第3話
卵から生まれて四年。
ディジーの身体は随分と大きくなった。
肌に並ぶ鱗は硬くなり、爪も牙も鋭く伸びた。
薄く皮膜の張った翼は、靭やかに羽ばたくことが出来るようになり、今では空も自在に飛ぶことが出来た。
見た目こそ逞しく成長したディジーだが、まだまだ幼竜だ。
聖森で一頭だけの生き物とはいえ、この森の動物達は仲間として気安く接する。
今日もまた
ディジーは身体が熊程に大きいが、動きはなかなか俊敏だ。
生い茂る木々の間を、縫うように低空飛行して逃げる。
しかし相手は森の中を自在に行き交う栗鼠だ。
あっという間に木の上から飛び掛かられて、地面に降り立つ。
ディジーは拗ねたように上唇を捲り上げた。
❲一斉になんてズルいよ❳
❲だって、皆ディジーの背に乗りたいんだ❳
❲そうなの?❳
❲そうだよ! ボク達は
❲はは、じゃあ飛んであげるよ。掴まってて!❳
ディジーは遊びをおしまいにして、栗鼠達を乗せたまま舞い上がった。
軽くホバリングしてやると、背でチチチッと栗鼠達が喜ぶ。
その声を聞いてから、少し離れた大岩へ滑空した。
気持ち良く風に乗って大岩へ近付くと、そこに動物達が集まっていることに気付いた。
彼等の足元には、横たわる一頭の老いた鹿。
鹿は既に、亡くなっていた。
ディジーに気付いた狐が、上を向いて小麦色の尾を揺らす。
ディジーは岩の上に降りて、首を下げた。
栗鼠達が駆け降りる。
❲弱ってた鹿?❳
❲そうだよ。そろそろだと思ってたけど、夜の内に逝ったみたいだ❳
集まっていた動物達は、鹿の亡骸を囲み、誰が声を掛けるでもなく祈りを捧げる為に目を閉じる。
ディジーもするりと岩から降りて、同じように祈った。
全員が祈り終えた後で、熊がディジーを促した。
❲ディジーからだよ❳
ディジーは、一瞬息を詰めた。
皆の視線が集まるのを感じて、何でもない様子を装い、ゆっくりと首を伸ばす。
口を開け、鋭い牙を立てて、痩せた鹿の肉をほんの少しだけ裂いて口に含んだ。
それが合図であったかのように、大型の動物から順に鹿の肉を喰む。
栗鼠達は小さな掌で肉に触れ、ひと舐めした。
聖森で亡くなった動物達は、皆等しく、近くにいる動物達がその身を喰む。
これは儀式だ。
残る骨などは全て地中に埋められ、森の植物達の養分となり、草木や実を食べるもの達の口に入る。
聖森に生きるもの達の生命は、同じく聖森に住まうもの達の生命に繋がり続ける。
聖森は、遥か昔からそう在り続けてきた。
ディジーは、つい昨日まで一緒に森を駆けた
頭では分かっているが、まだ慣れない。
何となく居心地悪く視線を逸らした時、その方角から黄色い小鳥が飛んで来るのが見えた。
小鳥はディジーの上で旋回する。
❲ディジー、人間が上がってきてる❳
❲また?❳
❲今度は三人❳
ディジーは無意識に目元を歪めた。
聖森の北から東に掛けては険しい山脈があり、その向こうには人間という種族の暮らす土地がある。
古来より、その山脈を境にして互いに別々の世界を形成していたが、この数年、頻繁に人間が山々を越えて姿を見せていた。
❲とにかく、あちらに帰さないと❳
❲今、眠りの歌を聞かせているよ❳
❲うん、ありがと❳
ディジーは、バサリと両翼を広げる。
ここを熊達に任せ、小鳥と共に飛び立つ。
山脈を越えてきた人間は、木々の歌を聴かせて眠らせ、ディジーが人間の世界へ戻す。
それがいつものことだった。
人間は聖森の生き物ではない。
元の世界へと戻してやるのも、聖森を見守る竜の役割だ。
鬱蒼と茂る緑の木々の上を、ディジーは小鳥に先導されて飛ぶ。
やがて人間を見たという場所の側まで来て、滑空して地面に降り立った。
そして、目の前の光景を見て愕然とする。
三人の人間は、既に狼の牙によって屠られていた。
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