騒動1 ガソリンスタンド

 我らが天才科学者ジャミトフ飛田は姪から盗み出した高校の制服を身に纏うと、早速町へ繰り出す事となった。愛車のママチャリ【デロリアン】を漕ぎ出すと、国道254号線の川越街道に入って歩道をひたすら池袋方面へ上って行く。

 朝霞付近に差し掛かると長い坂道が待っているが、三段の内装変速機が付いているママチャリ【デロリアン】に死角はない。坂を登り切った所を左折すると有人のガソリンスタンドがある。そこが今日の目的地だ。


「ありがとございましたー!」


 ガソリンスタンドでは店員の青年が給油を終えた車を出て行くのを、腰を60度にお辞儀をして笑顔で見送っていた。それを終えた青年が気持ち良さそうに陽に当たりながら定位置へと戻って次の来客を待ち構えている。天気も快晴で気持ちの良い日で、青年も今日もいつもと変わらない良い1日が過ごせそうだと思いながら仕事をしていた。

 だがそこへママチャリ【デロリアン】に乗った汗だくの天才科学者ジャミトフ飛田が飛び込む様にガソリンスタンドへピットインする。


「……」


「……」


 青年とジャミトフ飛田の目が合う。そしてお互い運命の人に出会ったかのように無言のままに見つめ合う。青年が目の前にいるママチャリに乗った胸の大きい汗だくの女子高生ジャミトフ飛田を見て呆然としている。ドラゴンクエストで言う『おどろきとまどっている』の状態だ。


 それもそうだろう、ジャミトフ飛田という女子高生の姿をしたモンスターが、突然目の前に現れれば誰でもそういう反応になる。そもそも女子高生がママチャリに乗って、ガソリンスタンドに来て一体何をするんだって話である。しばらく見つめ合うと、商売の邪魔になると感じた青年が笑顔になって優しく注意する。


「あのーすいませんけど、車が入るのに邪魔なんで離れて貰っていいっすかねー」


「ハイオク……」


「はい?」


「ハイオク、現金、満タンで!」


 沈黙を守っていたジャミトフ飛田が口と目を大きく開きハイオクの給油を青年へ依頼する。この無茶振り、早速、ジャミトフ飛田による実験が始まろうとしていた。可愛い女子高生ならどこまで世間に許されるのかという壮大且つ世界一くだらない実験である。

 青年は言葉を頭で理解しつつも、ジャミトフ飛田が乗っている自転車を見て、どこにハイオクが入るのか理解出来ないでいた。そう、青年は生真面目であった、真剣にジャミトフ飛田がハイオクを求めていると考えていたのだ。青年が悩む様な顔でしばらく考え込むと、もしかしてハイオクを持ち帰りたいのかと考える。


「えっと、携行缶か何か持ってるんすかね?」


「私の携行している物は、この立派に実ったパイオツのみ!」


「……はい?」


 誰も聞いていないのにジャミトフ飛田が真剣な顔で自分の大きい胸を携行していると自慢気に言ってのける。顔が可愛いだけに、このふざけた発言に妙に腹が立つのは人として当然だろう。それを聞いた青年も戸惑っている。ここでようやく青年はこの女子高生がやべえ奴だという事に気付く。

 この青年は茶髪で耳にはピアス、体付きもしっかりしていて如何にもオートバイが好きそうな青年だ。同性ならば舐めているのかと襟を掴み威嚇する所だが、相手は中身は残念だが見た目は可憐な女子高生、青年が手を出そうものなら逆に警察にお縄になる可能性もある。


 世の中、理不尽なものでジャミトフ飛田が痴漢されたと泣き喚くだけで青年の人生は終了する。それだけ世間では女子高生イコール正義と言う認識を持っている。つまり青年に与えられた選択肢は言葉での説得しか無いのである。そんな青年の心を見透かし、女子高生の立場を大いに利用したジャミトフ飛田がますます調子を上げて行く。


「男なら……」


「え?」


「男なら給油ノズルで直接来いよ!」


「いや、どうやってだよ!!」


 つい青年も突っ込みを入れてしまった。ジャミトフ飛田の無駄に気迫のある演技に飲み込まれてしまっていた。本当ならこんなやばい奴は無視をすれば良いのだが、一応ハイオクの注文をしているのでぎりぎりの瀬戸際で客として扱おうとしていた。青年がこみ上げて来るイライラの感情を抑えながらもどこへ給油すれば良いのか尋ねてしまった。


