「私たちがいないと本当に何もできないんだから」と言われ続けてきたので、自立しようと思います

かにくい

第1話 僕、頑張ってみるよ

「奏斗って、本当に何もできないよねぇ。もっとちゃんと勉強した方がいいと思うよ。それに、私がいつでも教えてあげるから」


「お姉ちゃんの言うとおりだね。大丈夫、私もお姉ちゃんと一緒に勉強を教えてあげるよ」


 僕の部屋。


 その勉強机の上においてある僕の校内テスト順位、そして同じように妹である舞の答案用紙、校内テスト順位が書かれている紙が置かれてある。


 僕の校内順位は「54位」

 

 決して悪いわけではないし、何なら断然上から数えた方が早い。


 だけれど、その隣にある舞の順位は「1位」。


 同じ学年で、同じテストを受けて舞はほぼすべての教科が100点近い点数を取っていた。


 妹なのに何故同じ学年なのかと言われれば、舞とその姉である桜さんとは血が繋がっていないからである。ただ、妹の舞よりも二か月早く生まれていた為、僕が便宜上、お兄ちゃんとなっている。


「あはは、そうだね。今度は桜さんと舞に教わろうかな」


「うん。任せてね、舞を抜かせるくらいは、無理かもしれないけれど二位に成れるように教えてあげるから」


「お兄ちゃんが、私を抜かせることは今後一生ないだろうけれど、次は頑張ってね」


 二人からそんなことを言われる。


 そう、僕はこの二人にあらゆる面において負けているという自覚がある。というか自覚させられた。

 

 中学校の頃はなんとかして彼女たちに追いつこうと必死だったが、結局テストでも部活でも追い抜くことは出来なかった。


 そして今ではほとんど諦めがついて、高校では部活にも入らずダラダラとゲームをしたり、漫画を読んだりしている。


 まぁ、僕の話なんて聞いたところで面白くもなんともないだろうから二人の話をしよう。


 舞と桜さんは学校では高嶺の花であり、誰も手が届かない存在。文武両道、眉目秀麗、誰もがうらやむ完璧人間。


 そんな二人。


 桜さんの方へと視線を移す。


 長く艶やかな黒髪は胸辺りまで伸びており、その胸もかなりの大きさであり学校にいる男子生徒はその胸にくぎ付けである。前に聞いてもいないのに「Gカップ」はあると言っていた気がする。

 顔は凛としており、可愛いというよりは美人といった方がいいだろう。目もスッとしていて鼻も高い。そして唇も潤っていている。


 妹の舞は鎖骨辺りまで伸ばされた髪はウルフヘアのようになっており、そして顔は小顔で可愛いと言える。舞は分かりやすく言えばダウナー系のギャルであり、大学に入ったら青のインナーでも入れようかなと言っていた。目はぱっちりとしており、鼻も高い。そして、当たり前のように胸も大きく、姉である桜さんより少し大きいことを以前、言われた。おそらく「Hカップ」あたりだと思われる。


 そして、僕こと如月奏斗は、身長172cmという男性としては少し小さい身長をしており、舞や桜さんいわく、髪が長くてぼさぼさなままの方がまだマシと言われているから、きっとそこまで顔は良くないのだろう。

 

 それに、中学に入学するし、高校デビューならぬ中学デビューしようとしたら桜さんと舞に「見た目なんて気を遣わないで。どうせお兄ちゃん(奏斗)のことを好きになる女の子なんていないよ」と言われ、言われるがまま髪を伸ばした。


 特に前髪を伸ばすことは絶対であり、簾のようになってしまっている。中学校ではそれで少し馬鹿にされていた。


「…?どうしたの、急に私たちのほうを見て。何か顔についてる?」


「い、いや何でもないよ。気にしないで」


 僕が黙り込んで、二人の事を見ていたからか桜さんそんなことを言われた。


「まさか、お兄ちゃん。…私たちのことエッチな目で見てた?」


「いや、そんなことは無いけれど」


「嘘だね。お姉ちゃんよりも大きい私の胸をめちゃみてたし」


 そんなことを舞から言われる。


 確かに、先ほど胸は見ていたけれど別に妹に対してそう言った感情を持つほど僕は腐ってはいない。高校に入って新しく家族になりました、ならともかく僕たちが家族になったのは僕が小学校4年生あたりだったと思う。


 かれこれ7年近く一緒にいる。尚且つ二人を妹と姉としてみていたし接していたからそう言った感情は湧いてこない。それに湧いたとしても彼女達とはつり合いが取れるとは思えない。


 その上彼女たちは、そう言った目で見られることを嫌っていることを知っているから余計にしない。


「…ね、それほんとなの?」


「いや、確かに見てしまいましたけれど別にそういった感情はないよ」


「じゃあ、私より舞の胸を凄く見ていたというのは?」


「え?いや、そんなことは無いと思うよ」


「ふぅーん」

 

 そう言ってジト目で桜さんは俺の事を見てきていた。


「まぁ、いいや。それよりそろそろご飯だし私たちはリビングに行ってるから」


「先行ってるね。次は頑張ってね。なんにもできないお兄ちゃん」


 そう言って彼女たちは出て行った。


 「なんにもできないお兄ちゃん」か。


 昔はあんな感じじゃなかったし、僕たち三人仲がかなり良かったはずなんだけれどなぁ。


 この家に来た当初、二人は男性の事を嫌っていたし勿論僕も嫌われていた。だけれど、どうにか二人と仲良くなってかなり良い家族関係を築けていた。


 だけれど、僕が中学校に入ったあたりから彼女たちの態度が段々と今のようになってしまった。原因は恐らくだけれど、勉強や運動の成績が中学校に入ればテストの口内順位などで形となって分かるようになってしまったからだと思う。


 はぁ…なんか少しだけ嫌になってきた。


 気分を変えるために外にでも出ようかな。


 そう思って、お母さんに「ごめん、少し外に行ってくる。先にご飯は食べちゃってて。すぐに帰ってくるから」とLEINを残して外に出ることにする。


 リビングまで行って、直接伝えれば彼女たちが外に出ることを許してくれはしないだろうから。


 僕はそっと、玄関へと足を運んで扉をゆっくりと開けて閉めてから解放されるように外へと走り出した。


 そうだ、久しぶりにあそこに行こうかな。


 そう思って、歩き出してから数十分。


 着いたのは町全体が見渡せる場所だった。この場所は小さいころから好きな場所で心が落ち着く場所だった。


「あれ?奏斗じゃん」


 数分間ぼぉーっと眺めていると、後ろから声がかかり振り返るとそこにいたのは幼馴染の不知火雪だった。


「なんだ、雪か。というか、なんでここに雪がいるんだよ」


「それはこっちのセリフ。私は何となくここに来ただけ」


「…そっか。まぁ、僕も何となくここに来ただけだよ」


 彼女は僕に並ぶと、一緒に街を眺め始めた。


 そうして、お互い何も話すことなく数分経つ。


 最初に、話し始めたのは彼女だった。


「ねぇ、奏斗。なにかあったの?」


 そう言って彼女は何でもないように聞いてきた。


「舞に、『なんにもできないお兄ちゃん』って言われちゃってさ。それに改めて自分って何にも出来ないのかなって思ってちょっと気分が落ち込んだから外に出て来た」


「そっか、辛かったね」


「まぁ、高校に入ってからは僕も諦めて自堕落に過ごしてるし、自分のせいではあるんだけれどさ」


「なるほどね」


 彼女はそう言うと、また黙って景色を眺め始めた。僕もそれ以上は何も言わず、また景色を眺める。


 そうして数分経ち、彼女がもう一度口を開いた。


「奏斗さ、本当に自分は何もできないって思ってる?」


「え?あ、うん。まぁ…舞や桜さんよりなんにもできないなって痛感する日々を送ってるよ」


「いや、そうじゃなくて。二人と比べるから悪いんじゃないの?」


「それは…そうだけどさ」


「じゃあ、わかった。まず、その髪型から直してみれば?自信を少しつければ変わるんじゃない?それと、毎朝舞ちゃんとか桜さんに起こしてもらったりしてるでしょ?生活習慣から徐々に中学時代に戻していけば?」


「いや、でも…」


「でも、じゃない。変わんなきゃ一生そのままだよ。私は奏斗に自信つけて欲しい。奏斗ってすごいんだから。私は奏斗の良いところいっぱい知ってるよ」


 いつの間にか僕は景色なんて頭から抜けて、彼女の顔だけを見ていた。


「そ、それ聞いてもいい?」


「…優しいところ。誰にも悪口なんて言わないところ。見捨てないところ。絶対に困っている人がいたら助けるところとか…って言わせないでよ、こんなこと」


「ご、ごめん」


「まぁ、どうでもいいから。とりあえず変えてみれば。まず小さなところから」


「……」


「こんな恥ずかしいこと言わせたんだから、お願い」


 未だ、景色を眺めている彼女の横顔は少し赤くなっていた。

 

 きっと照れているんだろう。


 中学時代にあれだけ頑張って彼女たちに追いつこうと努力して、結果折れてしまった僕だけれどもう一度だけ、いろいろ頑張ってみようかな。


「わかった。変えてみようと思う」


「うん。ありがと」


「あ、それとさ。見た目についてなんだけれど雪ってお洒落じゃん。だから、色々教えてくれると助かるなって」


 雪にこうして頼るのが、なんだかんだ初めてなのでどこか緊張してしまう。


 だが、僕の緊張とは裏腹に雪は笑顔でこういうのだ。


「うん!!いいよ。私に教えられることなら全部教えるね。あ、それと美容院一緒に行こう。私の行きつけだから怖がることないよ」


 生まれてこの方、美容院なんて行っていない。千円カットの方が安いし中学時代も、運動とか勉強とかにずっと明け暮れてたから見た目を気にする余裕もなかった。それに加えて、舞や桜さんから今のままでいいと言われていたからずっとこの長い髪のままだったのだ。


 見た目か。確かに気にしてなかったけれど、どうせもう一度一からやり直すんだ。なら生活習慣とかを直すついでに見た目も良くしようかな。


「わかった」


「うん。じゃあ、美容師さんに話しておくから空いてる日をLEINで送っといてね」


「うん」


 何から何までしてもらってしまって申し訳ないな。


「雪。本当にありがとうね。僕、頑張ってみるよ」


 そう言ってやっとこちらに向いた彼女の顔は未だ少しだけ顔が赤かった。


 

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2025年12月15日 12:00

「私たちがいないと本当に何もできないんだから」と言われ続けてきたので、自立しようと思います かにくい @kanikui

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