないじゃない。あたしが“普通”にしてたら、ただの“デカくて目立つ先生”で終わるのよ。ナメられて終わり。そう思って、ずっと……壁作ってた」


ラーメンを見つめながら、ぽつり、ぽつりと、まるこが本音をこぼす。


「あたしね……ほんとは、誰かに甘えたかったんだと思う。優しくされたかったの。だけど、大人になるって、それを我慢することなんだって、思ってた」


——あれ、涙出そう。


「じゃあ、僕が……ちょっとくらい、優しくしますよ」


「……りく」


「生徒だからって気にしないでください。僕も、ずっとひとりぼっちで、誰にも本音言えなかったし……。たぶん、似てますよ、僕たち」


そのとき、急にバチッと音がして、部屋の照明がついた。

停電が、ようやく終わったらしい。


明るくなった部屋の中で、まるこの目が、じっと僕を見ていた。

そして、ふっと笑って、こう言った。


「……ありがと。りくのそういうとこ、ちょっと好きになりそう」


ズキュゥゥゥゥンッ……!!


僕の心に、雷が落ちた気がした。

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