「りんごの家族」

@hat-m

第1話「お母さん、頑張ってるね」

 朝は時間を相手のノーガードの殴り合いみたいだ。7時半までに保育園に連れて行かないといけない。だけどマサトは朝は機嫌が悪い。今日も起きてすぐに駄々をこねる。3歳だもん、仕方ないと思いつつもイラつく。着せる服はどうしよう。洗い替えが底をついた。昨日と一緒でいいか。でも、保育士さんになんか言われそう。もうこれ乾いてるかな。パンを一口だけ食べさせる。途端にコップをひっくり返し、牛乳が広がる。

「もう…。」


 7時半にはなんとか間に合った。さあ、会社に急がなきゃ。電車は今日も満員。痴漢の巣でもある。そんなこと、気にしてもいられない。痴漢め、こんなシングルマザーには関心ないよね。今日はきちんと化粧をする暇もなかった。街中でマスク姿が珍しくなくなったのが嬉しい。仕事には駆け込みセーフだ。


 ワタシ、相当に頑張っているつもり。夫と別れて丸1年。仕事も辞めずに子育てもこなしている。だけど、誰も「頑張ってるね」と言ってくれない。元夫は何もサポートしてくれない。それでも養育費は月に2万だけど届いている。


 6時半の保育園の迎えは、今日も間に合いそうにない。電話をかけて延長保育をお願いした。保育士さんよく言うんだ。

「みんなが帰っちゃって、残されちゃうと、マサトくんはとっても辛そうなんですよ」

そんなこと言われなくたって想像つくよ。だけど、無理なものは無理なんだ。


 マサト、お母さん迎えに来たよ。マサトに言われた。

お母さん、どうしていつも遅いの?

泣いている。寂しかったんだ。だけど、そんなこと言われたってどうすればいいの?

お母さん、ボクのことが嫌いなの?

そんなわけないじゃん。お母さんだっていっぱいいっぱいなんだよ。


 いつもは自転車で帰るところ、今日は置いてゆくことにした。マサトをおんぶして帰る。マサトはちょっと照れた。背中が妙に温もった。マサトはいつの間にか寝てしまった。

ごめんね。でも、あなたのことは大好きだからね。


「お母さん、頑張ってるね」

マサトが背中でひっそり、言ってくれてる気がした。

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