第6話 挑発

警視庁捜査二課の会議室。佐原玲子が毅然とした態度で座っている。


 窓はブラインドが閉められ、外からは見えないようになっているが、ブラインドの隙間から少しの光が見えている。

 

 玲子の向かいには田上が座っている。

「怖かったでしょう、さあ、どうぞ」と言って玲子の前にお茶を置く宮下。そのまま玲子の隣に座る。

「私、捜査二課の宮下と言います」

 そう言って名刺を机に置く宮下。玲子が名刺に手を伸ばそうとすると、その名刺を引っ込める宮下。

「すいませぇん、名刺はお渡ししてなくてですね、悪用されたり、晒されたりするリスクもありますので…」

 と宮下は皮肉めいた言い方をした。


「そうですか」

「で、あなたを襲った男に心当たりは?」

「ありません」

「そうですか」

「犯人、捕まったんですか?」

「逃走中に事故死しました」

 と田上が答えた。

「ええ?逮捕できなかったんですか?」

 と嫌味ったらしく反応する玲子。

「ええ。まあ」

 歯切れが悪い返答をする田上。

「じゃあ、どこの誰かもわからないままですか?」

 そこへ土屋が入ってくる。

「身元はわかりましたよ、名前は寺田信彦。住所は東京都板橋区。工場の経営者のようです。車のナンバーから身元がわかりました」

 そう言って田上の隣に座る。

「そうですか」

「ああ、顔写真も入手できましたよ、この男なんですがね」

 そう言って写真を取り出し玲子に見せる土屋。

 その写真の男は、ナイフを手に自分を殺そうとした男で間違いなかった。写真をじっと見ている玲子。玲子の様子を隣で見ている宮下。顔を見合わせる土屋と田上。


「心当たり、あるんですね?」

 と宮下が言った。

 その声でハッと我に返る玲子。

「いえ、知りません。でも、私を襲ったのはこの人で間違いありません」

「そうですか、まぁ調べればどういう人物で、なぜあんな犯行に及んだのかもわかると思いますが」

 と土屋が言った。さらに続ける。


「それにしても佐原先生はすごい人気ですな、フォロワーも十万人超えですか。いやはや、私もそれだけの影響力がほしいものです」

「そんなにいいことばかりじゃありませんよ、中には変な人もいますし」

「この寺田みたいにですか?」

「え?」

「いやね、これだけフォロワーがいれば、支持者だけじゃなくて、アンチも多いんでしょうなあ」

「毎日攻撃されてますよ、特に裏金疑惑を書かれてからは」

「でしょうね」

 そこで何かに気づいたように言葉を発する玲子。

「この寺田という人、私のアンチじゃないですか?」

 土屋がニッコリと笑って

「その可能性もありますな」

「まさか、自分の信者…もとい、支持者があんなことするわけないでしょうしね」

 と、またしても宮下が皮肉めいた言い方をした。

「こらこら、ミヤさん、そんな信者だなんて、先生の前で失礼な……」

 と土屋が言った。

「あ、こりゃどうも、失礼しました」

 頭を下げる宮下に、いいんですよ、と返す玲子。

「あ、そういえば、先生は随分と寄付金も集めてらっしゃるみたいですなぁ。そんなに集まるものですか」

 と土屋が言った。


「集めた寄付金もいろんなところに寄付されてるみたいですが、そのお金ってどういう使われ方をしてるんでしょう?」

 と宮下が言った。

 玲子、ニッコリ微笑んで

「そんな話をしに来たわけではないでしょう?」 そう言って土屋たちを牽制する。

 ニッコリと微笑んではいるが、目は笑っていない。

「いかんいかん、そうでした。これはこれは、大変失礼しました」

 と土屋が言った。


「もういいでしょうか。この後、予定が立て込んでおりますので」

「わかりました。じゃあ今日のところはこれで結構です…。また何かあったらお呼びするかもしれませんが……」

 と土屋が答えた。

「パトカーでお送りしましょう」

 と田上が言った。

「結構です。タクシー拾えますので…」

「そうですかあ、じゃあ、くれぐれもお気をつけて。またアンチに狙われる可能性もありますので」

 と田上が返した。

 会議室を出ていく玲子。


 顔を見合わせる土屋、田上、宮下。

「ミヤさん、どう思うかね?」

「どうって?」

「いや、あの先生の態度さ」

「確かな証拠がない限り、口は割らないでしょうなあ。任意で聴取しても、大した成果は出ないかと」

「ですよねえ」

 と田上が言った。

「口も達者みたいだしな」

 と土屋が言った。

 そこへ坂口がやってくる。

「おう、坂口、どうだった?」

 と土屋が尋ねた。


「猛スピードで照会かけたら、すぐ確認取れました。寺田はどうも、佐原玲子の支持者だったみたいですね」

「なにぃ?」

 と土屋が言った。

「過去に口座から何回かにわけて佐原玲子に送金してます、寄付という名目で」

「いくらだ?」

と宮下が尋ねる。

「現時点で確認が取れたのが二百万とちょっと…」

 

 田上が腕を組んで、呆れたように首を左右に振りながら口を開く。

「それだけの金を恵んでもらってたら、知らないなんてことは絶対ないだろうに、あの女……いやいや、あの先生は一体どういうつもりであんな嘘を…」

「自分の支持者に襲われたなんて知られたら、立場もなくなるからな」

 と宮下が言った。

「それにしても…」

 と、土屋が寺田の写真を拾って言う。


「犬猫野菜から、少しはまともな人間になれたっていうのに、あんな事件起こして、死んでしまったらなんにもならんだろうが」

 

 土屋のこの一言がやけに重く感じられた。

 

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