第2話:妄想彼女×仮想彼女×現実彼女
次の日の登校は、世界が全く違って見える気がした。
朝の通勤ラッシュの電車、キツくて辛くて臭くて五月蠅かった混雑も、面白くも楽しくも興味深くもない学校の授業も全部赦せた。
ああ、自ら生み出した、【ススム】も実はこんな光景を見ていたのか…と、認められ肯定され、前向きに明るく朗らかに邁進できる気持ちよさは、こう言うことなのか…
世界が明るくなったのか?ボクが明るく世界を照らしているのか?という勘違いをさせてもらえるほど昂ることが出来た。
「孟宗君…何かいいことあったの?」と花鶴さんが声を掛けてくれる。
「あ、はい…イイことありました」
花鶴さんは少しだけ驚いた顔をしてから、「良かったわね」と笑った。
それ以上、何も聞かれなかったけれど、花鶴さんから声を掛けられても緊張もせず話せたのは一言でも大きい。
花鶴さんも今日はちょっとだけ機嫌が良い。
クラスも平穏を取り戻したみたいだ。よかったよかった。
自宅に帰って、PCを開く。
『あなたの作品にレビューがつきました』赤文字で書かれているインフォメーション。
『★★★ステキな高校青春!ワタシも憧れます』
『主人公のススム君が、とても魅力的で。精いっぱいみんなの為に健気に努力してそれが周囲のクラスメイトに波及し、クラスが明るくなっていく様を生き生きと描かれていて、私の思い描いた青春と重なります!これからも素敵なススム君の青春が輝きますように!!―――tsuru』
やったぞ!感想だけじゃなくレビューまで付いた!ボクのススムが認められ、他人から推薦を受けるなんて何て嬉しいんだろう?…ボク自身の全肯定で無敵になった気がする。
ええと、レビューに返信したい…けど。あれ?レビューって返信できないのか…
まいったな…ふふ…ああ、ヤバイぞ…『青春が重なる』なんて言われて、何て嬉しいんだ。
ああ、そうか『あたらしい近況ノート』に書こう!
『tsuruさんと言う方から、レビューを頂きました。ありがとうございます。
僕の青春がtsuruさんの喜びになるならこれに勝る幸せはありません。これからもよろしくお願いします。』
すぐにお知らせのベルマークに①が付いた…え?はやっ?!ノートにレスが付いた。
『わたし、あなたに会ってみたいです…ちな、現役女子高生です』
え?えっ?!!…何コレ?あ、巷で流行っている勧誘詐欺?
あ…ええぇ…うっわ…ど、どうしよう…頭の中で【ボク】と【ススム】が闘い始めた
「いやもう、コレ行くしかないだろ」
普段抑圧されている【ススム】がボクの中では強気だ…
「絶対ヤバいって、へんな集団とかに勧誘されるんだ」
普段の【ボク】は常識に当てはめて反論する。
「ばか、約束だけして遠めに見てヤバけりゃズラカレばいいじゃん」
普段は負かされる【ススム】は、主人公としてボクの小説の中で無双しているが、それが認められたこともあってボクの中で急激に力を付けてきていた。
「おお、それは良いかも」
そんな勢いもあってあっという間に、オレに【ボク】言い負かされてしまった。
『あの、ボクも高校生なんだけど…どうして会いたいんですか?』恐る恐る(高校生なんかお金持ってません)アピールする。
『返信ありがとう。だってススム君カッコいいもの…きっと作者も素敵だろうなって…私学校で孤立しているの…でもススム君に勇気もらって…ね。だから私も勇気だして会いたいなって書いちゃった』
ヤバイ奴やこれ…ど、どうすれば…動悸が収まらない。手足の先が痺れている感覚がして、全身の血が湧きたつ…ボクがこの瞬間、ススムになった気がした。
理想の僕に。
そして、その子に会えば、そこではずっとモブ感あるクラスの中と違い、ボクは主人公ススムになれると思ったのだ。
―――日曜日の午前中。
指定された待ち合わせ場所は、少し離れているもののよく知っている地元の繁華街の最寄り駅で、当日僕は脳内会議の上で少しだけ気を張った格好で、近くのスタバの二階席から覗く。
席を確保するために二時間前から到着し、場所を確保。逸る心臓を落ち着かせてアイスコーヒーのトールサイズをチビチビ飲みながら約束の時間までぼーっと目印の駅前の時計台を眺める。
約束の時間に現れた人物が、ちゃんと独りで、見える範囲で女子高生っぽければ声を掛けるかどうか判断する…来なければしょせん冷やかし。でも、ボクはたまたまコーヒー飲みに来ただけ…で済む。
でも、本当にもし、可愛い子が来たら…どうしよう?
