見えない選択
幸まる
第1話
湧き水が細く流れ込む洞穴で、カシリ、と小さく音を立てて壊れた白い卵殻。
生まれ出た身体を震わせ、それは、開いたばかりの金色の瞳を輝かせた。
❲ようやく生まれたね❳
ゴツゴツとした
苔で滑る壁面をスルスルと降りて近寄ると、天井に小さく空いた穴から差し込む陽光に照らされたそれをゆっくりと観察し、チロリと長い舌を出し入れする。
❲うん、丈夫に生まれたようだね❳
❲……アナタは誰?❳
それは初めて声を出した。
想像しただけで、いや、そうしようと思わなくても言葉を理解して、疑問を声として口に出すことが出来た。
❲アタシはここを住処にしている、ただの蜥蜴だよ❳
❲母さんじゃないの?❳
❲違うね。……残念ながらオマエさんの母親は亡くなった。だからアタシ達が卵を温めていたんだよ❳
“アタシ達”と聞いて、それは首を動かし、辺りを見回した。
洞穴の入り口に繋がる方からは、多くの生き物の気配と匂いがした。
動物だけでなく、虫達もいる。
生き物の種類は様々だったが、皆一様にこちらの様子を窺っていて、興味と期待に満ちているように感じた。
それの足元には、割れた薄い卵殻が散らばっていたが、その周りには枯葉や枯草がたくさん積み上げられていた。
おそらくは、今向こうから窺っている生き物達が、卵を温める為に集めたもの。
それを思うと、不思議と卵の中にいた時に、彼等が代わる代わる側に寄って体温を分けてくれていたのだと思い出すことが出来た。
ジワリと、胸に温かさが広がる。
その温もりを感じると共に、ここがどういう場所であるのか、そして、己がこの世に生まれ出た意味を深く理解した。
己は、この聖森の象徴。
それの様子を見ていた蜥蜴は、ひとつ頷いてから言った。
❲オマエさんの名前は、母親から預かっているよ。“ディジー”。それがオマエさんの名前だ❳
❲ディジー❳
ディジーは名を口にした。
口にすれば、それが自らの名前だとしっくりきた。
そして、そうあらねばならぬと思えた。
内から力が漲る。
ディジーは四肢を強く伸ばし、まだ乾ききっていない深緑の身体を持ち上げた。
てらりと鱗輝く首を伸ばし、同時に長い尻尾を振って、ピシリと地面を打つ。
砕かれた枯葉が舞い上がり、陽光を受けて福音を散らした。
その名を頂くは、この聖森を見守る小さな翼竜。
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