偶像の証明
@h_kawamura
第1話 序章
またかよ…。
うんざりしながらスマホを見ているけれど、頭が悪くて気持ち悪い、そんな男たちから届けられる大量のDMにいつものことながら辟易する。
そんなものをいちいち見るだけ時間の無駄だし、いちいち返信するのも汚らわしい。
嫌悪感が胸の中でどんどん増していくのがよくわかる。
《玲子さん、今日の配信も素敵でした。よかったら玲子さんの今後の政策とか色々アイデアがあるので、一度お会いするのは可能ですか?お茶でもしながら…》
《玲子さんに似合いそうな洋服を買いました。議員会館にお送りしたので、玲子さんが着てくれるのを楽しみにしています》
《六本木に素敵なバーがあるんですが、玲子さんお酒飲めますか?一千万円ほど寄付することも検討してるので、ぜひ一度お会いしませんか?》
「会うわけねえだろ、クズが。金をチラつかせればホイホイ付いてくるとでも思ってんのか、この男は。ほんとに気持ち悪い。どうせ一千万円なんて持ってないだろ」
そんな苛立ちを抱えながら、太陽は西の彼方へどんどん沈んでいく。
◆
東京の夜は、無数の光が空を押し上げるように輝いていた。 高層ビルの窓に灯る光は星のようで、道路を走る車のテールランプは赤い川のように流れていく。その煌びやかさは、まるで都市そのものが祝祭をしているかのようだった。
◆
その光の海の中心、都心の高層ホテル。煌めくシャンデリアの下では、ドレスやスーツに身を包んだ来客たちがシャンパンのグラスを手に穏やかに談笑していた。選ばれし者しか足を踏み入れることが許されない、そんな華やかな世界だ。
今日は、佐原玲子――三十二歳の人気議員――の出版記念パーティーである。
白いジャケットに淡いブルーのワンピース。爽やかな色を纏った玲子は、笑顔で来客ひとりひとりに挨拶していた。
その姿は、清潔感と落ち着きを兼ね備え、誰もが安心して近寄れる親しみやすい雰囲気を放っている。
SNSの中では、普段から気持ち悪い男たちからのDMで心がどんよりしてしまいがちだが、こうしてリアルな現実社会で、それなりに社会的地位のある人々と触れ合うと、SNSという世界の特殊性を嫌と言うほど痛感してしまう。
美しい微笑みを浮かべる彼女に、ふと影が差した。背後から野太い声がかかる。
「佐原さん」
振り向くと、白髪混じりの髪をオールバックに整え、いかにも紳士然とした五十年配の男が立っている。
「ああ、中澤さん、来てくれたんですね!」 玲子はぱっと表情を明るくした。中澤は都内で不動産業を営む実業家で、年商も百億円を超える。うだつの上がらない支持者の中でも特別な輝きを放っている男である。
「ええ、出版おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「出だしから売れ行きも好調なようで、よかった」
玲子は肩をすくめ、控えめに笑う。「おかげさまで。中澤さんには出版社と繋いでいただいたり、選挙の時にはご寄付までいただいたり、本当にお世話になりっぱなしで」
「いやいや、東京の裏金問題に切り込む政治家なんて今まで誰もいませんでしたからね。心から応援したいと思わせる政治家は、あなたが初めてだ」
玲子は微笑む。
「私だけじゃない。多くの都民があなたに期待してると思いますよ。あなたの存在は社会現象にまでなってる」「こんなにたくさんの方に応援されて、そのぶん責任も感じてますが、本当にありがたいです」
中澤は少し表情を曇らせ、声を潜める。「ところで……」
玲子の耳元で囁くように続ける。
「週刊誌が裏金だのと騒いでますが、大丈夫ですか?」
玲子は迷わず頷いた。「適当な妄想記事ですよ。私はお金の流れは支持者の皆さんにクリーンにしていますし、そんな記事が出ること自体信じられなくて」
週刊誌報道が出てからは、より一層アンチの攻撃も激しさを増してきている。つい一ヶ月前には殺害予告のメールを送りつけてきたアンチを警察に逮捕してもらったばかりだった。
今時、殺害予告というのも呆れるが、何より玲子を驚かせたのは逮捕された男が五十代の無職だったことだ。
「まぁ、週刊誌はハイエナみたいなもんだから、あまり揚げ足取られないように気を引き締めて」
「はい」
玲子は笑顔を保ちながらも、その目の奥で、わずかに何かが揺れた。
◆
スマホの画面の中では、まるで別世界のように熱が渦巻いていた。
《佐原さんは命をかけて東京の闇を暴こうとしている人》
《玲子さんが裏金なんかに手を染めるはずがない!玲子さんを貶めようとする週刊誌は絶対に許さない》
《都の腐敗を追求する玲子さんは正義の味方です!都民のために命をかけてくださってありがとう。都民より》
《都がメディアを使って本格的に玲子さんを潰しにきたな》
《玲子さんの裏金疑惑の記事が出てるけど、週刊東洋はちゃんと調べて書いてんのか?》
《記事を書いた記者は横田敦。横田の妻は北の丸生命に勤務してるらしい》
《息子は西南中学一年、サッカー部、横田周一》
《横田の家族晒されてんじゃん笑》
《玲子さん、生まれてきてくれてありがとう》
熱狂的な支持者たちが、玲子を「絶対の正義」として掲げている。その様相はまるで新興宗教のそれだった。
一方で――
《ガチガチに洗脳された佐原信者キモすぎだろ》
《家族を晒すとか犯罪者みたいなことしてるな、こいつら、もうマジで逮捕しろよ》
《陰謀論とかバカかこいつら》
《佐原信者が週刊誌記者を殺そうとしてる》
《裏金がバレて慌てて被害者ヅラ、あげくの果てに知能の低い信者に犬笛吹いてネットリンチかよ》
アンチの声も同じくらい強かった。
対立と分断が起こっている。画面は愛と憎しみが入り交じる戦場のようだった。
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