僕の天使は花鶴さんだけど、この時はもう僕を認めてくれるtsuruさんに勝手に妄想を広げて恋しそうになっていた。
指定時間5分前。
何組か待ち合わせをしている人たちがその前にも行き交う。
ふと、無意識に視線が吸い寄せられる対象が現れる。
上はフリルブラウスにウールのジャケット、下はツイードのスカート。靴はローファー + タイツ。頭部にワインレッドのベレー帽。ファッション誌のモデルみたいな洗練されて目立つ存在。
後ろに流した黒髪、バランスの取れた目鼻立ち。
「う、嘘だよな?」
衆目を集める程の美少女。
……花鶴みゆきさんだった。
彼女は時計台の前で立ち止まるとスマホを見て時間を確かめると周囲を見まわし始めた。
え?いや、えっ?!……え?
事態が飲み込めない。いや、飲み込むのを拒否している。
tsuruさんが花鶴さん?!……って、ツル…鶴…なのか?!
ボクはとっくに空になったカップをゴミ箱に放り入れると転びそうになりながら時計塔まで走った。
目の前で……なんか、チャライ強面の二人組が花鶴さんに絡んでた。
え?あ、いや…うわっ…ど、ど、どうする…って…行くしかないよね。
この王道テンプレ展開は行くしかない…けど、現実の進はヘタレでススムではない。
ええい!考えるな!
「ゴメン!待たせちゃった?!」
チャラ男二人組の前に現れたのは…クラスのヤンチャ候補の鈴木リュウジだった。
二人組はやや強面の鈴木君を見て「若い子は青春だねぇ…」とか年寄り臭いことを言って立ち去った。
ボクはヒーローになり損ねた。ボクの中のススムが何やってんだと言っている。
店の前まで飛び出してしまっているボクは唯々立ち尽くして落ち込み唯々足元のブロックを見つめるだけだった。
「何やってるんだボクは…姑息に隠れて観察して…調子に乗って…サイテーだ…」
いつもの自己嫌悪のループに入り込む。
「孟宗君?!」
ビクっとする…
顔を上げると、目の前に鈴木君と花鶴さんが居た。
まあ、そりゃ店から知り合いが飛び出してくれば気になるよね…でも、ボクみたいな雑魚は無視して二人でデートでも何でもすればいいのに…と卑屈になっていると…
「じゃあ、オレは別に用事あっから、また」と鈴木君はたまたま花鶴さんを見かけて助けただけという感じでさっさと歩きだしてしまった。
「あ…え、えっと…鈴木君」
「あん?」
「あ、ありがとう…ございます」
鈴木君は呼び止められるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔をしてから少し笑って、「ははっ何だよ…何の礼だよ?」と聞く。
「え?…あ、いや、何か」
「【花鶴さん】のことなら気にするな…じゃあな」
と颯爽と立ち去ってしまった。イケメンだなぁ…
ボクのWeb小説に唯一のハートとブクマはクラスの隣の席の美少女からでした 黒船雷光 @kurofuneraikou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ボクのWeb小説に唯一のハートとブクマはクラスの隣の席の美少女からでしたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます