宮廷仕立て師、夢を仕立てる。

ヨモギ丸

第1話 宮廷仕立て師 メリノ=コットン

コットン家は、フリーランド王国の貴族御用達の仕立て屋で、その15代目であるメリノは、先代たちと同じように王家に仕えている。


「メリノさーん。入りますよー!」

「どうぞ。」


お嬢様にばあばと呼ばれる使用人のエリナは、丁寧にノックをして、メリノの部屋に入る。

部屋の中は綺麗に整頓されていて、窓から入る暖かい風が、カーテンとメリノの赤い髪をたなびかせる。


「なんですか?エリナさん。」

「それがね、大変なんですよ。アベリア様がまた…」


エリナがそう言いかけると


「メリノー!!」


寝間着のまま、アベリアが部屋に入ってきて、メリノに抱き着く。


「ねぇ、メリノ。私、今日はねお茶会なのよ?なのに、ばあばったら、赤いこーんなシンプルなドレスを着ろっていうのよ?」

「ですから、アベリア様…今回のお茶会はそれほど派手な格好をするものでは…。」

「おかしいわよね?ね、メリノ。」

「うーん…エリナさん。少し、アベリア様とお話してもいいですか?」

「…わかりました。お願いしますよ?」


エリナは、メリノにまばたきで合図をして部屋を出ていった。


「アベリア様」

「だめ、二人の時はアビーって呼んでって言ってるでしょ。」

「ですが…」

「むぅ…。」


アベリアは頬にカヌレでも詰めているのかというほどに膨らませる。


「わかりました。アビー。少しこっちでお話をしましょう。」

「えへへ、わかったわ。」


メリノはアビーを連れて、ベッドに座る。


「ねぇ、アビー。女の子ならこういうとき、どんな服を着たいか、せーので言いませんか。」

「うん。せーの」

「「フリルがたくさんついた絵本の妖精みたいな服!」」

「あははっ、すごいピッタリ!」

「でもね、アビー。着たい服をいつでも来ていいわけじゃないのは、わかりますよね?」

「…そうだけどさぁ」

「だから、今日のお茶会はエリナさんの言う服で出ましょう。そしたら、私がめーいっぱい可愛いお洋服を作って待ってますから。そしたら夜に…秘密のお茶会をしましょ。」


メリノは最後に、アベリアの耳に近づいて、小声でそう言った。


「…そしたら、今日は食べ過ぎないようにしないとね。」


これにアベリアも小声で返した。


二人はうふふと笑い合い、元気になったアベリアは、外に出て耳をそばだてていたエリナに「しょうがないから、着てあげるわよ。あと、今日のおやつはいらないわ。」と言って、歩いていった。


「さーてと、私も頑張らなくちゃいけませんね。なんてったって、可愛いお嬢様からのお願いですもの。」


そう言って、彼女は起き上がり、作業用の机に座る。

「メリノさん、今日はどんな魔法をアベリア様にかけたのですか?今日の彼女は、少し聞き分けが良すぎて怖かったですよ。」

「エリナさん、私には何の魔法の才能もありませんよ。ただ、少しおまじないをかけてあげることしかできません。」

「おまじない…?はて、一体それはどういう…。」

「それは…女の子の秘密というものです。」

「左様ですか。」


メリノ=コットンには、魔法の才能がない、もちろん剣の才能も、商売の才能もない。勉学は多少できるが、博士にはなれない。

メガネに赤毛の手先の器用な彼女は、今日も誰かの夢を仕立てるのです。


コンコン


夕食の時間が過ぎたあたり、小さなノックの音が聞こえて、メリノはこっそりドアに近づき、アベリアを部屋の中に入れる。


「えへへ…きちゃった。」

「どうぞ、こちらへ、お嬢様。」


メリノは、アベリアの手を引いて、試着室の中に入る。そこには見渡す限り服がかかっていた。


「こちらが、本日仕立てました。フリルがたくさんついた絵本の妖精みたいな服でございます。」

「わぁ…凄い…!」


この後、アベリアとメリノは、部屋を暗くして、ランタンの暖かい明かりの元に、秘密のお茶会をした。


途中で寝てしまったアベリアをおまじないの内容に気づいたエリナにそっと託した。


「すいません。勝手なことをして…。」

「ほんとですよ…次は私も誘ってくださいね。」

「…ぜひ。」


夢の通りの服をまとった少女は、安らかに眠っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月31日 22:00

宮廷仕立て師、夢を仕立てる。 ヨモギ丸 @yomogu_bekarazu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