第13話 悪意

診察が終わり、玲子が足を引きずりながら診察室から出てきた。
 


待合室のベンチに座っていた葵と田上が立ち上がる。そこへ佐原玲子の秘書・岡島が慌てて駆けつけてくる。


「先生!大丈夫ですか?」

「ええ、ちょっと捻挫しただけですから」

 岡島に声をかける田上。

「あなたは?」

「え?」


 誰だこの男は?と言わんばかりに不快な表情を浮かべる岡島に警察手帳を見せる田上。

 警察手帳を見た途端、急にオドオドする岡島。

 

 病院の外へ出る一同。夕暮れに染まる歩道を、三人が並んで歩く。


 片足を引きずり、歩きにくそうな玲子。少し離れて、その後ろから岡島がついてくる。


「刑事さんがいらっしゃったことにはビックリしました」
 玲子は皮肉めいた笑みを向ける。



「あまりにタイミングが良すぎますけど……私を尾行でもしてたんですか?」


 その問いは、どこか葵たちを嘲笑うような含みを持たせていた。その問いに葵は答えず、田上が前に出る。


「防犯ビデオを確認しましたが、あなたの背中を押した人物は映っていませんでした」

「そうですか」

「本当に押されたんですか?」

 軽い感じで玲子に聞く田上。玲子は小さく肩を揺らし、曖昧に笑った。

「さあ……もしかしたら、誰かとぶつかっただけかもしれません」

「あなた、アンチも多いですからね」と田上が言う。

「まあ、そうですね」と玲子が返す。


 そこへ数十人の男たちが、玲子さん!と名前を呼びながら駆けつけてくる。玲子の信者たちである。あっという間に佐原信者の群れに囲まれる一同。半分以上が自撮り棒にセットしたスマホで動画を回している。葵と田上は絶句する。


「玲子さん、大丈夫ですか?」

「岡島さんの投稿で、玲子さんが病院に運ばれたっていうから心配で」

「大丈夫ですよ、ありがとう」


 この女は何でも発信のネタにするのか、葵も田上も口には出さないが、同時にそんなことを思った。


 そして、葵はこの異様な光景を見て、吐き気すら覚えていた。無性に湧き上がる嫌悪感。 オタクというのとは少し違う。


 うまく言葉にできないが、長年、社会から虐げられてきたような、そんな報われない過去を背負っていそうな、そんな雰囲気をみんなが纏っていた。


 一方の玲子はまるで、報道陣に囲まれた芸能人のようだ。この状況を楽しんでいるかのように嬉しそうな顔をしていた。信者たちをかき分けて、田上が言う。


「あの、みなさん、すいません、今ちょっと佐原さんと大事な話してるので、ちょっとごめんなさい」

 誰あんた?と信者が声を発する。

「いや、名乗るほどでは…」

「本当に、大丈夫ですから。みなさん、心配しないで」


 玲子のその言葉に、安堵の表情を浮かべる信者たち。ほとんどがパッとしない中年男である。


 葵が一歩踏み込むように口を開いた。


「あの、一つ聞いていいですか?」

 玲子は足を止めた。
「はい」

「週刊東洋の記者さんの名刺を晒したのは……なぜでしょう?」

「え?」

「SNSに名刺の写真を投稿してましたよね?」

「ああ、あれは別に深い意味はないですよ」
 玲子は表情ひとつ変えずに言う。


 田上が後ろを振り返ると信者たちはまだその場にいて、スマホで動画を回し続けている。
「この記者さんから取材されたという事実を呟いただけなので」

 葵の声がわずかに硬くなる。

「その記者さん、車に跳ねられました」

「そうなんですか?」

「今も意識不明の状態が続いてます」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偶像の証明 @h_kawamura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