第5話 襲撃
葵らが振り返るとナイフを振り回してる男がいた。汗でぐしゃぐしゃになった顔をした男は、ぶっ殺してやると何度も叫びながら、玲子に向かって突進する。しかし、取り巻きたちが邪魔で玲子に辿り着けない。玲子も取り巻きたちにしっかりとガードされている。
どよめきとともに一斉に蜘蛛の子を散らすように距離を置き始める聴衆たち。
葵たちは男を取り押さえるために飛び出していくが、男はかなり興奮していて、葵たちを見るとより激しくナイフを振り回す。近寄れる状況ではない。
「警察です!ナイフを捨てなさい!」
と葵が叫んだ。
「やめろ!」
と続けて富樫が恫喝する。
「くるなぁぁぁあ!」
ナイフを振り回し絶叫する男。ふと見ると、玲子は取り巻きたちに守られて、車の陰に隠れてしまう。
その男の顔を見た玲子の脳裏に一瞬で記憶が蘇る。
誰もいないガランとした工場で電話するその男。絶望の表情を浮かべ、顔は汗でびっしょりになっている。
「あの男……」
玲子の心臓の鼓動がさらに早まる。
一方、葵たちに囲まれ、目的を達成できないと悟ったのか、男はその場から逃げ出し、車に乗って逃走する。
「大野、富樫!逃がすな!」
と坂口が叫ぶ。
葵が近くに停めていた覆面パトカーに乗り込む。富樫も慌てて助手席に乗り込む。富樫がドアを閉めるより先に急発信する覆面パトカー。
その様子を見ていた玲子に坂口が近づく。
「大丈夫ですか?」
「……」
◆
男の乗った車は湾岸道路に出て、スピードをぐんぐん上げていた。前を走る車を次々に追い越していく。引き離されないように覆面パトカーが赤色灯を回転させ、けたたましいサイレンを鳴らし、必死に追走する。
「大野、あまり無茶するなよ!」
「わかってます!」
アクセルを目一杯踏み込む葵。前方から出てきた大型トラックをかわして、さらにスピードを上げる逃走車。目の前のトラックを見て悲鳴を上げる富樫。間一髪でトラックをかわす。
「富樫さん、静かにしてください!」
葵も車の運転には自信がある。
かつて、所轄にいた頃、元レーサーの犯人を追跡する際、次々とまかれるパトカーを尻目に最後までくらいつき逮捕したこともあるほど。
しかし、その腕前を富樫は知らない。
助手席で顔を引きつらせて、ことあるごとに悲鳴を発している。
男の車は時々、対向車線にはみだしながら、さらにスピードを上げる。対向車は男の車を避けるためにハンドルを切り、次々とガードレールに衝突していく。
「おい!これ以上ダメだ!一般車両を巻き込む!」
「……」
「ナンバーもわかってる、緊急配備も敷いた。俺たちが必死にならなくても、もうどこにも逃げられない!」
「くっ……」
アクセルを緩める葵。悔しさのあまりハンドルを叩く。
一方、パトカーの追跡を振り切ったことで安心する男。だが、興奮は収まらない。
「くそぉ、あの女、絶対ぶっ殺してやる!」
痛々しいほどに汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔。涙を拭う。目の前の信号は赤だが、逃げることに必死なのだろう。お構いなしに、さらにアクセルを踏み込む。
すると前方左手から直進するトラックが現れる。建物でちょうど死角になっており、トラックが来てることにまったく気づかなかった。
「……!」
一気にブレーキを踏み込み、ハンドルを大きく右にきって、トラックをかわしたまでは良かったが、勢い余って、そのまま車は横転する。
激しく何回転も道路を転がる車。窓ガラスやフロントガラスは粉々に砕け、勢いよく道路を転がっていく。
転がる車の中で、過去に玲子と握手をしたり、一緒に写真を撮ったりした思い出が男の脳裏に蘇る。
そして、男の叫びとともに、車が大きな音を立てて爆発、そこから派手に炎が上がり、あっという間に炎に包まれる。
ようやく追いついた覆面パトカー。パトカーから降りて燃え盛る車に近づく葵と富樫。
炎の勢いが強すぎて、もはやどうすることもできず、ただ見ているだけしかできなかった。
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