冒険の書から始まる異世界転位〜美少女達と冒険してたら闇の王も倒しました

舞波風季 まいなみふうき

第1話 冒険の書

「こんなとこに古本屋あったっけ?」


 俺、嶺渡ねわたし空央そらおはふと立ち止まって呟いた。


 それは、高校二年生になって間もない四月の中ごろのことだった。


 俺は通学路にある商店街の外れに、狭い間口の古本屋を見つけた。


 不審に思いつつも、なぜか吸い寄せられるように俺はその古本屋に入った。


 狭い店内の奥の机の向こうに店主と思しきおっさんが座っている。


 俺は入ってすぐの棚に目をやった。【冒険の書】というタイトルが目に飛び込んできた。


 棚から取り出して開いて見ると、どうやらゲームブックのようだ。


 俺はその本を持って奥にいる店主のところに行った。


「千円」

 店主は短く言った。俺は財布を出して黙って金を払い店を出た。


 しばらく歩いてから俺は我に返った。

「俺はなんでこんな本を買ったんだ……」


 自らの意思で買ったというよりは、買わされたと言ったほうがしっくりくる。


 だとしたら誰に?あの店主にか?


 だが、店主は俺に買えともなんとも言わなかった。


 棚にあった【冒険の書】を見つけて店主のところに持っていったのは俺自身だ。


 釈然としないまま俺は自宅に戻り、自室で【冒険の書】を開いた。


 だが中表紙をめくっても目次はなく、一ページ目は、


『冒険を始めますか?』


 と言う言葉と、その下に【はい】と【いいえ】の文字が書いてあるだけだった。


 二ページ目以降は何も印刷されていない。


「なんだよこれ、乱丁本じゃないか」


 店で見たときはちゃんと印刷されていたのに、とブツブツ言いながらも俺は一ページ目の【はい】の文字に人差し指で触れてみた。


 すると、いきなり自分が光に包まれたような気がして俺は目をつむった。


 再び目を開くと見たことのない部屋にいた。


「え……ええーー!?」


 俺は立ち上がって部屋を見回した。

 壁も床も木造の部屋だ。座っていたのは木製のベッド。脇には木製の小さなテーブルと椅子がある。


 一体何が起こったんだ?この本のせいか?

 この本には、手にした者に幻覚を見せる呪いでもかけられてるのか?


 もう一度【冒険の書】を開いて一ページ目を見ると今度は、


『冒険を終わりますか?』


 と文が変わっていた。


 俺は思わず「おお」と声を上げた。そして【はい】の文字に指を乗せた。


 再び俺は光に包まれ、目を開くと自室に戻っていた。


 自室に戻れることがわかると、安心感からにわかに好奇心が沸いてきた。


 再び『冒険を始めますか?』【はい】と進み、先ほどの味気ない部屋に。


 まずは、ここがどこなのか知りたいところだ。


 すると、手にしている【冒険の書】を見るとなにやら薄っすらと光り出した。


 光っているページを開くと、


『現在地 : アルスガルド、旅立ちの村、冒険者の宿』

『クエスト : ダークスライムを倒してレベルを上げましょう』


 アルスガルド。なんとなく聞いたことがあるような気がする地名だ。それに、クエストとくれば……


 どうやら俺はRPG的な異世界に転移できるようになったようだ。


 もう少し情報はないかと頁をめくると、


【そらお】

『レベル1』

『HP : 10』

『MP : 0』

『経験値 : 0』

『ポイント : 0』

『装備 : ひのきのぼう、ぬののふく』


 ステータス表示にしてはしょぼい。なんかレトロな雰囲気が濃厚だ。ポイントってなんだ?


 次のページをめくると真っ白だった。


 とりあえずは、ゲームのつもりで遊んでみようと俺は考えた。

 戻りたければいつでも戻れるのが分かっているのだから。


 ベッド横のテーブルの上に白い棒が置いてある。【ひのきのぼう】だろう。

【ぬののふく】は見当たらない。ということは今着ている見覚えのない茶色い地味な服が【ぬののふく】か。


(【ぬののふく】が装備品てことはデフォルトは下着姿なのか?)


 などとくだらないことを考えながら俺は部屋を出た。


 薄暗い廊下を明るい方へ歩いて行くと玄関ホールに出た。


 カウンターには受付の若い女性がにこやかにこちらを見て言った。


「お出かけですか?」

「は、はい……」


 俺はこういうシチュエーションが苦手だ。

 相手の女性はあくまでもお仕事で愛想よくしているだけなのだと分かってはいても、どうにも緊張してしまう。


 だが、ここは確認しなければならないことがある。

 意を決して俺は受付の女性に聞いた。


「あ、あの……ここの宿代は……」


 そう、ここは【冒険者の宿】だ。そして俺は金を持っていない。

 仮に持っていたとしても、この世界で日本円が通用するのか非常に疑わしいところだ。


「大丈夫です。後でお客様の経験値ポイントから差し引きますので」

「経験値ポイントから、差し引く……?」

「はい、ダークモンスターを倒して得た経験値がポイントとして使えるのです」

「ああ……なるほど」


 さっきの【ポイント】はそういうことか。日本にもある〇〇ポイントと同じようなシステムなのだろう。


「ポイントでお買い物もできます。道具屋さんや武器屋さんで」

 と、受け付けのお姉さん。


「それは、便利ですね」

 頑張ってダークモンスターを狩らなければ。


「村を出ればダークスライムがいますので、たくさん倒して経験を積んでください」

「はい」


「それから、【冒険の書】は小まめにチェックしてくださいね。色々とヒントが出てきますので」


 こうして、親切な受付のお姉さんの説明にやる気も出てきた俺は、【ひのきのぼう】と【ぬののふく】を装備してダークスライム討伐に向かった。


 村を出るとすぐにダークスライムに遭遇した。

 ダークスライムは灰色のスライムだ。


【ひのきのぼう】で二回攻撃したらダークスライムは蒸発するように消えた。


 ダークスライムを二匹倒すと、胸ポケットに入れていた【冒険の書】が光った。


 ページを開くと、

『レベルが2になりました!』

 という文字が点滅していた。


 そして、

『村から離れるとより強いモンスターに遭遇します』

 と出てきた。


 村から離れてみると、先ほどのダークスライムよりも色が濃いスライムが出てきた。

 どうやら色の濃さと強さが比例しているようだ。


 戦ってみると確かにさっきより余計に攻撃しなければ倒せなかった。

 そのうえ反撃もしてきた。

 だが、攻撃されても痛みはなかった。


(まだ、この辺のモンスターは大したことないんだな)


 と思い、俺はどんどん村から遠くへ進んで、色が濃くてより強いダークスライムと戦った。


 強いダークスライムは倒すのに時間はかかった。

 だが攻撃を受けても相変わらず痛みを感じない。


 俺は「楽勝ーー」とばかりに調子に乗って強いダークスライムと戦い続けた。

 レベルがポンポンと上がっていくのも面白かった。


「はあ……はあ……よし、レベル7だ……」


 冒険の書を見てほくそ笑む俺だった。だが、妙に息が上がる。

 走ってもいないし、それほど激しく動いたわけでもない。


 そこに新たなダークスライムが現れた。色の濃さからするとかなり強そうだ。


 俺は、はあはあ言いながら【ひのきのぼう】を振るった。

 すると、


 ポキッ!


 と【ひのきのぼう】が折れてしまった。


「ま、マジかよ……!」


 俺が動揺した隙をついてダークスライムが飛び掛ってきた。


「くそっ……!」


 俺の顔面めがけて飛び掛ってくるダークスライムに拳を打ち込んだ。

 これがとどめになって、ダークスライムは煙になった。


「あっぶねえ……」


 ダークスライムは倒したものの、俺の疲労は半端ないものになっていた。


「ちょっと……休もう……」


 俺はその場に寝転んだ……


 …………


 気がつくと俺は冒険者の宿の部屋のベッドで寝ていた。


「あれ……俺、さっきまで狩り場にいたよな?」


 起き上がって、冒険の書を見るとレベル7になっている。夢ではなかったようだ。


 【冒険の書】の光っているページを見ると、

『敵の攻撃を受けると痛みはありませんが体力を消耗します』

 とあった。


「先に教えてくれよ、そういう大事なことは……」


『戦闘で壊れた武器や装備品は戦闘終了後に元通りになります』


 ふむふむ、それはよかった。


『疲労で戦闘不能になると、その日に冒険を始めた場所に戻ります』


 確かに宿の部屋に戻っている。


『戦闘不能になると、直近のレベルアップ後の経験値が0になります』


「て、おおーーい!」


 なんとも理不尽なシステムである。

 今の経験値はちょうど100。レベル7になったときが100だった。

 最後のダークスライムの分を損したことになる。



「それは大変でしたねぇ」


 宿代を払おうと受付に行った俺は、お姉さんににこやかに言われた。


(最初に教えてくれよ!)


 と言いたいところを我慢した俺にお姉さんは、

「誰もが通る道ですから」

 と何気に上から言うのだった。


「それから、経過時間は見ていますか?」

「経過時間?い、いえ、見てませんが……」


 俺がキョロキョロして時計を探すと、

「【冒険の書】に表示されていますので確認してください」

 と、お姉さんに言われた。


【冒険の書】を開くと、

『経過時間 : 6分』

 と表示されている。


「6分?もっと長くいたと思ってたけど」

「表示時間はあなたが住む世界の経過時間です。ここアルスガルドとは時間の流れが違うのです」


 俺の疑問にお姉さんが答えてくれた。体感的には十分の一といったところだろう。


 そして俺は次の日も、また次の日もアルスガルドでダークスライムを狩ってレベルを上げていった。


 学校帰りには例の古本屋に立ち寄ろうとしたのだが、あの日以降は古本屋を見つけることができなかった。


 夢でも見ていたのかと思ってしまうが、夢ではない証拠に今も俺の手には【冒険の書】がある。


 俺は不思議に思いつつも、アルスガルドでの冒険にどんどんハマっていった。


 そしてレベルも12になり新しいクエストが出てきた。


 タイトルは、

『スライム姫を助けよう!』

 とある。スライムにも姫がいるんだな。


 そして次の行動は、

『スライム国に行ってスライム王に会いましょう』

 ということだった。


 スライム国のスライム王。ダークスライムと関係があるのか?

 だとすると、敵の王ということにならないか?


 そんなことを真剣に考えながらその日の冒険はきり上げた。



 次の日、既に日課になっている下校時の古本屋存在チェックをしようと、俺は商店街の外れに向かった。

 すると、


「ねえ、あなた、ここにあった古本屋さんを知らない?」


 後ろから、若い女性の声がして俺は振り返った。


 そして、俺は驚きのあまり固まってしまった。


 そこにいたのは、俺と同じクラスの委員長の石蕗つわぶき沙生那さきなだった。


「えっと……知ってるというか、知ってたというか……」

 しどろもどろに答える俺。


 そんな俺をじっと見て沙生那が言った。

「あなた、私と同じクラスの嶺渡ねわたしくんよね?」


「……はい、そう、だと思います」

 なんとも煮え切らない答えだ。


 だが許してほしい、俺は正真正銘、真正しんせいの陰キャだ。


 それが同級生の女子に声をかけられたのだ。緊張して当然だ。


 しかも、その同級生女子は学年トップの秀才でクラス委員長だ。


 そしてなんと言っても、とんでもない美少女なのだ。


「変な答えねぇ……もしかして私のこと知らない?」

「いいえ、知ってます、石蕗つわぶきさん」

 おれは慌てて答えた。

 

「そう、よかった。実はね、あなたが前に古本屋さんから出てきたのを見ているのよ」


 俺が【冒険の書】を買ったあの日のことだろう。


「確かに、覚えは……あります」


 沙生那は明らかに苛立っている様子で、

「もう、煮え切らないわね!」

 と言ってカバンから一冊の本を取り出して俺に見せた。


「これよ!」

【冒険の書】だった。


「あ……」

 予想外のことに俺は間抜けな声を出してしまった。


「あ、じゃないわよ!」

「ごめんなさい」

 とりあえず謝っておくに越したことはない。


「やっぱり知ってるのね、この本のこと」

「ええ、まあ……」


 俺はどこまで話していいのか迷った。

 知っていることをそのまま話したらどうなるか?


 陰キャ底辺男の俺が「その本は異世界に転移して冒険ができる本です」なんておかしなことを言ったりしたら……


(ただでさえ低い俺の評価が、地の底を突き抜けて地球の裏側まで行ってしまう!)


「なら、私に教えなさい」

「え、でも……」


 地球の裏側まで落ちたくはない。


「でも、何よ」

「書いてあるとおりに進めば……」


 まあ、俺は調子に乗ってぶっ倒れてしまったけど。


「書いてあるとおりにって言うけどね」


 そう言うと沙生那は俺の方にグイッと近づきてきた。


「見てみなさいよ、これ!」


 沙生那は【冒険の書】を開いて俺に見せた。

 何も書いてない白紙のページしかなかった。


「こんなの乱丁本でしょ?文句を言おうと思って来たのに店がないのよ」

 憤懣やる方ない様子の沙生那。


 確かにおかしい。少なくとも俺の場合は一ページ目は現れてきた。


 そんなことを思いながら俺は不用意にも自分の【冒険の書】を取り出して、一ページ目を開いた。


『冒険を始めますか?』【はい】【いいえ】のページだ。


 沙生那はより一層近づいて、俺が開いた【冒険の書】をのぞき込んだ。


 そして沙生那は、

「なんで、私と違うのよ!」

 と間近に俺を睨んで言った。


「なんで、と言われても……」

 俺は沙生那の剣幕と間近に迫る顔に恐れをなしてしまった。


「とにかく、私に教えなさい」

「え?」

 またもや沙生那の口から想定外の言葉が飛び出した。


「読み方よ、この本の。あなたがあの古本屋から出てきた後に買ったんだから」

 そう言って沙生那は自分の【冒険の書】をポンポンと叩いた。


 まるで俺に責任があるような言い方だ。

 そもそも、読み方と言われても、どう教えればいいのだ。


「あなたはいつもどこで読んでるの?」

「どこでって……自分の部屋、です」

「じゃあ、これから行きましょう」

「え、どこへ、ですか?」

「あなたの部屋よ、決まってるじゃない」

「え……?……ええ?」


 俺は何か聞き間違えたのか?

 石蕗つわぶき沙生那さきなが俺の部屋に?

 学年トップの秀才でクラス委員長で美少女の石蕗沙生那が??


「あの、俺の家にって、ことですか?」

「そう言ったでしょ」


 何度も言わせないでよ、という顔の沙生那。


「わ、分かりました」

「よろしくね、嶺渡ねわたしくん」


 こうして、石蕗沙生那が俺の部屋に来ることになったのだった。

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