満室の大部屋
神夜紗希
満室の大部屋
【1回目】
朝
目を覚ますと、白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
消毒液の匂いが鼻につく。
ここが病院であることは分かるのに、
なぜ自分がここにいるのかだけが思い出せない。
カーテン越しに、規則正しい足音が近づいてくる。
看護師が入ってきて、体温と血圧を測り、
「異常ありませんね」と言った。
その声を聞いて、なぜか少し安心する。
体は横になったまま、視線だけで部屋を見渡してみる。
大部屋の1番奥の窓際のベッドのようだ。
自分以外のベッドには、誰もいない。
昼
昼食は栄養を意識された病院食が出された。
味の薄い煮物と、白いご飯と、味噌汁。
箸を動かしながら、
自分が何日ここにいるのかを考えようとして、やめた。
考えようとすると、
頭の奥が鈍く痛む。
窓の外は、今日も曇っている。
カーテンの向こうには木の枝の影が見えた。
⸻
夕方
回診の時間になると、医師が短く頷くだけで去っていく。
説明はない。
質問をする気も起きない。
病室は静かで、
時計の秒針の音だけがやけに大きい。
テレビはなく、
この部屋で音を立てる理由は、何もなかった。
病室を見渡すと空のベッドが並んでいるだけだった。
⸻
夜
消灯時間になると、廊下の明かりも落ちる。
闇に慣れてくると、
病室の中に誰がいるのか分からなくなる。
布団をかぶり、目を閉じる。
眠りに落ちる直前、
何かを思い出しそうになる。
「………………………」
何かを言っているが声は聞こえない。
意識が遠のいて目の前が真っ暗になる。
【2回目】
朝
目を覚ますと、白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
消毒液の匂いが鼻につく。
ここが病院であることは分かるのに、
なぜ自分がここにいるのかだけが思い出せない。
カーテン越しに、規則正しい足音が近づいてくる。
看護師が入ってきて、体温と血圧を測り、
「異常ありませんね」と言った。
その声を聞いて、なぜか少し安心する。
体は横になったまま、視線だけで部屋を見渡してみる。
大部屋の1番奥の窓際のベッドのようだ。
入り口近くのベッドにカーテンが引かれている。この病室の入院患者は2人のようだ。
昼
昼食は栄養を意識された病院食が出された。
味の薄い煮物と、白いご飯と、味噌汁。
箸を動かしながら、
自分が何日ここにいるのかを考えようとして、やめた。
考えようとすると、
頭の奥が鈍く痛む。
窓の外は、今日も曇っている。
カーテンの向こうには木の枝の影があり、風で揺れているようだった。
⸻
夕方
回診の時間になると、医師が短く頷くだけで去っていく。
説明はない。
質問をする気も起きない。
病室は静かで、
時計の秒針の音だけがやけに大きい。
テレビもない。
自分ともう一人の病人しかいないはずの部屋から、たまに寝返りを打ったような、ギシリという音がした。
病室を見渡すと入り口近くのベッドのカーテンが少し揺れた。
⸻
夜
消灯時間になると、廊下の明かりも落ちる。
闇に慣れてくると、
病室の中に誰がいるのか分からなくなる。
布団をかぶり、目を閉じる。
眠りに落ちる直前、
何かを思い出しそうになる。
「………………よね…」
何かを言っているが声は聞こえない。
意識が遠のいて目の前が真っ暗になる。
【3回目】
朝
目を覚ますと、白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
消毒液の匂いが鼻につく。
ここが病院であることは分かるのに、
なぜ自分がここにいるのかだけが思い出せない。頭の奥が、じくじくと痛んでいた。
カーテン越しに、規則正しい足音が近づいてくる。
看護師が入ってきて、体温と血圧を測り、
「異常ありませんね」と言った。
その声を聞いて、なぜか少し安心する。
体は横になったまま、視線だけで部屋を見渡してみる。
大部屋の1番奥の窓際のベッドのようだ。
入り口近くのベッドと、向かい側のベッドにカーテンが引かれている。この病室の入院患者は3人のようだ。
昼
昼食は栄養を意識された病院食が出された。
味の薄い煮物と、白いご飯と、味噌汁。
箸を動かしながら、
自分が何日ここにいるのかを考えようとして、やめた。
考えようとすると、
頭の奥が鈍く痛み、胸も締め付けられるような感覚になった。
窓の外は、今日も曇っている。
カーテンの向こうには木の枝の影があり、小刻みに揺れているようだった。
⸻
夕方
