占い師のトロッコ問題
超町長
第1話
私は渋谷のセンター街から少し離れたところでひっそりと占い師をやっている。今日も悩みを抱えたお客さんがやってくる。
「夫が仕事をクビになり酒に溺れ競馬で大負けし闇金に金を借りて大麻の栽培を始めてしまいまして藁にもすがるような思いで...」
表情には焦りの色が浮かんでいて、顔色もよくない。心なしか頬もこけている。
「負のトントン拍子。さぞ辛かったでしょう」
「それはもう...。どうしたらいいでしょう。あ、警察にはどうか秘密で...」
「私には守秘義務がありますので大丈夫ですよ。こうして行動を起こすことができているのですからなんとかなります。まずはリビングの様子を大まかに教えていただけますか」
紙と鉛筆を差し出す。
「雑貨などもお願いします」
「はい。ここにテーブルがあってテーブルには花瓶と...」
今回占いに来たお客さんは現在起きているよくないことの原因を求めている。聞いた情報の中からそれを差し出さなくてはならない。
「玄関には全身鏡と靴箱があって靴箱の上には招き猫が...」
このくらいでいいだろう。
「ありがとうございます。大体わかりました。見させて頂いたところあなたはあるタブーを犯しています」
「タブー...ですか」
「はい、これをしているとどんなに運気を上昇させようとしても無駄という大きなタブーです」
「そんな...。それは一体なんなんですか」
ここは申し訳ないが、全身鏡に犠牲になってもらおう。
「はい。ズバリ、全身鏡です」
「えっ、だいぶ前から玄関にありましたよ」
「ええ、なので徐々に運気を下げてしまったのでしょう。鏡は気を跳ね返します。お家に入ってくるはずだった良い気を全て跳ね返してしまうんですね」
「屁理屈で申し訳ないのですが悪い気も跳ね返してくれるんじゃ?」
「実は気というのは流れることが大事なのです。合わせ鏡も滞留するからNG。跳ね返してしまってもNGです。玄関のドアを映す鏡というのは絶対にNG」
「そうだったんですね。鏡を玄関に置いていたせいで...。早速帰ったら叩き割ってやろうと思います。ありがとうございました」
「割る必要はありませんが割った場合は速やかに処分して下さい。気が流れ運気が運ばれてくるまでは時間がかかるかも知れません。焦らずゆっくりと」
あれから数ヶ月の月日が過ぎた。夫のことで困っていた人が再び訪れた。
「この前はお世話になりました。叫びながら鏡を割ったところ夫はびっくりして出ていきました。今は書店でアルバイトをして生活して充実しています。占いのおかげだと思います。夫が最大のアンラッキーアイテムだったのかも知れません」
以前よりは声色も明るく表情に活気がある。
「ご満足いただけたようで何よりです。それは随分運気の変化が起きたはずです。鏡は割ってしまって大丈夫だったんですか?」
「はい。あの鏡はお気に入りで引っ越す時に実家から持ってきたものではありました。ですが運気には変えられません。お話を聞いてもらえたことで楽になりました」
全身鏡お気に入りだったんかい。
「そうですか。また何かあったら気軽にどうぞ」
「はい!!!」
元気そうに店を去る彼女の後ろ姿を見送った。
占い師のトロッコ問題 超町長 @muravillage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます