第4話

翌朝、カーテン越しの朝日に瞼をノックされ、しぶしぶ受け入れる。


普段なら朝はいつもすんなり起きられるのに、今日はまだ夢心地だった。


洗面台に立ち、歯を磨く。自然と鼻歌が漏れる。

鏡で今日の自分の顔を確かめる。口角が、はっきりと上がっていた。


胸の奥がくすぐったくなり、「もー、やだぁ」と小さく言って、鏡に向かって手をぱたぱたと振る。


朝の身支度を済ませ、いつものように家を出る。

同じ道、同じ角、同じ信号。

それなのに、赤信号で立ち止まる時間さえ、いつもより短く感じた。


局に着き、すれ違う人に挨拶をする。


『おはようございます!』


軽く会釈すると、すぐに声が返ってくる。


『お、宮下ちゃんおはよう!あれ?なんかいいことあった?』


「い、いえっ」


つい手を振ってごまかし、そのまま足早に通り過ぎた。



朝のルーティン。


コーヒーを窓際のワークスペースに置き、今日の原稿を開く。まとめてきた資料に目を通し、原稿を推敲する。赤ペンと青ペンで書き込みを重ねる。


コーヒーを一口すすり、窓の外へ目線をずらす。

ふと、昨日のことが浮かんだ。


「今度、ゆっくり話そ」


胸の中で、鳥が一斉に飛び立つみたいに、思いが溢れ出す。


『早く、会いたいな……』


ぽつりと零れた声に、はっとして周りを見渡す。

誰もいないのを確認して、胸に手を当て、息をついた。


スマホを取り出し、時間を見る。


『やだ、いけない』


原稿と資料を重ね、残ったコーヒーを飲み干す。

落ちた前髪を耳にかけ、足取りを正してスタジオへ向かった。


朝の番組を終え、椅子を鳴らしながら背中の強張りを解放する。


ブースを出ると、なぜか皆が意味ありげに笑っていた。


「えっ、なに? なんか間違えた?」


探るように笑うと、


『良かったよー、最高!』

『ナイス!』


拍手とグッドサインが飛んでくる。


まるで子どもみたいに気持ちが筒抜けな気がして、顔が熱くなった。


手で顔を仰ぎながら窓際の椅子に座り、スマホを取り出す。


通知は、ない。


窓の外を眺め、流れていく車を目で追う。

さっきまでの熱が、少しずつ引いていくのがわかった。


時計を見ると、昼前だった。


もう一度スマホに視線を落とし、画面を開く。


少し遠くを見るようにしてから、指を近づける。力を込め、片目を閉じて、メッセージアプリをタッチした。


「今度の日曜日、予定あいてる?」

「ご飯、行こうよ」


文字を打ち終えたところで、指が止まる。


息を長く吐き、テーブルにおでこを預けた。


胸が騒がしい。


たくさんの言葉が、頭の中を行き来する。 


背筋を伸ばし、スマホを持ち直す。


指に力を込めて、一拍。


送信。


長い息とともに肩が落ち、胸がふっと軽くなった。



主人公とヒロインの小説が、

彼女自身の物語に、変わり始めていた。

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