二人は浮いている

原田仁江

第1話 鍵のかかった放課後

「……嘘でしょ」


僕、理久(りく)は、理科準備室のドアノブをガチャガチャと回しながら、心底うんざりしていた。

どうしてこんなことになったのか、数分前の記憶を必死に巻き戻す。


掃除当番の途中で理科準備室にホウキを戻しに来たら、なぜかそこに丸子(まるこ)先生がいた。

でっかい声で「あんたまた道具の使い方間違えてるわよッ!」と一喝されて、うっかり入ってしまったこの部屋。


その瞬間、パタン、と背後で扉が閉まった。


そして……今に至る。


「開かないわよ。自動ロックだからね。管理の先生、今日は早退してるし」


重くて低くて、でもなんだかバターみたいにじんわり響くような声。

振り向けば、椅子に腰を下ろしたまるこ先生が、太い腕を組んでじっと僕を見ていた。


先生は、僕の倍くらいありそうな体格で、いつもおばあちゃんみたいな柄のワンピースを着てる。

綺麗なツヤのかかった黒髪のボブヘアに、丸メガネで表情が読めないけど、基本的に「こわい」。

全校生徒、いや職員もたぶん、みんなこの人のことがちょっと苦手だと思ってる。


「え、えっと……まるこ先生、もしかして閉じ込められました?」


「そうね」


「え、え、じゃあこれ、閉じ込められたってことで……?」


「何回言わせるの、アンタ。うるさい」


ズバッと切り捨てられた。心が五枚刃のカミソリでそられたみたいにシュンとした。


でも……変な感じだ。

僕も、先生と同じで「ちょっと浮いてる」立場だ。

親の仕事の関係で転校してきて半年。おとなしめな性格で、目立つのは苦手。

なんかいつの間にか、周りの男子からは「調子乗ってない?」って距離置かれるし、女子からも「あの子空気読めない」って噂されてる。


――だから、先生といると、ちょっと安心する。こっちは「先生に嫌われてない」って、どこかで感じるから。


「……りく、って言ったかしら」


「えっ、はい、そうですけど」


「アンタも、あんまり周りから好かれてないわね」


ぐさっ。


「そ、そんな直球で言わなくても……!」


「でもね、あたしも。似たようなもんよ。毎日、大声出して、怒ってばっかで……

誰かを守るために怒ったつもりでも、結局みんなあたしを“嫌い”でしょ」


言いながら、まるこ先生は少しだけ笑った。

それは、普段の「喝ッ!」の声とは違って、まるで生クリームみたいにふわっと柔らかかった。


「先生、意外と寂しがりなんですね」


「……ふん、うるさい」


でもそのときだった。


ゴロゴロゴロ……ッ!


窓の外で、黒い雲がうねるように空を覆い、雷鳴が落ちた。

しかも、照明が一瞬チカッと点滅して、次の瞬間、部屋の中が真っ暗になった。


「……わわっ、停電っ!?」


「……うそ、マジかいな……」


一瞬の沈黙。


そして、


「きゃあああああああああっ!!」


「せ、先生の悲鳴!?!?!?めっちゃ乙女だった今!!」


「アンタが驚かすからでしょおおおおお!!」


暗闇の中で、先生の太い身体が僕に覆いかぶさるように飛び込んできて、どっすん!と押し倒されてしまった。


「えっ、えっ、先生!? ちょ、重――いや、あったかっ……」


「う、うるさいわね! こ、怖かったんだからねっ!」


……このとき僕は思った。

あれ? 先生ってこんなに……かわいかったっけ?

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