「え、えっと……じゃあどこに給油すればいいんすかね……」


「人の人体に備えられている穴は耳、鼻、口、ヘソ、ピー!、尻と五個所、存在する!」


「そ、それで?」


「どこが正解なのか……それは青年、君の選択によって決まって来る!さあ選べ若者よ!」


「勇者を導く精霊みたいな言い方をするな……」


 もう青年とジャミトフ飛田の間で会話が成立していない。青年が怒りを通り越して呆れ始めていた。それに給油ノズルは思った以上に大きい、もし実際に実行されれば命に係わるのは言うまでも無いだろう。もちろん青年は実行する気など微塵も無い。

 するとジャミトフ飛田の後ろから給油したい車がガソリンスタンドに進入してくる。運転手の男が青年とママチャリに乗った女子高生が、何か話している事に気付くと運転席の窓を開け声を上げる。


「おーい!邪魔だぞ、どけよ!」


「言葉は無粋!押し通れ!!」


「お前は不死のゾッドか!車で押し通ったら全国ニュースになるだろうが!」


「お客さんすみません、こちらに案内しますんで、そいつは無視して下さい!」


「ったく、変な女だな……」


(フッ、勝ったな!女子高生最強!)


 車が渋々バックして行くと勝ち誇ったジャミトフ飛田が満足気な表情で悦に入る。そんなジャミトフ飛田を無視して青年は車を空いてるレーンへと案内して給油作業に入る。

 ジャミトフ飛田は今、女子高生パワーを堪能していた。もし以前の自分ならば、言葉通りに摘まみ出されていただろう。しかし、女子高生たる我が身に触れようものなら、無双乱舞中の呂〇に突っ込む様なもの、『ウワァー!』と言って現代の法によって吹き飛ばされる。

 それを考えるだけでも実に爽快で、まさに天にも昇る気持ちになっていた。


「フフフ……ハハハハ……ハーハッハッハッハ!!」


「なあお兄さん、あの女、何を笑ってるんだ?」


「ほんとすんません、なんか頭がおかしいみたいで……レギュラー満タンで4351円になります」


「……お兄さんも大変だな、ほら5000円、釣りはいらねえから、それで何か飲んで仕事頑張れよ」


「いいんすか!あざーっす!!」


 給油の終えた運転手の男が青年に5000円を手渡すと公道へ車を出して走り去って行く。ジャミトフ飛田の奇行を見た運転手の男が青年に同情して冷たい物でも飲む様に釣り銭を渡していた。青年もそれが嬉しかったのかジャミトフ飛田の相手をしていた疲れが少し消えた様に感じる。それ程までに女子高生の姿をしたジャミトフ飛田の行動は狂気に満ちていた。

 さすがにこのままでは不味いと考えた青年が最終手段に出る。


「ちょっと、お前、これ以上仕事の邪魔するなら警察を呼ぶぞ」


「ククッ、呼べるものなら呼ぶがいい、果たして警察は私と貴様、どちらを信じると思う?」


「いや、どうみても俺だよ!というか一体どこからその自信が出て来るんだよ!!」


「甘いな、スタバのホワイトモカの様に甘い考えだな!我は女子高生ぞ!平伏せい!」


「うっわあ……マジで殴りたくなってきた……」


 レスバで勝った様に勝ち誇ったジャミトフ飛田が邪悪な笑みを浮かべている。XやYOUTUBEで良く小馬鹿にされている私、女なんですけど?の理論を思いっ切り前面に押し出し勝つ作戦であった。第三者目線から見れば、だから何だで終わる話である。


「ちょっと、そこの君、どいてもらえないかな?」


 ガソリンスタンドに新たな車が進入して来てジャミトフ飛田の背後から声を掛ける。しかし現在のジャミトフ飛田はスターを取ったマ〇オの状態、大谷〇平だろうが井上〇弥だろうが目の前に現れたとしても引く事は決して無い。もちろんその場を離れるつもりも無い、そして先程と同じ様に決め台詞を言ってのける。


「言葉は無粋!押し通れ!!」


「……」


(フフッ、決まった!会心の押し通れだ!)


