水面下
七ノ瀬 弥生
水面下
私は水族館へ行く。
そこには人間たちのために生きる動物がたくさんいる。
中でもひときわ輝いて見えるのは、白と黒を持ち合わせる、細いシャチの身体だった。
シャチはいつもおぼれているように見えた。
ご飯は食べているのか、ちゃんと眠っているのか、そもそも彼に寝るという概念が備わっているのか、何一つ分かることはない。
ただ膨大な観客たちの前で、おぼれるように手をのばすそれを、いつも私は遠巻きに眺めている。
彼の姿は美しいけれど、どこか別世界の存在に見える。
観客たちは、手元の小さな画面に彼の身体を収めていく。何が楽しいのか、よくわからない。
青い光の向こうで、彼の眼は何も見つめてはいない。見えない目を凝らして、ガラス越しに何かを求めているようだ。
苦しそう。
でも私は、彼を助けようともしない。
ただ苦しむ姿を、ほかの観客と同じように眺めているだけ。
何故なら、彼の眼には、私たちは映っていないのだから。
白と黒の表面が、天井からさす光を跳ね返して、光っていた。その眼には何も映っていないのに。
私は今日も、一目それを見てから、人の群れの背後を通り抜けていった。
水面下 七ノ瀬 弥生 @Shichinose0307
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