第3話 一斉攻撃

週刊東洋の編集部には、電話のベルが絶え間なく鳴り続けていた。


「横田はただいま席を外しております!」

「横田は本日戻りませんが、ご用件は?」

「本人は席を外しておりますので――」


 編集長はデスクの前に立ちながら、その光景を苦々しく見つめていた。電話が終わり、受話器を置くと間髪入れずにまた次の電話が鳴る。

 社員Aが編集長の元へ駆け込んでくる。その間もあちこちで電話が鳴る。

「編集長、ダメです!電話が鳴り止みません!仕事になりませんよ!」

「何なんだ、一体!」

「たぶん佐原玲子の支持者だと思います。裏金報道のことで…ものすごい抗議が来てます!」

 そこへ別の社員が走ってきた。

「問い合わせメールもパンクしてます!今日だけでもう800件もメールがきてます!」

 受付メールの受信音が途切れず増えていく。 編集長の顔が険しくなったその時、社員Aが声を落とした。

「…それに、」

「ん?」

「横田さんの奥さんや子供さんの個人情報までSNSで出回ってます」

「なにぃ……」

 編集長の額に汗が浮かぶ。

 

 ふと、窓の外からいきなり怒声が飛ぶ。その声は拡声器によってものすごい音量で鳴り響いている。一斉に窓を振り返る一同。

 窓の外には大勢のデモ隊がプラカードなどを掲げて次々とヤジを飛ばしている。

「週刊東洋は廃業しろ!」

「横田を出せ!」

 次々と好き勝手に叫ぶデモ隊。顔面蒼白になる一同。

「なんなんだ、こいつら…」

 

       

       ◆

       

       

 一方、横田の妻が働く会社、北の丸生命でも、電話が鳴り響いていた。

その電話はいずれも、横田の妻に代われという威圧的なものだった。


「ですから、横田は本日お休みをいただいております!」

「横田は本日は出社しませんので……いえ、明日もお休みです!」

 対応する社員の声は疲労で途切れそうだった。週刊東洋編集部と同じくメールの受信数もどんどん増え続けている。

 


       ◆

       

       

 横田の息子が通う西南中学の職員室でも同じように、電話の光が点滅し続けていた。

 校長は痩せた肩を少しすぼめ、不安げに受話器の音を聞いている。 そこへ女性教師が駆け寄ってきた。

「校長先生、これ……警察に通報した方がいいと思います」

 続いて男性教師が来て、声を潜める。

「横田くんもそうですが、他の生徒たちにも危害が及ぶかもしれません」

 校長はしばし沈黙した後、小さく頷いた。

「うん……警察に…連絡お願いします」

「わかりました」


 

       ◆

       

       

 閑静な住宅街にその家はあった。家のカーテンはすべて閉ざされ、部屋の空気は重かった。横田敦は電話を耳に当てたまま、沈んだ声で話している。

「そうですか、会社にも……。ええ、家族は今のところ無事ですが、妻の勤務先も特定されてるので……はい、しばらくリモートで業務します……はい」


 電話を切ると、深く息をつき、スマホを開く。そこには―― 妻と子供の写真が、誰かの手によって切り取られ、葬式の遺影写真のように加工され、悪意の言葉とともに拡散されていた。


 不意に家のチャイムが鳴る。横田が玄関に出ると荷物を持った運送業者が立っている。ドアを開けると、その業者は代引きの荷物が届いたと横田に伝える。

 

 代引きの荷物?そんなもの頼んでない。しかし宛名は「横田敦」と自分宛になっている。

 さらにもう一人、運送業者が現れ、同じく横田敦宛てに代引きの荷物だと言う。

 

 家も割れている…?。


 いいしれぬ恐怖を感じ、横田はそれぞれの業者にイタズラだと説明し、荷物を引き取ってもらった。そんな様子を見ていた横田の妻が心配そうに声をかける。

「あなた……」

「大丈夫だ。編集長が警察に相談したみたいだし、すぐに落ち着く」

 妻は震える声で言った。

「そう……私たちは別にいいけど、あの子が」

「わかってる…」


 廊下の向こう、息子の部屋からはゲームの音が聞こえてくる。その音が、逆に横田の胸を締めつけた。すぐに落ち着くとは言ったが、そんな保証はどこにもない。一生続く可能性だってある。そんないいしれぬ恐怖が身体中にまとわりついている感覚だった。それを拭い去るように横田が言う。

「ちょっと、買い物に行ってくる…」

 

 

       ◆

       

       

 閑静な住宅街。赤信号。信号待ちをしている横田。手には買い物袋をぶら下げている。

 

 SNSには相変わらず玲子の信者たちによる自分への誹謗中傷が溢れている。

 晒された妻と子供の写真が飛び込んでくる。息を飲む横田。心の中には怒りよりも、自分を含めて、家族全員の個人情報までが特定されている恐怖の方が勝っていた。

 佐原玲子が意図的に政治資金をマネーロンダリングして、自分の懐に入れているのは間違いない。警視庁捜査二課だって内定を進めているという確かな情報がある。


 信者たちは無条件に玲子のことを信じきっている。どんなに怪しいことや辻褄の合わないことがあったとしても、一ミリも疑おうともしない。

 それどころか佐原玲子を批判する人間に対しては一斉に攻撃をしかけて、相手を死ぬまで追い詰めようとする凶暴さがある。

 

 自分は戦い方を間違えたのか?

 

 その時、背中を強く押され、バランスを崩す。背中の方を振り向くが、あまりに強い力で押されたため、自分を押したと見られる手しか見えない。

 

 地面に勢いよく倒れる横田。

 大きなクラクションが鳴り響く。

 顔を上げた彼の視線に飛び込んできたものは、こちらに向かって突進してくる大型トラックだった。

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