回診の時間になると、医師が短く頷くだけで去っていく。
説明はない。
質問をしたいが、言葉が出ない。
病室は静かで、
時計の秒針の音だけがやけに大きい。
テレビもない、2人の病人のベッドからも息をする音もしない。
たまに寝返りを打ったようなギシリ、という音がした。
病室を見渡すと隣のベッドの下の暗闇が、
誰かが動いたように揺れた気がした。
⸻
夜
消灯時間になると、廊下の明かりも落ちる。
闇に慣れてくると、
病室の中に誰がいるのか分からなくなる。
布団をかぶり、目を閉じる。
眠りに落ちる直前、
何かを思い出しそうになる。
「……行くって………よね…」
何かを言っているが声は聞こえない。誰の声か、思い出せない。
意識が遠のいて目の前が真っ暗になる。
【4回目】
朝
目を覚ますと、白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
消毒液の匂いが鼻につく。
ここが病院であることは分かるのに、
なぜ自分がここにいるのかだけが思い出せない。
キィィィィィッ…
急な強い耳鳴りに思わず顔を歪める。
カーテン越しに、規則正しい足音が近づいてくる。
看護師が入ってきて、体温と血圧を測り、
「異常ありませんね」と言った。
瞳の奥が濁っているように見えた。
その声を聞いて、なぜか少し不安になる。
体は横になったまま、視線だけで部屋を見渡してみる。
大部屋の1番奥の窓際のベッドのようだ。
入り口近くのベッドと、向かい側のベッドと、隣のベッドにカーテンが引かれている。この病室は満室のようだ。
昼
昼食は栄養を意識された病院食が出された。
味の薄い煮物と、白いご飯と、味噌汁。
箸を動かしながら、
自分が何日ここにいるのかを考えようとして、食事の手を止めた。
考えようとすると、
頭の奥が鈍く痛み、胸が締め付けられる。
箸を持つ手が、止まらず震えた。
窓の外は、今日も曇っている。
カーテンの向こうには木の枝の影があり、大きく揺れているようだった。風はない。
⸻
夕方
回診の時間になると、医師が短く頷くだけで去っていく。
説明はない。
質問をしようと口を開くが、医者は振り返らなかった。
病室は静かで、
時計の秒針の音だけがやけに大きい。
テレビもない、3人の病人のベッドからも息をする音もしない。
たまに寝返りを打ったようなギシリ、という音がした。
病室を見渡すと自分以外のベッドカーテンが、同時に揺れた気がした。
⸻
夜
消灯時間になると、廊下の明かりも落ちる。
闇に慣れてくると、
病室の中に、
誰かがいるのが分かる。
布団をかぶり、強く目を閉じる。
眠りに落ちる直前、
何かを、誰かを、思い出しそうになる。
「……一緒に…行くって……よね…」
何かを言っているがノイズが走るように言葉は分からない。誰かの面影が、頭によぎる。
意識が遠のいて目の前が真っ暗になる。
【最後】
病室の暗闇の中で、私は目を閉じていた。
この感覚になるのは入院してから初めての事だった。
——違う。自分は入院なんかしていない。
あの日、友人3人と心霊スポットに向かった。
廃墟になった病院。
フェンスは壊れ、入口の扉は半分外れたまま、
中からはひどく古い消毒液のような匂いが漂っていた。
最初に、
一人がいなくなった。
少し先を歩いていたはずなのに、
振り返ったら、そこにいなかった。
呼んでも返事はなく、
足音だけが、妙に遠くで鳴っていた。
また一人、消えた。
廊下の角を曲がった瞬間だった。
さっきまで隣にいたはずなのに、
角の向こうには、誰もいなかった。
残った友人の方を向くと、
友人の肩に黒い手が乗せられた。
その瞬間、出口に向かい走り出した。
後ろから友人の声が聞こえる。
「…一緒に…行くって……たよね?…」
——そこで、
私は思い切り息を吸い込んだ。
ハッと、目を覚ます。
白い天井が、視界いっぱいに広がっていた。
……いや、
白かったはずの天井だった。
今頭上にある天井は、黒く汚れて所々剥がれている。
自分のベッドの周りに人影がある。
医者がいた。
看護師がいた。
そして、友人が三人いた。
全員が自分を見下ろしていた。
目の奥は底の見えない穴のように、
真っ黒だった。
全員の口が開き、笑っているかのように、
小刻みに揺れ出した。
恐怖に体が動かない。
目も逸らすことができない。
ベッドを囲む全員の動きがピタリと止まり、
同じ言葉が、同時に落ちてくる。
一緒に行くって、言ったよね?
満室の大部屋 神夜紗希 @kami_night
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