幽霊とゾンビ
@mia9503
幽霊とゾンビ
廃墟になった街の空を飛んでいた幽霊が鳩をかじっているゾンビを発見しました。幽霊は舌打ちをしました。
「汚いな。食事をあんなに野蛮に取るとは…」
その声を聞いたゾンビが空を見上げ、不快そうに唸りました。
「何じろじろ見てるんだ?」
幽霊は鼻で笑いました。ゾンビは激しく飛び跳ねました。食べていた鳩が手から落ちていくことにも気づかず幽霊に手を伸ばしました。
暇だった幽霊はゾンビを少しからかうことに決めました。幽霊はゾンビの方に近づきました。ゾンビの手がギリギリ届かない高さで変な顔を見せました。ゾンビは苛立ったようにもっと力強くジャンプしました。
「俺を食べたいのか?」
幽霊は笑いながら聞きました。
「ほら、掴んでみなよ!」
幽霊はゾンビの目の前に手をさらっと伸ばしました。ゾンビは幽霊の手を掴み取ろうとしました。しかし、ゾンビの手には何も当たりませんでした。バランスを失ったゾンビは幽霊を通り抜けて前のめりに転んでしまいました。その姿を見た幽霊は地面に降り、大声で笑いました。
「お前なんかが俺様を捕まえられると思った?ゾンビのくせに。」
怒ったゾンビはパッと起き上がり、幽霊に飛び掛かりました。今回もゾンビの体は幽霊を通り抜けました。
「バカだな。やっぱりゾンビよりは幽霊の方がましか。」
ゾンビは何度も何度も、幽霊に飛び掛かりましたが、決して捕まえることはできませんでした。
「もう止めてよ。」
自分を噛もうとずっと虚空に歯をぶつけるゾンビを見ながら幽霊はため息をつきました。最初はからかうのが面白かったのですが、同じことを繰り返してばかりいるゾンビを見て飽きてしまったのです。
「人をからかうのがよっぽど面白かったなー。残念だな。もうお前みたいなゾンビしかいないもんな。」
幽霊は周りを見回しました。前面のガラスが割れた車の下にサッカーボールが挟まっているのが見えました。幽霊は嬉しそうにそのボールの方へと近よりました。ゾンビも片足を引きずりながら幽霊について歩き出しました。
幽霊は腰をかがめてサッカーボールを取ろうとしました。だが幽霊の手はボールを通り抜きました。落ち込んだ幽霊は呟きました。
「もっと楽しかったのは生きていた頃だな…」
「ヴゥアー」
ゾンビが幽霊のお腹を通り抜きながら叫びました。
「は…もう。」
イラっとした幽霊の目が大きくなりました。ゾンビがボールを車の下から抜き出したのです。
幽霊はゾンビをぼんやりと眺めました。ゾンビはサッカーボールをじっと見つめました。そして首を上げ、幽霊を見上げました。二人の目が合いました。ゾンビが幽霊にボールを投げました。ボールは幽霊を通って車のドアに跳ね返りました。ゾンビは自分の方にコロコロ転がってくるボールを再び持ち上げました。
ゾンビは順に視線をボールから幽霊に移しました。そしてまた幽霊からボールに移しました。
「もし俺があれを触れたらそんなにぼうっとしてはいなかったのに。」
ゾンビは急にボールを落としました。そしてそのサッカーボールでリフティングをし始めました。ゾンビはまるでサッカー選手だったように上手でした。足の甲、足首、太もも、肩、背中、頭。身体の各部を使い、ボールを弾ませました。幽霊はその姿を呆気に取られて見ていました。
ゾンビはボールを操りながら幽霊の方に振り向きました。ゾンビの口元が微笑むように痙攣しました。
「今からかってるのか?」
幽霊は怒鳴りました。
「あんなことができると言ってお前なんかを羨ましがると思うわけ?」
ゾンビはまた空中に目をやってリフティングにだけ集中しました。
「俺は思い出せる。人だった時の思い出を。友達との遊び方とか、家族の温もりとか、仕事のやりがいとか、全部。」
ゾンビはいきなりボールを精一杯蹴り飛ばしました。ボールは遠くまで届き道端に止まっている車の上に落ちました。車の盗難防止ベルが鳴り始めました。
「今だって美術館に行って絵を鑑賞することができる。幼い頃覚えた詩を詠うことだってできる。俺はまだ芸術がなんなのか分かっているんだ!」
ゾンビはあてもなく歩き出しました。
「待て!俺の話まだ終わってないぞ!」
幽霊は手を伸ばしてゾンビの肩を掴もうとしました。無論、そんなことはできませんでした。
「おい!聞こえないのか?」
幽霊は喉が裂けるほど大声を出しました。ゾンビはひたすら前に進みました。ついに地面に落とした鳩の前に辿り着き足を止めました。ゾンビはしゃがんで鳩をかじりました。ゾンビの濁った瞳からは何の味も読み取れませんでした。それはただ、機械のように顎を動かし肉を噛むだけでした。
ゾンビが鳩を食っている間、空っぽの町には車の盗難防止ベルがずっと鳴り響いていました。
幽霊とゾンビ @mia9503
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