頼んでいない宅配物

深夜玲奈

第1話

頼んでいない宅配物


 その日は特別な予定もなく、昼過ぎまで部屋着のまま過ごしていた。

 テレビをつけっぱなしにしてソファでうとうとしていると、玄関のチャイムが鳴った。


「……はい」


 ドア越しに聞こえたのは、聞き慣れた宅配業者の声だった。


「宅配便でーす」


 首をかしげた。

 今日は何も頼んでいない。念のためスマホを開き、通販アプリやメールを確認するが、発送通知も注文履歴も見当たらない。


 だが、荷物は確かにそこにあるらしい。

 深く考えるのも面倒で、俺はドアを開け、受領印を押した。


 段ボール箱は、思ったより軽かった。


 リビングの机に置き、カッターでテープを切る。

 中に緩衝材はほとんどなく、白い布に包まれた何かがひとつ、無造作に入っていた。


 布をめくった瞬間、息が止まった。


 ――人の、頭蓋骨だった。


 作り物には見えない。

 歯は欠け、目の奥は暗く、空洞がこちらを見返しているようだった。


「……気持ち悪」


 反射的に布を被せ、箱ごと抱えて玄関を飛び出した。

 近くのゴミ捨て場に投げ込むように放り込み、蓋を閉める。


 家に戻り、深く息を吐いた。


 ……もう終わった。

 そう思ってリビングに入った瞬間、体が凍りついた。


 机の上に、あった。


 白い布に包まれたまま、

 さっきと寸分違わぬ位置に。


 その日から、何度捨てても、何度隠しても、

 頭蓋骨は必ずリビングの机に戻ってきた。


 ベランダから捨てても、

 夜中にゴミ出ししても、

 翌朝には、机の上に置かれている。


 布のかかり方まで同じだった。


 耐えきれず、近所の神社に持ち込んだ。

 事情を話すと、神主は一瞬だけ顔色を変え、黙って祓いを始めた。


「……持ち帰らない方がいいものですね」


 そう言われ、背筋が冷えた。


 だが、その夜。

 仕事から帰ると、やはり頭蓋骨は机の上にあった。


 まるで、

 「ここが自分の場所だ」とでも言うように。


 それから一週間が過ぎた。


 その日の夜、布団に入ろうとふとリビングを見ると、

 机の上が、空だった。


 ――ない。


 胸の奥が、じんわりと緩む。

 ようやく終わったのだと思った。


 電気を消し、布団に横になる。

 その瞬間だった。


 背後から、

 ひどく近い距離で、気配を感じた。


 呼吸のような、

 何かが「そこにいる」と分かる圧迫感。


 嫌な汗が背中を伝う。


 ゆっくり、振り返る。


 枕元に置かれていたのは、

 リビングに戻り続けていた頭蓋骨だった。


 そしてその眼窩の奥から、

 初めて、確かな視線を感じた。


 ――やっと、来てくれた。


 そう言われた気がして、

 俺の意識は、そこで途切れた。

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頼んでいない宅配物 深夜玲奈 @Oct_rn

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