コンクリートの奥で、私はひとり

塩塚 和人

第1話

 封鎖された地下鉄駅の改札を越えた瞬間、空気が沈んだ。

 壁も床も見慣れたコンクリートのままなのに、音だけが深く吸い込まれていく。現代ダンジョン。都市の下に、いつの間にか生まれた異界。


 私はヘッドライトを点け、ひとりで歩き出した。

 パーティは組まない。足音が増えるのが、どうしても苦手だった。


 旧ホームで、床から影が滲み出す。スライム亜種。

 短杖で迎撃するが、火力が足りない。再生する影を、三発目でようやく消し飛ばした。


「……この先は、きついな」


 迷いがよぎった、そのとき。

 広告枠に半ば埋まった宝箱が、やけに新しく光っていた。


 罠反応なし。

 蓋を開けた瞬間、眩い光とともに声が落ちてくる。


『やっと、来た』


 耳ではない。思考の内側に直接響く声。

 中にあったのは、透明な宝玉だった。内部で光が脈打ち、こちらを見ている。


『私は核。力の結晶。意志を持つ存在』


「……強さが欲しいって言ったら?」


『あなたに賭ける』


 触れた瞬間、世界が反転した。

 魔力が増幅され、身体と感覚が書き換えられる。

 放った一撃が、ホームの柱を抉った。


 宝玉は、私の内側に宿った。


『私はあなたの目で見る』


 直後、魔物の群れが現れる。

 恐怖はなかった。私は踏み込み、まとめて消し飛ばした。


 静寂の中で、宝玉が囁く。


『お願いがある』


「……なに」


『私の仲間が、この先にいるはず』

『全て融合して、私を完璧にしてほしい』


 嫌な予感はあった。

 それでも私は、暗い階段を降りた。


 最深部。歪んだ空間に、三つの宝玉が浮かんでいた。

 複数の意思が流れ込み、思考が引き裂かれそうになる。


『あなたが器』

『適合率が高い』


「条件がある」


 私は踏みとどまり、告げる。


「主導権は私。あなたたちは助言まで」


 一瞬の沈黙。

 そして、同意。


 融合が始まった。


 光が雪崩れ込み、身体の境界が溶ける。

 私は必死で自分を思い出す。名前、呼吸、ひとりで歩いてきた記憶。


 ——私は、私だ。


 噛み合う感覚。

 静寂。


『……完了』


 声は、もうひとつだけだった。


 そのとき、空間そのものが語りかけてきた。


『侵入者。核統合体を確認』


「……あなたが、ダンジョン?」

『そう定義される』


 ダンジョンは語った。

 核はかつての制御器官。自律しすぎた結果、切り離された存在。


『お前は危険』


「排除できる?」


『成功率は低い』


 私は息を吐いた。


「じゃあ取引しよう。私はあなたを壊さない。外に持ち出さない」


 沈黙ののち、承認。


『個体を“観測者”に指定』

 通路が開く。


 地上に戻った瞬間、朝の光が刺さった。

 世界が——見えすぎる。


 足音、視線、未来の軌道。

 スマートフォンの時刻は、潜る前とほとんど変わらない。


『補正された』


「……戻れる?」


『完全には』

 信号待ちの群衆の中で、私は立ち止まる。

 見た目は変わらない。どこにでもいる女の子。


 なのに、世界のほうが私に追いつけていない。


『次は、いつ戻る?』


 その問いに、答えは出ない。


 私は歩き出す。

 足音を少し抑えながら。


 コンクリートの奥を知ってしまった存在として。

 ひとりで潜る探索者として。

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コンクリートの奥で、私はひとり 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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