 会心の押し通れ!というのは意味が分からないが、とりあえずジャミトフ飛田は満足をしていた。しかしさっきの運転手の男とは違い反応が無い、少しすると車のドアが左右両方が開く音と人が降りる音が聞こえて来る。そしてなんと大胆にも無双乱舞中のジャミトフ飛田の肩に触れて来たのだ。ジャミトフ飛田が勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ねえ、ちょっと君、今何をしているのか教えて貰って良いかな?」


「この私に触れたな!この不届き者め!警察に言って……や……る」


「で、平日からこんな所で何をしてるの?学校はどうしたの?」


「あ……あわわわわわ……」


 なんと触れて来たのは法の執行者である女性警官であった。まさか本当に警察が来るとは思ってもみなかったジャミトフ飛田は酷く動揺していた。良く考えてみたら近くには朝霞警察署があるし、昔は白バイの取り締まりも行っていた場所の近くだ。給油をしに近くのガソリンスタンドに寄る事は珍しくはない。ジャミトフ飛田は実験の場の選定を誤っていたのだ。まあ正しかったとしてもやるべき内容では無いのだが。


 今のジャミトフ飛田は馬鹿みたいに粋って来たのが嘘の様に体を猫の様に丸め縮こまっていた。またその姿が普通に可愛いのが許せない所である。近くでは男性警官と青年が話をしていた。


「で、あの子が自転車で来てハイオクを要求して来たと……」


「そうなんすよ、体のどこでも良いから給油ノズルを突っ込めって言うもんですから、こっちも困ってたんすよ」


「……いまいち、言ってる事が分からないけど、後はこっちで対応するよ」


「すんません、お願いします」


 もう1人の男性警官が青年から話を聞くと車に戻って、他の客に邪魔にならない場所へ移動させる。車も良く見るとトヨタクラウンに白と黒のツートンカラーが施され、赤の赤色灯をルーフに取り付けてある。そして横には大きな文字で『埼玉県警察』と描かれていた。

 ジャミトフ飛田はママチャリから降ろされ、ガソリンスタンドの端の壁際で女性警官から聞き取りを受けていた。


「で、学校は?」


「すでに卒業している……」


「え?卒業してるのに制服を着てるの?」


「着るものがこれしか無い……」


「着るものが無いって……親は?親はどうしているの?」


「ひ、1人暮らしだ……働かない者は家から出て行けと……」


「ちょっと君はまだ学生でしょう、働くよりは勉強するのが仕事でしょうに」


 女性警官の質問を答える度にジャミトフ飛田は惨めになっていた。女子高生と勘違いされているからまだ良い、だがこれが42歳のおじさんのままなら目も当てられない。見た目は可愛い女子高生だが中身はおじさん、この様な現実的な質問攻めはかなり効く。車の移動を終えた男性警官が合流すると、女性警官もジャミトフ飛田から離れ相談を始める。


「って訳で灯油を買いに来たんじゃなくてハイオクを体に入れてくれって……」


「意味が分からないけど……児相に連絡した方がいいかも、後その前に尿検査もしたいわね……」


 女性警官がジャミトフ飛田の奇行を聞くと憐れむ様な目で見つめ、覚〇剤の使用を疑い始めていた。確かにそれに匹敵するテンションでジャミトフ飛田はガソリンスタンドで暴れていた。しかし恐ろしい事にそれらはナチュラルパワーで行われていたのだ。それはそれで凄い事である。


 相談を終えた女性警官がジャミトフ飛田に再び近付くと不安にさせまいとして作り笑顔で優しく言葉を掛ける。


「じゃあお姉さんと一緒に警察署に行こうか?」


「あ……あっ、あそこにロボコップが居る!!」


「え?」


 ジャミトフ飛田が女性警官の後ろを指差すとロボコップが居ると叫ぶ。女性警官は見た目は20代、ロボコップを知る世代では無いし、ここはデトロイト市では無く朝霞市だ。だがロボコップという言葉に反応してしまい後ろを振り返ってしまう。

 その隙を突いてジャミトフ飛田がママチャリ【デロリアン】に飛び乗ると、タイムワープが出来そうな勢いでガソリンスタンドを飛び出して行く。


「あっ、コラ!待ちなさい!!」


「フハハハハッ!待ってと言われて待つ者が居るか!馬鹿めが!!では引き続き公務に勤しむが良い!」


 司馬〇の様な捨て台詞を吐きながら競輪選手の様な姿勢でママチャリを漕いで逃走を図る。今度は川越街道を川越方面に向かって坂を勢い良く下って行く。坂道を下る際にジャミトフ飛田から放たれた笑い声がエコーしながら辺りに響いていた。


 そして今回の実験結果だが、ガソリンスタンドでママチャリに乗って給油をお願いしても女子高生なら許されると判断された。ただし警察が居なかった場合の話である。よって戦績は【1戦1勝無敗】と意味の無い戦績を決める。


(フフッ、また勝ってしまったか……敗北を知りたい……)


 こうして天才科学者ジャミトフ飛田の記念すべき1回目の実験が終わる。さあ、今度はどこで人に思いっ切り迷惑を掛けて行くのか、可愛い女子高生になったジャミトフ飛田の実験は止まらない。

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